第7話.紺色の誓い
『天候は晴れ。馬場状態、芝ダート共に良のコンデションです……』
大勢の観客が集まった中京競馬場に、実況の声が響き渡る。まだまだ一月の寒さが包む中、日経新春杯に
一番人気は、昨年のジャパンCで二着に入った実力馬・フォーソードと
二番人気は、現在四連勝中の新勢力・ルイズンレイリーと
この二頭に人気が集まる中、フォルテナイトと
「頼んだよ、フォルテ」
既に馬場入りが完了しているこのコンビ。首筋を撫でながら相棒に声を掛ける。いつもの優しい笑顔の中に、少しの哀しみが浮かんでいた。
「……やっぱり璃乃、思い出してしまいますよね」
「……まぁ、無理もないだろうな」
関係者席に座り、不安気な表情を見せる2人の調教師。花火調教師と宮崎調教師だ。スタートが刻一刻と迫る度、どうしても
◇◆
天才騎手、
騎手一年目から
「恭一さ〜ん!」
「頼んだぞ〜!卯月〜!」
ファンからも関係者からも、絶大な人気と信頼を寄せられる恭一。競馬に詳しく無い人でも、卯月恭一の名前は知っているという人も沢山居たくらいだった。
そんな全盛期の中迎えた日経新春杯。コンビを組むのは、昨年のジャパンCを制した「ルーヴアスナ」だ。GIを含め五連勝中の彼らは、当時単勝1.2倍という圧倒的人気を背負ってレースへ挑む事になる。
『さぁ間を割ってルーヴアスナ!卯月恭一がやってきたぁぁ!』
熱が籠った実況に、スタンドが更に沸く。いつも通り三、四コーナーで捲るように馬群の中央を突き進み、直線入口で先頭に立つと力強く伸び圧勝する…
はずだった。
『さぁ前は六、七馬身離れた!先頭はルーヴアス…………え?………あぁっと!?なんと!?』
ルーヴアスナの楽勝ムードが漂った京都競馬場は、レース中にも関わらず数秒間静寂に包まれた。アナンウサーでさえ一瞬言葉を失った。目の前で起きた光景を信じたく無かったのだ。
『ルーヴアスナ故障!ルーヴアスナ故障!卯月恭一は落馬しています!後続馬も何頭か巻き込まれていますが……』
ルーヴアスナはトップスピードに乗っている最中に突如骨折し、バランスを崩して倒れ込んだ。鞍上に居た天才も、宙に舞った後、激しく地面に叩きつけられた。不幸な事に、避けきれなかった後続馬も彼らを踏んだり躓いたりと、最悪の事態となってしまったのだ。
六頭が競走中止。ルーヴアスナを含め三頭が予後不良、四人が骨折等の重症。
恭一も直ぐに病院へ搬送され、懸命な治療が施されたが……
落馬から二時間後…三十八歳にして、この世を去った。歴代最高と言われた天才は、ターフで輝き、ターフで去った。この事故は世界的に報道され、衝撃と悲しみを与えたのだった。
◇◆
「璃乃はその時九歳だった……丁度、早苗ちゃんと応援に来ていたんだよね……」
「そうですね。というか、目の前で見てましたから。一部始終を……」
二人の調教師の間に重く悲しい空気が漂う。沈黙を切り裂くようにファンファーレが鳴り響いた。
「恭一が最期、握りしめていた物。璃乃がレース前に渡した紺色の御守りだった……」
「璃乃が普段からポケットに入れてる理由……。恭一さんの形見だったんですね……」
「その通り。恭一は最後の最後に璃乃に悪い事をした。天才の子というプレッシャーと二度と会えないっちゅ〜悲しみを残して去ってしまった事だな……」
「何としても、勝ちたいと思ってますよ。璃乃は。このレースだけはって……!」
宮崎調教師が少し涙を流し、花火調教師も暗い表情で話している時。話題となっている璃乃は、フォルテナイトと共にゲートへ向かった。
「お父さんと誓ったんだ、フォルテ……」
二番ゲートへと誘導される中、フォルテナイトにレース前最後の声掛けを始める。
「必ず、卯月恭一、早苗という存在と互角の騎手になる……!そして、お父さんとお母さんと共通の夢だった……」
「……ビー……と………賞を勝つって……!だから、まずは今日お父さんが取れなかった日経新春杯の1着、絶対取るよ!必ず!力を貸して、フォルテ……!」
璃乃の声に応えるように、フォルテナイトは武者震いの様に震えゲートに収まる。
一人気 ⑥フォーソード(川上)
二人気 ⑬ルイズンレイリー(石畑)
三人気 ⑤ヴィランデート(赤井)
八人気 ②フォルテナイト(★卯月)
「……ごめんだけど、負ける気ないから」
最後の枠入り、十四番・エルビリーヴの鞍上。枠内に居る彼女をチラッと見た後、ぼそっと呟き枠へ入った。
一秒一秒、スタンドの歓声が大きくなる。
ガッコン……!
誓いを果たす一歩目の舞台。その扉が、開かれた。
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