第20話 元には戻らなくても

阿部から伝えられた事は衝撃的だったが、意外と私のメンタルは強かったみたいだ。




初めは、診察にくる看護士や医者、病院の患者から『黒い影』が視えやないか、ビクビクしながら過ごしてたが、その内、吹っ切れた。




だって人類は日本だけで約一億、全世界で八十億もいる。


そんな中、会う人会う人にいちいちビビってたらキリがないし、生活出来ない。




むしろ悪霊かかって来い、ぐらいの気持ちでいた方が精神的には良いと思った。




「どうぞ」




「スゲー! 木の葉じゃないっすか!」




「こっちは歯だよ、小熊さん! あっそうだ! 阿部くん、牙も作って! ドラキュラみたいなやつ!」




「……ドラキュラってリンゴ食べるんすかね?」




「……さぁ」




もっとも、そう思えるのは、お見舞いという名目で四六時中来てくれる、阿部と小熊さんのおかげかもしれないが。




この二人、どっちか片方は、常に私の近くに居る。


特に小熊さんは、あっさり夏海と仲良くなってるし、立ち振舞いもなんとなく護衛の経験者っぽい。


知らない人との間にはさりげなく入ってくれる。




「牙はやった事ありませんが……これでどうでしょうか?」




「ヤバッ! ちゃんと牙じゃん!」




「器用っすね!」




それでさっきから何をやってるのかというと、阿部のリンゴの飾り切りで盛り上がっている。




夏海が暇だの退屈だのうるさいので、披露してくれたのだが、




(ムカつくくらい上手いわね……なんなのよ、その特技……)




お皿の上には、ウサギや木葉や歯にしか見えない切り方をされたリンゴなど、実に様々な種類のリンゴが並べられている。




正直、舐めていた。




私もウサギぐらいなら作れるから、どんなもんか見てやろうぐらいの気持ちでいたのに、私より遥かに上手だった。


作る際の包丁捌きも淀みなく、とても綺麗だった。




「柊さんも」




阿部が別のお皿を差し出してくる。


そこに乗っていたのは、浮かんでいる水鳥のようにカットされたリンゴだった。




「ありがとう。 凄いわね……」




「刃物の扱いは得意なんです。 それは羽や頭が外れるのですが、取れますか?」




「ああ、大丈夫よ。 もう殆ど治ってるから」




阿部に向けて指を握ったり、広げたりする。




立花に潰された指は、もう殆ど治り日常生活に支障はない。


流石に元と比べると形が歪になった指もあるが、それは割り切ってる。




命があって、夏海も救えた。


それで十分過ぎる。




でも阿部は、動いている私の指を見て僅かに目を伏せた。




「何よ?」




その雰囲気が気に入らず、阿部に理由を尋ねる。




すると、




「すみませんでした。 俺がもう少し早ければその指も元のままで……いや、初めて立花と会った時に……」




祓っておけば殺しておけば




そんな言葉が阿部の口から漏れる。




だが私は、リンゴを一切れ摘まむと阿部の口に押しつけて彼を黙らせた。




ポカンとしている彼に言う。




「たらればはやめて。 そんな事言われちゃ素直に感謝出来ないでしょ? これでも感謝してるのよ……色々と」




「……! ふ、ふみませ……」




「謝んのも止めなさい。 そりゃ、元通りが一番だけど、生きてんだから元には戻らない事もある」




そう言って私もリンゴを一切れ摘まみ、口に放り込む。




噛み締めるとシャリシャリとした食感と甘さが口一杯に広がった。




「美味しい。 あんたは?」




「……ふぉいしいです」




阿部がリンゴを頬張って言う。


それににっこり笑って応えた。




「でしょ。 元通りにならない事も悪い事ばっかじゃないのよ。 だって元のままだったらあんたとこうしてリンゴを食べてる事なんてなかったし、美味しいって事も分からなかったんだから。 全部、あんたのおかげよ」




そして頭を下げて、心からの感謝を告げた。




「ありがとう、阿部修良」




「……あ」




阿部は私の感謝を受けて、何を言おうか迷っているみたいだった。




だから待つことにしたが、ふと横を見ると、






夏海がスマホでこちらを撮っていた。






「あんた……何してんの?」




聞くと彼女は鼻息を荒くして答える。




「愛の証拠映像だよ! 後で香織にも送ってあげ……」




言い終える前に彼女のスマホを奪おうと手を伸ばす。


だが寸での所で奪い損ね、彼女はスマホを胸に抱えて布団を被りベッドに隠れてしまった。




「消しなさい!」




布団を掴み、夏海をベッドから引っ張り出そうとする。


それに彼女は全力で抵抗してきた。




「やだ! てか、突然告白が始まるのかと思ったじゃん! 私達もいるのに! めっちゃ気まずかったんだからこれくらいはご褒美でしょ!」




「何が告白よ! どうみたって感謝してるだけでしょうが!」




「どうだかね! あんな優しい顔の香織は、あんまり見た事ございません!」




「いいから消しなさい!」




夏海をベッドから引っ張り出すため格闘する。


その間に小熊さんは、「青春すね~」と言いリンゴを齧っていた。






そして、阿部は、






「……どう……いたしまして……柊……香織さん」






僅かに微笑み、少しだけ救われた様にお礼を言っていた。

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