第12話 夢
「柊さん!」
「うえっ!?」
自分の机で勉強していたら突然、名前を呼ばれた。
学校で名前を呼ばれるなんて、出席確認の時ぐらいだったから、ビックリして間抜けな声が出てしまう。
それでも何とか首を動かして、声のした方へと顔を向けた。
向けた先では、教科書を手に持った茶髪の女がこちらを真剣な目で見つめていた。
彼女は、私に教科書を差し出すと大きな声で叫ぶ。
「勉強教えて下さい!!!」
「…………はぁ?」
言われた事が理解出来ず、困惑した声が私から漏れた。
しかしそれを無視して、教科書を手にした女は元気一杯にまくし立てる。
「私、杉山すぎやま夏海なつみって言います! バレー部です! 運動には自信あるけど、勉強はヤバいです! よろしくお願いします!!!」
「えぇ……」
何なのだ、こいつ?
アホなのか?
フリーズしていると、いつの間にか鼻先まで教科書が差し出されている。
私は身を引いてそれから逃れようとするが、引けば引くほど教科書が迫ってくる。
「ちょっ……! 近い、近い! 離れなさい!」
たまらず叫ぶと、夏海は目を輝かせて言う。
「そしたら教えてくれるんですか!?」
「それは……!」
言い淀んだ私に向けて、さらに教科書が迫ってくる。
たまらず席から立ち上がって逃げ出すが、あっさり壁際に追い込まれ、教科書の圧力を掛けられる。
「うっ……も、もう分かったから……! 教える! 教えます!」
そうして、圧力に屈した私が涙目になりながら叫ぶと、やっと夏海は教科書を下げて笑顔で口を開いた。
「ありがとう! 私の事は、夏海でいいよ! 私も今度から柊さんの事は、香織って呼ぶね!」
――これが、杉山夏海との最初の出会いだった。
めちゃくちゃ馴れ馴れしくて、距離感の詰め方もエグい。
でも結果として、私にとっては正解だったのかも知れない。
何故なら当時の私は、あんまりクラスに馴染めていなかったからだ。
いつも一人で勉強していたし、友達らしい友達もいなかった。
「なぜ?」と聞かれたら多分、生まれ持った目付きの悪さが原因なのだろう。
普通にしてても不機嫌で冷たい印象を与えてしまう。
そのせいで小学校では、いつも男女から避けられていた。
苛めにはならなかったが、孤立していた。
だから私は、一人で黙々とやれる勉強というモノにのめり込んでいった。
暇さえあればいつも勉強、勉強。
本当は友達の居る同級生が羨ましかった。
私だって休み時間に校庭で遊びたかったし、放課後も友達と会いたかった。
それが私の夢だった。
でも何一つ叶わなかった。
そして、小学校を卒業する頃にはすっかり可愛げのない子供に成長していた。
友達なんていらない――
私には勉強がある――
どうせ中学でも友達なんて出来ない――
そう思っていた。
だけど、始めて友達が出来た。
強引だし、ドジだし、おっちょこちょいだし、すぐ調子に乗るし、その上アホで、成績も悪く、声もデカい。
良い所といえば、まぁまぁ顔が可愛い所と、スタイルが良い所と、運動が得意な所と、優しい所と、話を聞いてくれる所と、素直な所と、ノリがいい所と、それから……私なんかに声を掛けてくれた所ぐらい。
それが私の友達。
まぁ、そう思っているのは私だけかもしれないけど。
夏海からしたら私なんて友達の一人に過ぎないかもしれないけど。
……ごめん、こんな思考しか出来ない暗い女で。
でもね、こんな私を……孤独だった私を救ってくれたのは間違いなくあんたなのよ。
だから、今度は私があんたを救ってみせるから。
もう少し待ってて、夏海。
◆
瞼を開ける。
どうやら夢を見ていたようだ。
中学時代、夏海と始めて出会った頃の夢を。
「うっ……」
頭が重い。
身体の節々が痛む。
身体に伝わる感触から察するにどうやら固い椅子に座っているみたいだ。
(何があったんだっけ……?)
