第5話.最高の景色へ
『スタートしましたぁ!各馬揃ったスタート、綺麗なスタートを切っています』
冬風が通り抜け、一際寒さが際立つ中京競馬場のスタンド前。未勝利戦ながら多くの観客が集まっている。
目当てはもちろん、「天才の子」と「天才の仔」のコンビを見るためだ。
既にレースはスタートし、馬群の前方では先行争いを繰り広げている。
注目のブルーフレアと璃乃は、1枠1番からしっかりと綺麗なスタートを決めた。ゆっくりと16頭中、後ろから3頭目の位置でレースを進めている。
(やっぱ掛かるけど、それほどでも無い……!)
フレアは当然のように掛かっている。手綱を短く持ち手を高くして、なだめるように落ち着かせるようにレースを運ぶ。今日はなんと言っても折り合い重視だ。
「やっぱフレアはかかるよなぁ〜」
「いやでも!今までよりかはマシでしょ!!暴走してないもん!」
「いいぞぉ、フレアッ!」
スタンドを通り過ぎ、第1コーナーへと差し掛かる。
内枠有利と言われる中京の2000mが、今回の舞台。早めに折り合いを付けてスムーズにレースを進めたい。
そもそも折り合ってくれるか分からないけど。
「ゆっくりでいいよ。フレアッ……!」
思わず心の声が漏れる。手綱をがっしりと握る手は、段々と力を入れなくても良くなってきていた。
向正面の入口。
スタンドから馬群まで若干距離がある。スタンドにいる人々はターフビジョンで、各馬の動きを確認していた。
「……え?フレアが折り合い付いてる……?」
「え〜?うお、まじやんけ!」
「なんで!?すげぇ卯月!」
驚きの声でスタンドが湧く中、離れた向正面の中間。
馬群から離れた後方3番手に居たのは、今までとはまるで違う姿のブルーフレアだ。折り合いがつき気持ちよさそうに走っている。
鞍上はもちろん、卯月璃乃だ。
「ぷふぅ……!」
紅く染まり、膨らませた頬から空気を抜くように息を吐く。何とか折り合いをつけたが、どちらかというと馬より鞍上の体力が奪われていた。
「はっは……!必死やな璃乃、でも流石やっ!」
スタンドで見守っていた花火調教師も立ち上がり、興奮しながら声を発する。そして、天才と天才のコンビに確かな手応えを得ていた。
若干スローペースになっている3コーナー手前。
(遅いな。そろそろいいか……)
折り合いが付けば此方のもの。「信じてるよ」と言わんばかりにフレアに合図を送る。
「コーナーの中間点、おっと外から凄い勢いでブルーフレア上がっていた……!」
「おおおっ!」というスタンドのどよめきと共に、フレアと璃乃のコンビが外から捲っていく。1頭、また1頭と抜き去り、いつの間にか前から3番手の位置となった。
『4コーナー回って最後の直線コース!先頭逃げるエンブライドだが、外から一気に!ブルーフレアが交わす!』
アナウンサーも少し驚いたように実況をこなす。
まだ持ったまま、あっという間に先頭に変わったフレアと璃乃。まだまだ勢いが衰える様子も無く、グングンと伸びていく。
今までの彼女とは全く違う姿だった。
「気を抜かないでね、フレアッ!」
残り300mで後続を突き放し、最後の難所である坂を登っていく。後ろからの足音は遠き、追いつかれるという気持ちは一切湧いてこなかった。
「これが、ほんとのフレアッ……!」
残り100m。
ターフビジョンをちらっと見て驚いた。大差がついていることを改めて確認できたと同時に、プレッシャーで狭まっていた視界が、一気に広がった気がした。
段々と近付いてくるゴール板、青い広々とした空、スタンドで見守る観客達。
これが、フレアと掴み取った勝利の景色だ。
「一緒に、最高の景色を見に行こ。フレアっ!」
ゴール板を過ぎる前にフレアの首を軽く叩き、力強い笑顔で相棒の走りを讃える。
『これは独走っ!ブルーフレア、ゴールインッ!』
その実況と共に中京競馬場には、大歓声と拍手の嵐が沸き起こった。
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