第9話.迫る暗雲

『卯月璃乃、今年6勝目』


 東京や中京で開催されている2月の競馬。そしてもう1つ、ローカルとしてここ「小倉競馬場」でも競馬開催が行われている。本日の第1レースを制したのは、卯月うつき 璃乃りのだった。


 基本的に有力馬やベテラン騎手、活躍する騎手が東京、中京に集まる為、若手騎手や成績が伸び悩む騎手達が勝利を虎視眈々と狙っている。


「間違えて来ちゃったけど、意外と面白いね〜競馬?って」


「それな、馬速すぎでしょ!?」


 談笑しながら競馬場内を歩く女子高校生や、馬券と新聞を握りしめレースに熱視線を向ける競馬ファン達などが集まっていた。


 重賞も行われない今日の小倉競馬場。注目は第10レース、3歳1勝クラスの『あすなろ賞』である。何故ここまで注目度が高いと言うと、、


 1人気 ⑪ ブルーフレア(★卯月)

 2人気 ⑦ マナノブレイヴ(花火はなび

 3人気 ⑨ トライデント(室家むろいえ


 そう…先月の未勝利戦で璃乃と初コンビを組み、破格のタイムで初勝利を手にした天才の子・ブルーフレアが出走するからだ。メンバー構成を見ても、フレアの能力が1枚上。今日は単勝1.4倍と圧倒的1番人気に推されていた。


 既に9レースまで終了し、今から第10レース・あすなろ賞(3歳1勝)芝2000mの本馬場入場だ。璃乃とフレアのコンビも12頭中11番目に姿を現した。競馬場内に拍手が湧く。改めてファンが多い馬だなと実感する。


「さ〜て、ここから………あれ?」


 芝生の上を歩いても、これまでのような闘志を隠しきれない暴れが見られなかった。抑えるのにも一苦労な彼女は、今日はゆっくりと歩いている。


「あれ?フレア今日暴れてないじゃん!」


「おお遂にここも折り合えるようになったか!」


 その様子に気付いた観客たちも次々と声を挙げる。いつもと違う相棒の姿を見て璃乃は、どこか違和感を拭えなかった。


 レース前までは特に何事も無く、普通にレースが始まった。フレアは最後方からの競馬となった。


(なんでこんな落ち着いてるんだろ…)


 落ち着いてる走れているのはいい事、しかしフレアはあの闘志が武器でもある。今日のフレアは自ら進んで行くという気持ちがどこか足りず、スタート後に璃乃が少し促すくらいだった。だが、


『さぁ4コーナー回って最後の直線!!もうブルーフレアが先頭だ!!後続との差をグングンと広げていく!!』


 流石に能力の差がありすぎた。一抹の不安を抱えながらも前走のように3コーナーで捲り、直線入口で先頭に変わる。そのままグングン伸びると、璃乃がステッキを入れる事無く4馬身差の完勝だった。


 スタンドの大歓声に迎えられながら引き返す。未勝利戦から連勝を飾った璃乃とフレアのコンビ。鞍上は嬉しい半面、今日のフレアの状態に首を傾げていた。


「いつもより伸びなかったね」


「はい…私ももう少し突き放すと思ってましたけど、な〜んかイマイチでした」


 花火はなび調教師は別の競馬場へ向かっているため、今日は厩務員の吉田さんとレースを振り返る。やはり、吉田さんも違和感を覚えていた。


「……吉田さん、まさか」


「そう考えたくは無いけどね、可能性は十分あるよね……」


 普段はニコニコと穏やかな吉田さんも、焦りと不安を隠しきれていなかった。



そして、2人の不安は現実になってしまった。



『ブルーフレア、骨膜炎こつまくえん発症。』



 骨が完全に化骨していない若馬に急激な強い調教を行なったり、硬い走路で調教を行なうと、管骨(第3中手骨)の前面に炎症を起こす。 初期であれば運動を軽くし、患部を冷却することにより治癒するが、重症になると腫れたり疼痛を伴うことがある馬の怪我の1種だ。


 後日の精密検査で判明し、次々とネットーニュースや掲示板に情報が回った。そして、フレアの故障に落胆の声が溢れた。


 復帰まで少し時間が掛かる。オークスへ出走するという夢はかなり絶望的になってしまったのだ。


 もちろん、璃乃も動揺が隠せなかった。


(フレアとこれから最高の景色を見に行く)


 その目標も延長される事になった。切り替えないといけない事も、少し待てばまた一緒に走れるという事も分かってはいるが、かなりショックだった。




 小倉競馬場。この日、冬の寒さが一段と増した気がした。

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