第8話.負けられない想い
『さぁスタートしました日経新春杯!!』
1月16日の中京競馬場は冷え込み、一段と寒さが際立つ。その寒さを吹き飛ばす様な大歓声が、スタンドに響き渡った。
『まずは先行争い、キャロルバロンがハナを奪います!!』
大歓声に見送られて16頭がスタンド前を通り過ぎて行く。フォルテナイトと
『キャロルバロン、かなり後続を離して逃げています!!逃げ切れるかどうか!!』
ハナを切ったキャロルバロンがぐんぐんスピードを上げる。大逃げに近い形でレースを進めた為、かなりのハイペースとなった。
(行きっぷりは流石にいつも通り悪い…けど折り合いはついたし、マイペースに走ってる!!)
後は直線で末脚を爆発させるだけ。だが、前回のように内がガラッと空くとは限らない。進路取りが重要になってくる。レースは早くも向正面の終盤に差し掛かった。
(早めに外に出しとくか…内でジーっとしとくか)
正直、早めに外へ出すという作戦は正直厳しい後方3番手の馬群の中。レースが始まってから、フォルテをピッタリと横でマークしている人馬がいる。
5番人気・ルルーシエロの
そして、右斜め後ろからも1頭。ずっとプレッシャーを掛けられている。人気薄とはいえ、チャレンジカップでのフォルテの激走を知っている武田騎手。どの出走馬よりもフォルテナイトと璃乃を警戒していた。
(前が壁になるかも知れない…けど)
様々な葛藤を抑え、そのまま馬群の中での待機を選んだ。
3、4コーナー中間。若干真ん中にスペースができた所から徐々に進出する。
その進路取り。11年前、日経新春杯の亡き父・
その姿を見た武田騎手は、ニヤッと笑みを浮かべた。
(さぁ、卯月恭一を越えて行け!!)
今の璃乃は卯月恭一と肩を並べるには程遠い。だから1つずつ、確実にその隣に並び追い越せるように。
「絶対に…勝つ…!!!」
心の中で沸いた力強い声が漏れる。
スタンドの歓声が段々と大きくなり、やがて大歓声へと変わる。最後の直線だ。
『まだリードがあるキャロルバロン!!さぁ今間を割って、フォルテナイト!!フォルテナイトと外からアクアナポリスだ!!』
巧く馬群を捌き、フォルテナイトと璃乃2番手から前を追う。絶好の手応えだ。他馬達も詰め寄って来ようとするが、脚色は先に抜け出したフォルテとほぼ同じかそれ以下。人気馬2、3頭は伸びがイマイチ。苦しいレースとなっていた。
…ただ1頭を除いては。
『おぉっとフォルテナイトの外!!エルビリーヴ凄い脚!この2頭が並んで前を捉える!!』
突っ込んできたのは5番人気の14番・エルビリーヴだった。フォルテと同じく後方からレースを進め、そのフォルテをずっとマークしていたのだ。
キャロルバロンは懸命に粘るも脚色は衰え、流石この2頭についていくことは出来なかった。残り僅か…中京競馬場の急坂を登っていく。後ろは離れ、完全に前2頭のマッチレース。
『エルビリーヴ!!フォルテナイト!!!』
実況にも熱が入り、観客達はもちろんボルテージは最高。見守る調教師達にもその場の熱狂が伝わる。
残り後100m。外で豪快にエルビリーヴ、内で懸命に、想いを持ちながら粘るフォルテナイト。
2頭の白熱の追い比べ。
『内か外かぁ!!どっちだぁぁぁぁ!!!』
2頭全く並んだところがゴール板だった。
「えぇどっち!?」
「若干外…か?」
「いやいや粘ったやろフォルテナイトォ!!」
観客達の結果予想が次々と飛び交うスタンド。大歓声も収まりつつあった。
「おつかれ様、フォルテ…」
走り終えた璃乃も、相棒の再びの激走を讃える。
「あ…!
同じこのレースを走り終え、近付いてきた人馬に思わず声を掛ける。
「おつかれ…どっち?」
無表情でクールなこの騎手、先程まで併せ馬で1着を争っていたエルビリーヴの鞍上・
璃乃と幼馴染であり、同期でデビューすると確実に勝ち星を積み重ね、42勝、68勝、今年はここまで5勝と好調。既に重賞も勝っており、GIレースにも騎乗経験がある期待の若手の1人だ。
「ん〜、この無表情は『抜け出せると思ったけど、中々しぶとかった…いいレースだった!』…っていう無表情だねっ!あ、ちなみに私もわかんない」
付け足すように質問に答えながら、グッドポーズを作り彼に向ける。
「何言ってんの…?まぁ合ってるけど…」
「合ってるんかい!流石私だね」
「……ん」
「反応に困ったら『ん』って言う癖あるよね葵って…まぁそれは置いといて」
一緒に引き上げながら会話を続ける。写真判定となっていたが、少し時間が経ってたからスタンドから歓声が上がった。恐らく結果が出たのだろう。ターフビジョンが見える位置まで引き返していく。
そして、
1着 ⑭ エルビリーヴ(2分13秒9)
2着 ① フォルテナイト(ハナ)
3着 ⑧ ルルーシエロ(4)
4着 ⑥ フォーソード(アタマ)
5着 ② アクアナポリス(½)
「………負け…たか…」
正直、手応え的に劣勢だった事は否めなかった。だが、それを信じたくなかった。僅かハナ差で栄冠を逃してしまった。力を出し切ったが、僅かに届かなかったのだ。ちらっと葵の顔を見る。ターフビジョンを見た後、相変わらずの無表情で彼もこちらを見つめていた。
「…『勝ったのは嬉しいけど、なんて声掛ければいいか分かんない』って無表情…」
「気まずいからやめて…合ってるけど…」
「合ってるんかい…!まぁ…仕方ないよ…フォルテ頑張ったし…」
「今日は…エルビリーヴが強かった。立派だよ…フォルテナイトも」
「うん…けどさ…」
拳を強く握りしめる。そして、悔しさを紛らわすように嘘の笑顔を作った。
「悔しいなぁ…」
この言葉だけは本当だ。心の底から湧き出て、その感情が体中を
「…璃乃は、絶対に恭一さんも早苗さんも越えれると思う…間違いない…。だからまずはさ…」
今度は彼が拳を作り、此方へ向けてきた。
「…次も、勝つ…!」
彼なりの励ましなのだろう。ただ、その言葉に目を覚まされたのかもしれない。
「次は、勝つ…!」
答えるように本当の笑顔でグータッチを交わす。
父を背を追った日経新春杯は、悔しい2着となった。
日経新春杯
フォルテナイト 8番人気2着
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