第9.5話.試練

 2月中旬の阪神競馬場。フレアの故障が判明してから1〜2週間くらに経った。もちろん、目の前の競馬に集中しなければならないのは分かっている。


 だがどうしても、フレアが居ないという心の穴は塞がりそうに無い。


(フレアが引退したらどーなるんだよ私…)


 数ヶ月待てば戻ってくる状況でさえ、かなりショックを受けている璃乃りの。フレアが引退した時の自分を考察し苦笑いをする。


「な〜に1人で笑ってんの璃乃」


 自然と下を向いていた顔を上げると、軽く華麗に鞭を回す1人の騎手が立っていた。


「あれ?結羅ゆらじゃん!なんで?」


「『なんで?』じゃないでしょ〜?京都記念に乗りに来たの〜!忘れんなこのこのぉ!」


「あは、そうだった」


 花火はなび 結羅ゆら。璃乃の同期であり、現役で3人しか居ない女性騎手の1人。そして、花火調教師の娘である。


 主に関西にある競馬場を主戦場とする「栗東りっとう」所属の騎手である璃乃と違い、関東にある競馬場を主戦場とする「美浦みほ」所属の騎手である結羅。今日の阪神競馬場のメインレース、GII・「京都記念」に騎乗するためにやってきたのだ。


 ちなみに「京都記念」は本来ならば京都競馬場で行われるが、改修工事の影響で今は阪神競馬場で行われている。


「でもフレアの故障は私もびっくりしたよ…」


 フレアの両親は15〜20戦程走って軽い怪我も病気にかかったことも無い。血統的にも体質はかなり良いはずだった。


「競馬って本当、何が起こるか分からない」


 フレアの新主戦騎手である璃乃もこればかりはどうしようも出来ないのだ。


「あ、てかこの前の璃乃とあおいの競り合い!!マジで私も乗りたかったぁ〜!!」


 1月に行われた日経新春杯では、最後は璃乃と角宮かどみや 葵の勝負。結果的には葵が勝ったのだが、この一騎打ちは競馬界でかなり話題になっていた。結羅はこのレースに参加していなかったため、かなり羨ましがっていたのだ。


「んじゃ〜今日は結羅との一騎打ちをしようか」


 ニヤっと表情を作り結羅の方へ視線を移す。


「残念だけど、今日は圧勝させて貰うよ」


 その結羅は自信満々に手を腰に当て、「圧勝宣言」を出してきた。


 璃乃が乗るのは、前走、前々走と人気薄ながら馬券内(3着以内)に入ったフォルテナイト。徐々に実力が認められ、今回は3番人気に推されていた。


 フォルテと璃乃の前に立ちはだかる人気馬。


 一昨年の年度代表馬だったが、故障の影響で成績が低下。しかし、昨年の有馬記念で4着と復活の兆しを見せたGI・4勝を誇る「トキノスカイ」と田上騎手。


 昨年のダービー馬であり、年末には香港のGIを制したGI・2勝馬「ルイサファイア」。新たなパートナーとして結羅を迎え勝利へ突き進む。


 1人気 ルイサファイア(▲花火 結)

 2人気 トキノスカイ(田上)

 3人気 フォルテナイト(★卯月)


 GI馬2頭が出走するということで注目を浴びているが、もちろん璃乃はこの2頭を負かすつもりでレースプランを考えている。


 阪神の内回り、芝2200mはフォルテには絶好の舞台だ。フォルテは、全5勝のうち4勝を阪神で挙げている。唯一心配なのは、最後の直線の坂だ。チャレンジカップの時も坂で勢いが削られてしまった。


(それも乗り越えないと、強くはなれないよね)


 フォルテには重賞を勝つ実力があると誰よりも信じている。いつかはGIの舞台でも輝ける時が来ると信じている。まずは今日坂を克服し、強敵相手にどれだけ力を発揮できるか…


 あと数十分後、璃乃とフォルテの試練が始まる。

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