第18話 悪霊

阿部と病院の廊下を歩く。


私が先導して、それに阿部が着いてくる形だ。




一応、案内という事だからこれでいいのだ。




決して隣を歩くのが気恥ずかしいとかではない。




(そう……そうよ! 阿部は方向音痴だからこれでいいのよ! 私は間違ってない!)




自分の気持ちに納得をつけ、ズンズンと進んでいく。


特に会話もなくエレベーターを使って一階に到着すると、売店脇の自販機コーナーへと向かった。




「どれが良いですか?」




「これ……夏海にはお茶で」




適当なジュースとお茶を選び、阿部に買って貰う。


ガコン!という音と共に出てきたペットボトルを阿部が拾い上げた。




そしてそのまま私の方を向いて言った。




「柊さん」




「な、何……?」




急に話し掛けられてドキリとする。


阿部は続けて言った。




「この後、出来れば二人で話せませんか? 杉山さんもゆっくりで良いと言ってましたし……」




「ふ、二人……!? 二人きりって事!!」




「え、ええ……屋上が空いてるらしいのでそこで……」




「屋上!?」




「……はい」




なんだこの男、なにが目的だ?


わざわざ二人きりになって私に何をする気だ?




「今回の事件の説明をさせて下さい。 あなたが見たであろう『黒い影』についても」




「…………」




「柊さん?」




「ああ……うん……そりゃそうよね……」




何考えてんだろう、私……


よく考えなくてもこの男がそんな事する筈ないのに。




だって彼は私達を助けてくれた、守ってくれた。


そこに嘘偽りはない。




確かに隠してる事はあるのかもしれない。


だけど今の私よりかは遥かに誠実に向き合おうとしてくれている。




それに比べ私は、




「あーもう……!」




自分の頬をひっぱたく。


それを見ていた阿部の目が僅かに見開かれた。




私は叩いた頬を擦って言う。




「寝惚けた頭を覚ましただけだから気にしないで。 それより早く行きましょう。 知りたい事だらけだから」




「分かりました」




私達はエレベーターに乗り込むと、最上階のボタンを押した。




「でも屋上なんて開いてるの? 普通、カギがかかっているんじゃない?」




「問題ありません。 鍵なら持ってますから」




そう言って阿部は、ポケットから一本の鍵を取り出す。


それに私は苦笑いを浮かべるしかない。




「……今更この程度じゃ驚かないけど、一応聞かせてね。 なんで持ってるの?」




「この病院の看護士さん、お医者さんとは知り合いでして。 誰も来ない場所はないか、と聞いたら貸してくれました」




「ふーん……随分と交友が広い事で」




話していると最上階に着いた。


そこから階段でさらに上へと向かう。




昇ると屋上に出るドアがあり、阿部は持っていた鍵を差し込んだ。




ガチャという音がしてドアが開く。


それと同時に外の熱気が襲いかかってきた。




「あっつ……」




ずっと病院だったから忘れてたが、外は夏真っ盛りだった。


いきなり照らしつける日差しに目が眩む。




阿部は私を建物で出来た日陰に連れてくると買ってきたペットボトルを開けて口元に持ってきた。




「すみません、外の事を考慮してませんでした」




「んぐ、ふぅ……ありがとう、楽になったわ。 もう良いわよ、話しても」




阿部に飲み物を飲ませて貰い、幾分か気分も落ち着いた。




「分かりました。 では……まず今回の事件の加害者は、立花白峰たちばなしらみね。 年齢は五十三歳で独身、職業はマンション管理人。 杉山さんに邪な想いを抱いていて、今回それが爆発、彼女を拉致監禁するも警察の捜査に追い詰められ自殺……というのが警察の公式発表です」




「ニュースでやってたわね」




私が言うと阿部も頷き、先を続ける。




「もう理解されていると思いますが、これらは世間の混乱を避ける為の嘘です。 事実は、立花はあのマンションに人間を拉致監禁し、拷問していました。 隠し部屋にはその痕跡がかなり残っています」




「…………」




「おそらく奴は、捕らえた人間をマンションの地下で拷問、そこで体力や抵抗する気力を奪った後、柊さん達が捕まっていた山脈の洞窟に運んだのではないかと考えられます。 洞窟自体は俺が消してしまったので調べられませんでしたが、周辺から大量の人骨が発見されました」




