第11話 見つけ出した場所

阿部と別れた翌日、




私は自室のベッドに寝転がってスマホを見つめていた。


ネットニュースを見る訳でも、検索サイトを開く訳でもなく、ただただスマホの真っ暗な画面を見つめ続ける。




あの男からの着信はこない。




「あーもう!!」




ガバッとベッドから起き上がると、自分の髪をグシャグシャと掻きむしりながら叫んだ。




「あいつの言った事なんて知ったこっちゃないっての! 連絡なんて待ってたら時間は過ぎてく一方! 動きなさい、私!」




着ていたパジャマを乱暴に脱ぎ捨てて半袖、短パンに着替える。


伸びた髪もまとめて結び、ポニーテールにして帽子を被った。




「よし!」




もう阿部の事は考えない。


私は一人でも夏海を見つけ出してみせる。




あいつからはマンションに近づかないよう言われたが知ったこっちゃない。




スマホと財布を持ち、念のため夏海の部屋で見つけた映画の前売り券もポケットに突っ込んで部屋を出る。




階段を降りてリビングへ向かうと、母が洗濯物を畳んでいた。


母はリビングに入ってきた私の格好を見るなり少し驚いたように言う。




「あら、珍しい格好。 もしかして何処かに行くの?」




「ええ、図書館までね。 いつまでも家に閉じ籠ってるのは流石にキツイわ」




「そうよね……でも」




母が言いづらそうにもじもじと口を動かす。


多分、危ないから家に居ろと言いたいんだろう。




だけど、その言葉が出てくる前に私は言った。




「大丈夫よ。 図書館は夏海の家とは反対だし、人通りも多い、危なくないわ」




「そうだけど……」




心配そうに母が呟くが、私はそれを無視して玄関へと向かう。




「ちょっと……! もう分かったから、出来るだけ早く帰って来なさい。 それと人通りの多い場所を選んで歩く事、変な人が居たら直ぐに大声を出して逃げる事、それから……」




「行ってきます」




「あっ、香織……!」




まだ母の言葉の途中だったが靴を履いてドアを閉める。


バタンと音がして扉が閉じ、母の声がしなくなった。




「ごめんなさい、お母さん」




私は一言、そう呟くとマンションへの道を歩き始めた。







暑さに顔をしかめながら歩いていくとようやくマンションに着いた。




「ふぅ……」




一息ついて額に浮かんだ汗を拭い、辺りを確認する。


昨日と比べて早く来たせいか、それなりに人通りはあるが、学生服を着ている人は周辺には居ない。




その事実に胸を撫で下ろし、探索を始める。




(取り敢えず、あいつの言ってた非常口を探してみましょうか)




そう思って駐車場を横切りマンションの裏手に回る。


すると探すまでもなく非常口を見つけた。




まぁまぁ頑丈そうなドアで警備会社のマークがきっちり入っている。


監視カメラの類いは無さそうだがもし無理やり開けて夏海を連れ込めば警報が鳴っているだろう。




(連れ込む時だけ警報を切っておいたのかしら……? いやでも、調べられたら分かっちゃうわよね……警備会社に記録が残るだろうし)




入口はカメラがあるから当然無理、非常口も警報が有って難しい、他に入口らしい入口はない。




「うーん……」




考えれば考えるほどこのマンションに夏海を連れ込めるとは思えない。




だけど、あの男はこのマンションを疑っていた。


管理人さんにいたっては犯人だと思っていたみたいだ。




何が阿部をあそこまで確信させたんだ?




「ううーん……」




私が管理人さんで気になる点があるとすれば、昨日話している時に黒い影のようなものが見えた気がするくらいだ。




これだけは阿部に言ってない。


言う前に別れてしまったからだ。




「やっぱり伝えた方が良いのかしら……?」




スマホを取り出し、昨日知った阿部の番号を画面に表示する。




けれど、なかなか発信ボタンが押せない。




時間が経ったせいで本当に見たかどうか自信も失くなってきたし、そもそも信じて貰えるか分からない。




(やっぱり止めときましょ。 それに、あんな男知ったこっちゃないって決めたばかりだし)




結局、電話は掛けずにスマホをポケットにしまう。




「んっ?」




そして、別の場所を調べようとしてふとマンションの外壁を見た時ある事に気づいた。




「ここペンキで塗られているのね」




非常口の脇からさらに奥の方の曲がり角までペンキが塗られている。


そう言えば管理人さんは昨日会った時、ペンキを塗るローラーを持っていた。




あれで塗っていたんだろう。




「ん? あれ?」




その時、頭の中に一つ疑問が湧いてきた。




(ちょっと待って。 ここって昨日、阿部が調べてたわよね。 そして管理人さんもここでペンキを塗ってたならここで二人は会ってるんじゃないの?)




