第7話 始まりの合図
―俺も探します―
そう言った阿部は、一度間を置くと再度口を開く。
「という訳で、情報共有をお願いします。 柊さんが知っている事を教えて下さい。 歩きながらで結構ですから、送っていき…」
「待ちなさいって! 一人で話を進めないでよ! というか「も」って何!? 私、自分で探すなんて一言も言ってないでしょ! 警察が探してるし、これから親を説得するの! あんたは…あんたは関係ない!!」
私は阿部の言葉を遮って叫ぶと、威嚇するように睨む。
それに対して阿部は、怯む様子もなく話し始めた。
「…まず第一に、ご両親を説得するのは難しいと思います。 いくら娘の大事な友達が行方不明になったとはいえ、あくまで余所様の家の子供ですから。 なかなか勝手な真似は出来ない」
「っ…!」
「第二に、警察も当てになりません。 勿論、杉山さんの行方について何か掴んでいる可能性はあります。 ですが、一週間も経過した出来事に本腰を入れた捜査は期待できないでしょう」
「ぐっ…! 」
淡々と、どこまでも淡々と阿部は語る。
それに私は何も反論できなかった。
だって彼が語っている事は実際そうなっているし、そうなるのだろうと私も予想してるから。
だから私は…
「警察は駄目、依頼も無理、となると柊さんが取れる手段は限られてきます。 このまま諦めるか、それとも自力で探すか」
「…」
「そして柊さんは、自力で探す方を選ぶと思いました。 違いますか?」
阿部は私を見つめてくる。
視線から逃れるように顔を逸らすが、それでも阿部は全く動じない。
急かすようでも、焦らせるようでもなく、じっと私の返答を待っている。
その圧力にとうとう耐えられなくなった私は、恐る恐る逸らしていた顔を戻して言った。
「…どうしてそう思ったの? 私だって諦めるかもしれないでしょ?」
「いいえ、それはあり得ません」
阿部はきっぱりと断言する。そして、無表情で告げた。
「だって諦めるような方はわざわざ探偵事務所には来ませんから」
「…」
「見つけたいんですよね? 微力ではありますが協力します」
何故だ?
何故、この男はいきなりこんな…?
「…何で急にそんな親身になってくれるの? 学校では隣だけど会話らしい会話なんてした事ないわよね…? 夏海とだって話してる所を見たことないし…だから、正直、その…」
今まで阿部に感じていたのは苛立ちだった。
私より成績が良い事も、それを誰にも自慢せずはしゃぎもしない所も。
まるで私だけが阿部を意識してるみたいでムカついていた。
でも、今は違う。私は理解できないんだ。
この阿部という人間がどういうつもりで喋って、どういう思いで生きているのか。
つまり、
「俺が信用出来ないという事ですね」
大分オブラートに包んだつもりではあったが、阿部ははっきりと私の言いたい事を分かっていた。
その言葉にゆっくり頷く。
阿部は少しだけ考える素振りをみせ、その後言った。
「そうですね…強いて言うなら、放って置けないからでしょうか?」
「放って置けない?」
「ええ。 俺にも見つけたい人がいるんです。 なので、誰かを見つけようと必死な人は放って置けない…ただそれだけの、個人的な理由です」
阿部はそう言って、ほんの少しだけ優しく笑った……ような気がした。
実際、表情は全く笑っていなかったのだが、何故だか私にはそう見えた。
そして、阿部の言った事が嘘か本当かどうでも良くなるくらい、
私はその笑顔から目が離せなかった。
「柊さん?」
「へっ…あっ…」
阿部の呼びかけで我に返る。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ大丈夫よ…そう、何でもない、何でもないわ…」
何でもない。
阿部が笑ったように見えた。
たったそれだけの事。
たったそれだけなのに…やたらと心臓の音がうるさい。
自覚出来るほど、バクバクと激しく脈打っている。
(何やってんのよ…! こんな大変な時に私は!)
どうにか落ち着こうと深呼吸を繰り返す。
その様子を見ていた阿部が、何を思ったのか頭を下げた。
「…すいません」
「うえっ!? な、何!?」
いきなり謝られたのと心臓の音を抑えようとして必死だったのが相まって、上ずった声になる。
それが余計に阿部を萎縮させたみたいだった。
「いえ、柊さんの事情を考えてませんでした。 不安な所に混乱させるような事ばかり言ってしまったかと…」
「そ、そ、そんな事ないから! これは私の問題だから! あんたは悪くないから!!!」
焦ったせいで最後だけやたらとでっかい声になる。
その事に私は気づいてなかった。
幸い人通りはなく、私の叫びを聞いていた人は阿部だけだったが。
「…そうですか」
「そうよ! ほらっ!」
勢いそのままに阿部に向かって手を差し出す。
「?」
「ほら、握手! 探すの手伝ってくれるんでしょ! 人手は多いに越したことないからね! これからよろしくってこと!」
自分を誤魔化すようにまた声が大きくなる。
差し出した手が緊張で震える。
阿部はそんな私の手を見つめると手を伸ばして、優しく握り返してくれた。
「よろしくお願いします、柊さん」
「うん。 よろしくね、阿部」
今思えば…互いの手を握ってしまったこの瞬間から全てが始まったんだ。
二人の物語が。
握ったこの手を離さない為の物語が。
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