第6話 俺も探します
「そう、阿部くんの同級生で…」
「世間は狭いっすね。 あっ、自分、
スーツ姿の男性は、プロレスラーのような体格に反し、とても人懐こい笑みを浮かべ挨拶してきた。
「ど、どうも…柊です…」
挨拶を返す。
そして小熊と名乗った男性から目線を移し、夏休みだというのに学校の制服をきっちり着こんで私の目の前に座っている男、
彼もまた無表情でじっとこちらを見ている。
その視線が私の視線とぶつかる。
どうしてこの男が探偵事務所に居る?
どうして私の目の前に座っている?
全て偶然なのか?
それとも…
駄目だ、考えが上手くまとまらない。
やるべき事、聞くべき事が分からなくなっている。
そんな風に私が混乱していると、阿部が先に口を開いた。
「それで…柊さんはどのような用件で来たのでしょうか?」
いつもと変わらない、酷く平坦な声。
この状況にもまるで動じていない。
その態度に、私の中で混乱と一緒にある感情が生まれる。
それは苛立ち。
私がこんなに混乱しているのに、阿部だけが冷静な事だったり、夏海が見つからない事への不安だったり、依頼も出来ない事への理不尽さだったり、そんな感情がごちゃ混ぜになった苛立ちが巻き起こった。
阿部の質問に早口でぶっきらぼうに答える。
「もう知ってると思うけど、夏海が行方不明になったの。その行方を調べて欲しかったのよ」
――どうせあんたは何聞いても動じないでしょ――
そんな事を思いながら阿部に言い放つ。
だが、
(えっ…?)
ほんの僅かに阿部の目が見開かれた。
傍から見たら「どこが?」と言われてしまうような変化だが、それでも常日頃から彼を見ていれば流石に気づく。
動揺している?
(な、何で…? 知ってるでしょ…)
下火になったとはいえ、ここ一週間、世間はこの話題で騒いでいたし、何より生徒には学校から連絡があった筈だ。
知らない訳がない。
「阿部も知ってるわよね?」
一応、念のために聞いてみる。
まさかそんな訳ないだろうと思って。
しかし、彼は首を横に振った。
「いえ、今知りました。 いつから行方が分からないのですか?」
「一週間くらい前からだけど・・・」
私がそう言うと小熊と名乗った男性が「ああ…!」と声を上げた。
「俺らさっきまで山ん中だったんで」
「や、山?」
「はい。 訳あって俺と阿部くんで入ってまして。 その間、携帯が圏外だったんで、ここ一週間の出来事まったく知らないっす。 帰ってきたのもついさっきなんで、完全に浦島太郎状態っすよ」
「そ、そうなんですか…」
山に一週間?
キャンプ?学生服とスーツで?
すごく気になる。
でも質問するのは止めておいた。
はぐらかされそうな気がしたし、何より理由を知った所で夏海が見つかる訳でもない。
それにさっき氷沢さんに言われた。
未成年の私ではそもそも探偵に依頼は出来ない。
両親を説得できれば良いのだが、生憎とそんな自信はなかった。
ならば、ここに長居する理由もないのか?
そんな考えが頭に浮かぶ。
確かに気にはなる。主に阿部の事が。
でもそれは今考える事ではない。
今は夏海の行方を探す方が先決だ。
(ここに居ても混乱するだけで依頼は出来ないし、警察も当てにならない。 ならもういっそのこと…)
「あの、ありがとうございました。 両親と相談してからまた来ます。 お手数をお掛けしました」
そう言って氷沢さんに頭を下げる。
その様子を見て、彼女は慌てて口を開いた。
「いえいえ…! こちらこそせっかく来てもらったのにお力になれず申し訳ありません…」
「いえ、それでは失礼します」
そのまま席から立ち上がり、事務所の出口に向かう。
そしてドアを開けて出て行こうとしたその時、私の脇から手が伸びてきて先にドアが開いた。
「…えっ?」
呆然とする私を置きざりに、「送ります」と言って阿部が先に外に出る。
「なっ…! ちょっと待ちなさい! あっ、ありがとうございました! 失礼します!」
言われた言葉の意味を理解するのに若干時間を要したが、氷沢さん達にお礼を言って阿部を追いかけて事務所を出る。
出た瞬間、ムワッとした熱気が身体に襲いかかってくるが必死だったからか不快感はそれほど感じなかった。
階段をかけ降りてビルから出る。
そして外で待っていた阿部に声をかけた。
「阿部!」
私が名前を呼ぶと彼は振り返って言った。
「それでは、杉山さんが行方不明になった時の状況を教えて下さい」
「はっ?」
「柊さんは思慮深く、考えてから行動する方だと思うので事務所に来る前にテレビやネットにある情報は調べ尽くしている筈です。 歩きながらで良いので教えて下さい。 小熊さんが言ってた通り、俺はここ一週間の話題には疎いので」
淡々と、それでいて普段の学校生活ではあり得ない程の文字量を阿部が喋っている。
「い、いや…あんたそれを聞いてどうするのよ?」
「それは、勿論…」
そして阿部は短く一言で答えた。
「俺も探します」
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