でも、昨日の彼らの様子は明らかに初対面だった。


それと二人が私の所にやってきた方向も違う。


阿部はマンション脇の駐車場から、管理人さんはマンションの中から。




「んんっ?」




なんだか状況がちぐはぐしている。




もしかして、管理人さんは私達が来る前にここのペンキを塗り終わっていたのか?


それなら阿部と会わない理由も分かる。




でも、それだとしたら何で私と会った時、ペンキを塗るローラーを持っていたんだろう?




終わっているならわざわざ持ち歩く必要はない。




「……」




何だろう。




考えると管理人さんの行動に若干矛盾があるような気がする。


いや、漠然とし過ぎてて矛盾と言うよりは違和感と言った方が近い。




疑い過ぎか?




昨日、阿部が疑っていた事に影響を受けているのだろうか?




「……まぁ、念のためにね」




まるで言い訳のように呟くと、ペンキの塗り跡を辿ってみる事にした。


跡はマンションの裏手のさらに奥へと続いていて、曲がり門を曲がった先の外壁にも塗られていた。




「あら……?」




ここまで来るとちょうどマンションを一周した形になる。




なのでてっきり正面入口へ繋がると思っていたのだが、曲がり角を行った先はマンションの建物の一部が出っぱって邪魔しているため、正面に出られなくなっていた。




さらに右手はマンションの外壁があり、左手は隣の建物との間に作られた生垣がある。


おそらく、上空からでもなければ外からこの場所を見るのは不可能だ。




「へぇ、こんな場所あったのね」




一応、辺りを確認してみるが人を隠せそうな場所はない。


生垣の中まで覗いてみたが特に気になるものはなかった。




「何もないか……そりゃそうよね。 幾らなんでも疑い過ぎなのよ」




一人で納得し、最後にペンキが塗られたマンションの外壁を確かめてみる。


どうやら取り付けられた室外機の裏も塗ってあるみたいでかなり念入りに塗られている事が分かる。




そして、一つおかしな点を見つけた。




「あれ? この室外機、動いてない……?」




置かれている室外機の内の一つが動いていなかった。


それによく見てみると配線も繋がってない。


完全にただの置物になっている。




なのに下の台座には頻繁に動かしてるような跡がついていた。




「まさかね……」




何もないとは思いつつ、私も室外機を跡に沿って動かしてみる。


すると意外なほど軽くてあっさりと動かせた。




そして、その背後の壁には平面ハンドルが取り付けられていた。




「っ!?」




これは何の為のハンドルだ?


何処に繋がっている?




どうして隠すように室外機の裏にある?




嫌な予感がした。




直ぐにこの事を誰かに伝えなければと思った。


急いでスマホを取り出し、連絡を取ろうとする。




焦ったせいでポケットに一緒に突っ込んでいた映画の前売り件を落としてしまうが気がつかない。




スマホの画面を点灯すると先ほど掛けようとした番号が表示される。




阿部の番号が。




あいつは管理人を疑ってた。


そして、こんな隠された扉を管理人が知らないとは思えない。




あの男にこそ、この情報は必要なんじゃないか?




そう考えて先ほどとは違い、躊躇いなく発信ボタンを押そうとする。






その時、






ゾワリと背筋に悪寒が走った。


押そうとした指が止まり、視界の端にあの黒い影が映る。




「っ!」




急いで逃げようとするが、それより早く太い腕に首を掴まれ、壁に叩きつけられた。


衝撃でスマホを落としてしまう。




「がはっ!」




「良くないなぁ、柊ちゃん」




私を叩きつけたのは管理人の立花だった。


いつもと変わらない笑顔を張り付け、妙に耳に残る声で私に囁く。




「せっかく隠したのに暴くような真似は良くない。 誰にだって知られたくない秘密はあるのだからね」




「かはっ……!あ、あんたっ……! うっ……!」




掴まれた首をすごい力で締め上げられる。


叫ぶ事も出来ない。




「しかし、こうも簡単に見つかるようではやっぱりこのマンションも潮時だね。 まさか君たちが最後の獲物になるとは思わなかったよ」




「あっ………」




段々、抵抗していた手足にも力が入らなくなってくる。


意識が朦朧としてきて視界が霞んできた。




(し、死ぬ……!)




「安心してくれ、ここで殺す気はない。 それに夏海ちゃんにも会わせてあげるよ。 まぁ、その後は…………ここで死んだ方がマシだったと思うかも知れないけどね」




その言葉と共に、霞んだ視界を黒い影が覆い尽くす。


それは立花の身体から発せられたものなのか、窒息の苦しみから見た幻なのか、もう判断がつかない。




(あ、阿部……)




最後に、何故かあの無表情な顔を思い浮かべて、私の意識は闇に堕ちていった。

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