第4話.天才の子

 ──12月下旬、早朝の花火はなび厩舎きゅうしゃ


「この子が、フレアですか……」


 追い切りに騎乗する為、栗東トレーニングセンターにやってきた卯月うつき 璃乃りの

 彼女の個人的な楽しみは、今から調教に騎乗するブルーフレアだ。この子のデビュー前から話題を聞いていたし、騎乗して欲しいと花火調教師に言われた時は、本当にびっくりした。


 筋肉がしっかりと締まり、漆黒の馬体が映える。額には星型の流星があり可愛いとも思えるが、やはり綺麗、美形という言葉が一番似合っていた。


「お母さんそっくり。目元とか特に」


 ニコニコと嬉しそうに話す厩務員きゅうむいん吉田よしださんに足を上げてもらい、早速跨ってみる。


「意外と、落ち着いてますね……」


 初めてフレアの背に跨った印象は、イメージと全く違った。本当に無駄な事は一切しないと言うような、正しく優等生のような感じなのだ。


「この子はね、レースの本馬場入場してからなんだよ問題は」


 苦笑いしながら話し掛ける吉田さん。しかし、訂正するように言葉を付け加えた。


「まぁ気性が悪い訳では無いんやけどな〜」


「気性は悪くない?血統的にも悪くても不思議では無いですけど……」


「あぁ、気性難というか抑えきれない闘志というか……」


 フレアの父・ルービアスナイトは歴代屈指の気性難として知られている。その為、正直この時点で気性の荒さを見せてもおかしくは無いが……。


 軽く促すと彼女は、ゆっくり威風堂々と歩き始めた。


 レース1週間前の今日、併せ馬の調教を行った。


「流石のフットワークだ……」


 軽く促しただけで1馬身差先着したフレア。やはり、能力はかなりの物を持っていると再認識できた。この能力をしっかりとレースで発揮出来るか。改めて気合いが入る。


 ◇◆


 いよいよ本馬場入場だ。未勝利戦ながら歓声がいつもより多く、大きい気がする。負け続けているとはいえ、ファンが多いなこの子は……と改めて思う。


(よし、ここまでは順調。このまま……)


 そう安堵し、本馬場に脚を踏み入れた瞬間だった。


 ガクンッ……!


 いきなり首を下げたかと思うと、次は荒ぶるように体を震わせ首を上げる。


「……っ!?なっ……」


 懸命に手網を絞りバランスを取り戻す。危うく落馬しそうになった。しかしまだ興奮状態は治まらないらしく、先程までの落ち着きとは程遠い状態だった。


「あ〜また気性難か……」

「やっぱ今日も暴れとるな〜」


 観客席がざわざわとし始めている。そのざわめきと共に、鞍上あんじょうはある事に気付いていた。


「違う……これ気性が悪いんじゃない…!」


 激戦を繰り広げてきた両親から、ブルーフレアが受け継いだ遺伝子。それは、他馬よりも圧倒的に強い「闘志」だった。


 そして、同じく激戦を経験してきた両親から産まれた子である璃乃。本能でフレアの闘争心に気付いたのだ。


「落ち、ついてっ……!フレア、がんばろっ……!」


 流石競走馬、落ち着かせるのにも一苦労だ。振り落とされそうになりながらも、まずは折り合いを付けようと試みる。

 だいぶ落ち着いたものの、テンションの高さはまだまだ収まる気配が無い。慎重に返し馬を行い、ゲート裏へと何とか誘導が出来た。


(正直ここまでとは。ちょっと舐めてたな……)


 輪乗りをしながら息を整え直す。正直、何とかなるだろうと思っていた自分が甘かった。あれ程感情が昂るとは思っていなかったのだ。


(やっぱり、まだまだだな……)


 苦笑いをしながら、改めてレースプランを考える。本来なら末脚を溜めて直線で爆発させたいが、恐らく行きたがるだろう。中途半端に抑えてもスタミナが奪われてしまうだけだ。


 悩んでいるうちにファンファーレが鳴り響く。


中京ちゅうきょう競馬第5レース、3歳未勝利戦……」


 アナウンサーの実況も流れ、いよいよレースが始まろうとしていた。

 モタモタしていられない。覚悟を決めゲートに向かう途中、首筋を撫で声を掛ける。


「似た者同士がんばろ、フレア!」


 思っていたよりもスムーズにゲートに向かうフレア、璃乃の声が響いた後にピタッと止まった。

「やっぱりゲート嫌がったか……?」と心配したものの、何事も無く再び歩き始める。


 気の所為かもしれないが、その一瞬だけ時が止まったような感覚がした。


『最後に大外枠、メアードローズ、ゲートに収まって体制完了です!』


 続々と各馬ゲート入りを済ませ、最後の1頭もスムーズにゲートイン完了。一瞬、歓声に沸くスタンドが静まり返る。



「ふぅ……」



 最後にもう一度、フレアの鞍上で深呼吸をする。

 そして……。



 ガコンッ……!



 高々とゲートが開く音が鳴る。中々勝ちきれず伸び悩む、「天才の」と「天才の」のコンビの初陣。まずまずのスタートを切って行った。

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