第3話.天才の仔

 ──チャレンジカップ発走、四時間前


 二歳未勝利 芝1800m


『先頭抜けた、四番!シエリアスだゴーンインッ!』


 いつも通り行われる普通の未勝利戦。しかし、とある一頭に出走によって、多くの観衆が集まっていた。

 父にGIを六勝したルービアスナイト、母にアメリカンオークスを勝ったキャロルラビリスを持つ超良血馬・ブルーフレアだ。

 このレースからと言うよりも、当然デビュー前から注目を浴びてきた。


 だが……


『ブルーフレア、デビュー三連敗』

『三戦連続の殿しんがり(最下位)負け』

『気性の荒さがモロに出たな今日も……』


 SNSで情報が拡散され、ブルーフレア敗戦の報せが広まっていく。


 二歳新馬 芝2000m 一番人気 十二着(十二頭)

 二歳未勝利 芝2000m 三番人気 十着(十頭)

 二歳未勝利 芝1800m 三人気 八着(八頭)


 数多くの期待を背負いここまで走り、全て最下位と期待を裏切ってしまっている。

 競馬に絶対は無いと言われるように、彼女には残酷な結果が待っていたのだ。


 今日の阪神はんしん競馬場は、強く冷たい風が吹き荒れていた。


 ◇◆


 チャレンジカップ・レース後


 レース後の興奮が収まらない検量室。後検量を済ませた騎手や調教師ちょうきょうし達が、それぞれ会話をしている。

 人が沢山集まっているからだろうか。空調の効果もあるだろうが、室内はかなり暖かくなっている。

 勿論、璃乃りの花火はなび調教師も反省会をしている所だった。


「内側突いた判断は良かった、ただもうちょい早めにな。というか璃乃、よく折り合い付けたな。流石やわ」


「あ、花火先生。それが……」


 花火調教師は口を抑え分析するように璃乃の話を聞いた。

 返し馬の時は少し気持ちが入りすぎて心配だったものの、ゲートに入る直前辺りからテンションも落ち着き、逆に心配になる程に静かになったという。

 それからは掛かる様子も無駄に行きたがる素振りも見せず、調子が悪いのかな?とさえ思ったそうだ。


「でも、あんないい走り見せてくれましたし……」


「体調が悪い訳では無いな……」


 本当に体調が悪かったのを見逃してしまったのか。彼女の、卯月うつき 璃乃の折り合い技術・コミュニケーション力がズバ抜けているのか。


(間違いない。璃乃の折り合い技術はトップレベルや……。あんなに大人しいフォルテなんて初めて見た……)


 普段と違い折り合いがしっかり付いたことも、あの激走に繋がってくる。

 そうなるとやはり、璃乃が鞍上だったこその3着だったのだ。

 そして、彼がずっと考えていた事が急速に膨らみ、やがて言葉へと変わった。


「璃乃、いきなりで悪いがとある馬に乗って欲しい」


 花火調教師の急な騎乗依頼に目を丸くし、彼女は少々考えていた。


「ふぇ……?あ、はい!ありがとうございます!」


 結局、騎乗する馬の名前も知らずに返事をしてしまった璃乃。


 彼女にとっては急に騎乗が決定した事があまり無いので、ただただ驚いていた。しかし、依頼を貰えたことは素直に喜び、心の中で小さくガッツポーズをしたのである。


 ◇◆


 約一ヶ月後、2021年1月9日(土)中京ちゅうきょう競馬場


 冬の寒さの厳しさが増し、観客も厚着をしてレースを見守っている。快晴の中京競馬場には澄みきった空気が流れていた。


 今年は京都競馬場の改修工事の為、今年から関西での開催は「中京」となる。

 今日は重賞がある訳では無いが、とある理由で観客が集まり、盛り上がりを見せていた。


 中京五R 三歳未勝利 芝2000m 出走馬16頭


「おぉ来た来た……!」

「天才と天才って訳や!」

「いくら話題があると言っても人気しすぎやないか?」

「ごめんやけど、あの子がフレアを制御できるとは思えへん……」


 ──中京・第五レースのパドック


 既に周回を始めていた出走馬。騎手たちが整列し一礼すると、それぞれ自分が乗る馬たち目掛けて小走りで散らばっていく。


 そして、この未勝利戦に出走するある一組の人馬。それに対し、期待や不安が入り交じった様々な声がパドックを賑やかせる。



 一枠①番 ブルーフレア ★卯月(三番人気)



 天才と言われた両親を持つ人馬が、新コンビを組み出走する。勿論、SNSやニュースでその情報はすぐに広まり、競馬界から大きな注目を浴びた。


「フレア〜!今日こそ初勝利を〜!」

「がんばって璃乃ちゃ〜ん!」


 花火調教師に足を上げられた璃乃が、ブルーフレアに騎乗し手網を握り直す。


「おいおい、まだまだ若いあの子に制御出来るんかいな〜?」

「あの気性の悪さがね……」


 周回する事に様々な声が飛び交う。一方、そのブルーフレアの鞍上はというと。


「わぁ。これがフレアの背中……!」


 良血馬の背中に自分が居るという事にひたすら感動し、目を輝かせていた。

 優しく首筋を撫でたり軽く声を掛けながら、明るい笑顔で嬉しそうにニコニコしている。


「璃乃ちゃん、ほんとに馬が好きですね」


「それがいい所だな。ははは……」


 パドックで手綱を引く厩務員きゅうむいん吉田よしださんと、ブルーフレアを管理するスーツ姿の男、つまり花火調教師が小さな声量で言葉声を交わす。


「でも先生、聞いているよりかは意外と大人しいですね。パドックでもあんなに暴れてるのかと……」


 今まで乗ったことは無いとはいえ、レース映像等は確認している。とにかく気性難が凄いと言うイメージをフレアに持っている璃乃は、ここまで特に気性の悪さを見せていない事を不思議に思った。


「まぁ、な?」


 どちらかと言うと大人しめの花火調教師が、豪快に笑いを飛ばす。そして最後に、「気を引き締めていけ。難しいぞ」と言葉を発した。

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