第14話 人影
痛い――
頭がガンガンする。
痛い――
勝手に流れてくる冷や汗と涙で、顔も身体もぐしゃぐしゃだ。
痛い――
あれ? 私、何の為にこんな痛い思いを……?
「それ!」
ゴンッ!
思いっきり振りかぶられたハンマーが私の指を直撃し、破壊する。
これまでと同じ激烈な痛みが指先から全身に伝わってくる。
「あ゛あっ …………!!! ふぐっううっ……!」
悲鳴を押し殺した結果、自分の口から今まで出たことがないうめき声が漏れる。
ガクガクと身体が震え、息だって上手く出来ない。
今ので十本目の指。
ようやく終わった。
「かはっ! あぐぅっ……! はぁ……! ふっー、ふっー……」
うめき声と荒い呼吸を繰り返して、少しでも痛みを誤魔化そうとするが、あんまり楽にはならない。
叩き潰された指全てがズキン、ズキンと鋭い痛みを訴えている。
痛みが引かない。
ずっと痛い。
だがそれでも耐えきった。
悲鳴は上げなかった。
「凄いよ、香織ちゃん」
立花は使ったハンマーを机に戻し、拍手しながら言う。
「二、三本で音を上げると思ってたのに、君は耐えきった……本当に素晴らしい人間だ……!」
「…………あ…………あ」
褒められているみたいだが、痛みのせいで何を言われているのか理解出来ない。
でも、何とか言葉を絞り出す。
「やく……そく……悲鳴……早く……夏海を……」
「ああ、うん、そんなのもあったね。 うーん……正直もういらないんだけど、夏海ちゃんが居た方が香織ちゃんも頑張れるよね?」
「……?」
「それにさ、私は苦痛に耐えられたらとは言ったけど、指を潰すのに耐えられたらとは言ってないよ?」
「なっ……!?」
「だからまだまだ続けるね。 次はコレだ」
「ま、待っ……! うっ!」
立花は私の反論を許さず、机の上にあった錐を私の膝に軽く突き立てた。
指を潰された時よりはマシだが、今度は「潰す」痛みではなく、「刺す」痛みが私の身体に走る。
ベクトルの違う痛みは、私の口を塞ぐのに十分だった。
「これは、『錐揉み責め』って言ってね。 膝に刺した錐を揉み込んでいく拷問だ。 錐は肉を破って膝の皿に到達し、骨を砕く」
「っ!!」
血の気が引くのが自分でも分かった。
立花はそんな私の様子を見て嬉しそうに続ける。
「これだけでも相当痛いだろうけど、私はさらに一工夫するんだ。 ちょっと待っててね」
そう言うと立花は、私の膝から錐を引き抜くと、地面に置いてたリュックを漁って金属製の容器を取り出した。
「これはアルコールランプだ。 色々便利なんだよ」
言いながらそれの蓋を開け、燃芯の太い紐にマッチで火をつける。
そして灯った火で錐の先端、太い針の部分を炙り始めた。
焼ける匂いが私の中の恐怖を加速させる。
(まさか……それで……)
「良いだろう、これ。 痛みはハネ上がるし、止血も出来る」
私に向けて得意気に立花が言う。
「はぁっ……! はぁっ……!」
対して私はこれから襲ってくるであろう痛みに震えが止まらなかった。
心臓の鼓動が上がり、緊張で喉が乾く。
それでもまだ耐えなければならない。
実は始めから立花との約束なんて期待していなかった。
きっとこの悪魔は私が悲鳴を上げるまで拷問を続けるだろうし、縛られた私じゃ約束を反故にされても抵抗出来ない。
そんな事より私が期待していたのは、あの男が救出に来る可能性だ。
阿部修良
立花を疑っていたあいつなら、あのドアに気づくかもしれない。
私に連絡がつかないのを不審に思ってくれるかもしれない。
もしそうなればあの男は、探す。
あの男なら……必ず見つけ出してくれる。
それに賭けた。
問題は時間だ。
ここを見つけるまでの時間を稼がないといけないし、仮に救出に来てくれても、その時に夏海が拷問に耐えられず死んでたら意味がない。
だから立花を挑発して、夏海から意識を離させた。
おかげで奴の意識は予想以上に私に向いたが、痛みも予想以上で私の心が折れそうになっている。
いや、もう折れていると言っていい。
叩き潰された指が痛い。
その上、これから熱した錐が私の膝を貫くらしい。
悪い冗談だ。
勘弁して欲しい。
泣きわめいて許されるならとっくにそうしている。
でも、もう少し耐えないと。
これを乗り切れば、あいつが助けにくる。
それを信じて、少しでも夏海に矛先が向かないようにしなければ。
恐怖と戦っていると唐突に夏海が声を上げた。
「か、香織……私が……か、代わりに……!」
その言葉を一言で否定する。
「いやよ……」
「なっ……!」
「……こんなの……なんともない……」
「う、嘘……! 嘘つき……! 痛いクセに……!」
当たり前じゃないか。
痛いに決まってるだろう。
私はただの人間なんだから。
そんな私が必死で耐えてる理由なんて一つしかないんだから。
「よぅし! 出来たよ、香織ちゃん!」
この場には、不釣り合いなほど明るい声をさせて、立花が熱した錐を持って私の方に来る。
「ふぅ……」
息を吐いて覚悟を決める。
それに夏海が焦った声を出してすがり付いた。
「まっ、待って下さい! 私が……!」
「無理、私は香織ちゃんの苦痛と恐怖を味わいたいんだよ。 正直、君は彼女から味を引き出す要因でしかないから黙ってて貰えるかな?」
「そうよ……黙ってなさい……」
あんたが傷ついてたら意味ないんだから。
だから、黙って見てなさい。
私は負けない。
「こんなの……ほんとになんともないから……!」
夏海に笑みを向ける。
きっと恐怖で引き攣った歪な笑みになっている。
「……! うぇ……」
私の虚勢に夏海は下を向いて泣き始めた。
立花はもうそれには付き合わず、熱した錐を私の目の前に持ってくると意地の悪い笑みを浮かべ、私にだけ聞こえるよう囁いた。
「もし君が悲鳴をあげたら、その時は、夏海ちゃんにもやっちゃおうかなぁ……」
「……クソ野郎……」
「褒め言葉だよ。 なぁに、悲鳴をあげなきゃいいだけさ……」
立花は屈むと錐を先ほど膝に刺した場所へと近づけてくる。
熱さが徐々に、徐々に、膝を焦がす。
私は頭の中であの無表情な顔を思い出しながら、悲鳴を上げないように歯を食いしばって身構えていた。
そして、錐が私の膝に触れるか、触れないかという所で、
洞窟の入り口の鉄扉が吹き飛んだ。
「なんだ……!!?」
「んっ……!!」
「きゃっ!!」
爆発したかのような土煙が上がり、思わず目を瞑ってしまう。
聞こえるのは音だけ。
誰かが高速で走っているような音だけだ。
「お前っ……! どうしてここが……!」
立花の声が聞こえたが、直ぐにザシュ!っという音がして聞こえなくなる。
(な、何が起こって……!)
恐る恐る閉じていた目を開けてみる。
すると私の目に映ったのは、人影だった。
白く輝く、美しい刀を持った人影。
そいつは私の方に顔を向けると、急いで駆け寄って言った。
「遅くなってすみません。 助けに来ました」
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