第17話 前途多難

「失礼します」




阿部は、そう言って両手に紙袋を提げて病室に入って来た。


私はドアから離れ、彼の後ろに着いて自分のベッドに戻る。




その様子に夏海は口元を抑え、笑いを堪えていた。




「こちらお見舞いの品です。 良ければ……どうかしましたか?」




「ふふっ……ううん、何でもない! あっ、お見舞いありがとー」




夏海が意味ありげにこちらを見て、紙袋を受けとる。


阿部は首を傾げていたが、深くは聞かず、こちらにも紙袋を差し出した。




「柊さんにも。 置いておきますね」




「…………アリガトウ」




私の指の状態を察した阿部は、紙袋をベッド脇の棚の上に置いてくれた。




それに何故かカタコトでお礼を言う。




(なんでこんな緊張してんの!? 聞きたい事があんでしょうが! ビビってんじゃないわよ!)




自分を叱責して覚悟を決めて阿部の方を見ると、夏海と二人で話している。




「足の具合はどうでしょうか?」




「良い感じだよ! 流石に夏休み中は無理だけど秋くらいには学校も行けそう! 走ったりは出来ないけどね」




「……そうですか」




「うん。 本当にありがとう。 あのままじゃどうなってたか……」




「いえ、全ては杉山さん達の頑張りの結果です。 俺は遅すぎました。 もっと早ければあなた方に怪我をさせる事もなかった。 すみませんでした」




「ちょっと、ダメダメ! 頭上げて! 阿部くんには感謝しかないんだから。 あっ、お見舞い、開けるね? 何かな~何かな~」




「ゼリー飲料です」




「おおマジ!? 私、ゼリー大好き!」




そう言って夏海はお見舞いを開け、中に入ってたゼリー飲料を飲み始めた。




あれ?


なんか私と話す時より良い雰囲気じゃないか?




夏海の方が話しやすいのか?




まぁ、私と話した時は、夏海が行方不明でシリアスな感じだったし、そういう雰囲気にもならなかったし、決して話しにくいとかではない。




(だからさぁ…………あんまりデレデレしてんじゃないわよ、二人とも。 そりゃ夏海は友達だから多少は大目に見るけど、あんたは先ず私への説明が先じゃないの? こっちは、あんたが来るのをずっと待ってたのよ? いや、待ってたってほどでもないけど……あんたなんか来なくても全然良かったけど! でも、来たんならまずは私と話すのが筋じゃないの……!?)




楽しげに会話する二人を凝視していると、私の方を横目で伺っていた夏海が「ひっ……」と短い悲鳴を上げ、額に冷や汗を浮かべた。




(なんで悲鳴上げてんのよ? いいじゃない、二人で仲良く話してれば? 私はずっと眺めてるから)




凝視し続けていくと夏海の顔色は笑顔のままどんどん悪くなっていく。


それに気づいた阿部が心配そうに言った。




「大丈夫ですか? もしかして体調でも?」




「えっ!? ち、違うよ! からかったら面白そうとか、気持ちを自覚させてやろうとか、全く思ってないからね!」




「は、はぁ……? なるほど?」




いきなり焦りだした夏海に阿部が困惑する。


彼女はそんな阿部を無視して、わざとらしい大声をだした。




「あ、あーあー、喉渇いたなぁ……! ゼリー飲んだら喉渇いちゃったなぁ!! 阿部くん買って来てくれないかなぁ!?」




「いいですよ」




「ありがとう! でも自販機の場所分かんないよね?」




「いえ、一階にありま……」




「分かんないよね!!!」




「……はい」




「ねっ!!! ほら香織! 出番だよ! 着いて行って教えてあげて!」




「はぁ!? 何で私が……」




一人で行かせればいいだろう。


そう思って断ろうとしたら、夏海が拝み倒してきた。




「お願い!」




……ちくしょうめ。


甚だ不本意ながら、夏海に頼まれたら断れない。




「……行くわよ、阿部。 私にも奢って」




「分かりました」




スッとベッドから立ち上がり、出口へ向かう。病室のドアは阿部が開けてくれた。




「ゆっくりでいいよ~」




そんな夏海の声に見送られ私達は病室を後にした。







二人を見送り、一人残された私は緊張の糸が切れてベッドに寝転んだ。




「こ、こっわぁ……! 眼光鋭すぎ……!」




まさかちょっと話しただけであんなに冷たい目をしてくるなんて。




香織の目付きが悪いのは重々承知してたが、今回のはそれに嫉妬と怒りがプラスされてえらい事になっていた。




「もうからかえねぇー……そんなにかぁ……そんなになのかぁ……! あれで自覚もないのかぁ……というか、阿部くんはアレで気づいてないの?」




鈍感なのかな?


あんまり話した事ないから、そこら辺は良く知らないけども。




それとも……




「まさか……慣れている、とか……?」




香織が阿部くんの事を目で追っているのは分かっていたけど、私が知っているよりもずっと長く、香織は阿部くんの事を見てたんじゃないか?




それこそ毎日、毎日。


本人にもそんな自覚なく、殆ど無意識で。




だから阿部くんは、慣れきっていて反応を示さなかっただけなんじゃないか?




そう考えると辻褄が合う気がする。




「おぉ……香織……」




親友の素直に『好き』と自覚出来ないお子様みたいな情緒に悲しくなる。




さらに、それを受けて平然としている阿部くんも、やっぱりどこかおかしい人だ。




つまり二人の行く末は、




「前途多難っぽいな!? 色々と!」

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