脳を働かせて記憶を呼び覚ます。
(えっと、マンションを調べてて……非常口に行って……奥の方に……それから……)
「っ!」
途端に全部、思い出した。
室外機の裏に隠されていた扉を見つけ、連絡を取ろうとした所で管理人の立花に捕まったんだ。
(は、早く知らせないと……!)
そう思って椅子から立ち上がろうとする。
だが出来なかった。
「えっ?」
立ち上がれない所か、腕も足も動かせない。
不思議に思って自分の状態を確かめてみると、両手足は座っている椅子の足とひじ掛けに頑丈そうな革ベルトでしっかりと縛り上げられていた。
さらに肩と太ももにもベルトが巻かれ、椅子自体も地面と固定されているのか、ビクともしない。
「何よ、これ……!?」
何とか外せないか試してみるも無理だった。
身動き出来るのは首ぐらいしかない。
「クソっ……!」
悪態をつき、役に立つものがないか辺りを見渡す。
周辺は岩肌が剥き出しの洞窟みたいになっていて、何個かの電球が内部を照らしている。
そして対面には、私と同じように椅子に縛りつけられた夏海がいた。
「な、夏海!」
夏海はぐったりしていて、呼びかけても返事はない。
だが肩が上下に動いている事から、呼吸はしている。
生きている。
夏海はちゃんと生きている。
「夏海、起きなさい! 起きて!」
呼びかけを続けていくと、彼女の瞼がゆっくりと開かれた。
眠そうに数回瞬きをした後、私を瞳に捉える。
「香……織……?」
「そう! 私! 香織よ!」
「あれ? どうして香織が目の前に……あっ、夢か……」
「違う! ちゃんと目の前に居るっての! よく見なさい!!」
夏海に噛みつかんばかりの勢いで怒鳴る。
それによって徐々に彼女も私が居る事が現実だと認識し始めた。
同時に顔が恐怖で歪んでいく。
「か、香織……! 何で……? 駄目……殺される……! に、逃げて!」
夏海はかなり混乱しているみたいだ。
私も捕まって逃げられない状態なのを理解していない。
なので落ち着かせるように言った。
「落ち着いて。 これを外さないと逃げられないわ。 なんか役に立つもの持ってない?」
私が言うと夏海も自分の状況を理解したのか首を横に振り、俯いた。
「ごめんなさい……何にも持ってない……それにこれを外せても……私、足が……」
「足!?」
言われて夏海の足元を見る。
彼女の足は私と違い、ベルトで縛られてはいなかった。
その理由は単純で縛る必要がないからだ。
「あんた……その足……」
夏海の足は紫色に変色し、もとの倍ぐらいに腫れ上がっている。
出血はしてないがとても歩ける状態には見えない。
「ハ、ハンマーで……管理人さんが……逃げられないようにって……私、痛くて……」
「分かった、分かったから! もう思い出さなくて良いから! 私を見て!」
耐えきれなくなった夏海がボロボロと泣きながらこちらに顔を向ける。
「一体、何があったの? どうしてあんたがこんな目に……」
夏海が口を開こうとする。
だがそれよりも早く、
「それはね、夏海ちゃんが見てしまったからだよ」
その声が聞こえた瞬間、ゾワっと私達の背中に鳥肌が立った。
空調もまともに効いてない洞窟内はかなり暑かったのに、一気に温度が下がった気がする。
震える身体を抑え、なんとか声のした方向へ目を向けるとそこには鉄扉があり、ガッチャと音がして扉が開いた。
そこから一人の男が洞窟内に入ってくる。
恐怖、嫌悪、敵意、怨み、憎しみ、苦しみ、
そして、悪意。
あらゆる悪感情を宿した黒い影を纏わせながら。
「おはよう、良い夢はみれたかな?」
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