「っ……!」




聞いてると、暑さとは違う吐き気がしてくる。


そんな狂気が自分の身近にあってちっとも気がつかなかった。




「大丈夫ですか?」




阿部が心配そうにこちらの顔を覗き込む。


それに手を振って答えた。




「大丈夫よ。 もっと早く視えてればって思っただけだから……」




立花から視えた『黒い影』。




あれさえもっと早く視えてれば少しは警戒したかもしれないのに。




悔やんでいると阿部が慰めるように言った。




「仕方ありません。 死体に籠られるとアレは視えませんから」




……んっ?




「それが、奴らが人間の死体を使う最大のメリットで……」




「ちょ、ちょっと待って!」




「?」




「あんたって最初に立花に会ったとき、『黒い影』が視えてたんじゃないの? だからあんな警戒してたんでしょ?」




「……いえ、経験と見分け方から判断しただけです。 死体は汗もかかないし、暑さ寒さにも鈍感ですから。 柊さん……あなた、何時から視えてたんですか?」




「あんたと一緒に立花と会ったときよ……あいつの背後から……きゃっ!」




話していると阿部がいきなり私の肩を掴んだ。


見た事ない凄い形相で私を見つめてくる。




「それを誰かに言いましたか……! 立花……い、いや、悪霊に……!」




「い、言ってないわ! ってか痛い……! 」




「あっ……」




痛みを訴えると慌てた様子で阿部が肩から手を離す。




「す、すみません……」




「……いいわよ。 早く言わなかった私も悪いし……でもあんたがそんなに焦るって事は、視えちゃマズイのよね……?」




「少なくとも奴らにとっては」




そう言って阿部はポケットから手帳を取り出し、挟まっていた一枚の紙切れを私に渡してきた。




どうやら古い新聞記事のコピーみたいだ。




「これは……?」




「40年前の記事です。 読んでみて下さい」




阿部に言われて記事に目を向ける。


そこには大きな文字でこう書いてあった。




『奇跡の生還 遭難から一週間後に救出』




どうやら遭難者が見つかったという記事らしい。


一体何の関係があるのかと思いながら記事に目を向けると救助された人の顔写真が乗っている。




それはあの管理人、立花にそっくりの人物だった。




「はっ……? えっ……? どういう事?」




同一人物?




いや、それはありえない。




もしこの記事の人物と、私達が出会った立花という男が同一人物なら年齢は百歳近い事になる。




あの男はとてもそんな風には見えなかった。




「じゃ、じゃあなんなのよ……なんだったの、私達を拐ったあの人は!?」




得体の知れない恐怖が私の背筋を冷たくする。


阿部は、それを受けて静かに言った。




「人じゃありません。 あれは……」








「悪霊さ、お嬢ちゃん」








阿部が答えるよりも先に、私の背後で声がした。


ドキッとして振り返ると、甚平を着て不精髭を生やした男性が立っている。




彼は、驚いて言葉の出ない私を見つめながら続ける。




「悪意というこの世の淀みを介して渡ってくる人類の天敵。 人の恐怖と苦痛を糧とする、化け物だよ。 そんで俺らは奴らの天敵、嬢ちゃんもそれになれる……かもな」




ニヤリと男が意地の悪い笑みを浮かべる。


それに圧され、一歩後退りすると、阿部が私を庇うように前に出た。




そして男に向かって言う。




「……出雲さん。 戻ってたんですか」




出雲




その名前には聞き覚えがある。


確か……探偵事務所の名前がそれだった筈だ。




「おう! 事情も礼子から聞いてる、居てやれなくてスマンかったな、修良」




「いえ……それより柊さんを怖がらせないで下さい。 彼女は大変な目にあったばかりなんですから」




「おおっ、すまねぇ……! 格好良く登場したくてな。 ……俺はこういう者だ」




そう言って懐から名刺を取り出すと私に渡してくる。


そこには、




「出雲探偵事務所……?」




以前にはなかった『悪霊』という単語が足されいた。




「所長の出雲だ。 よろしく、柊香織ちゃん」

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