第5話 事務所

スマホの地図アプリを頼りにチラシにあった住所の場所までやってきた。

駅から少し離れたビル街、そこにある一棟のテナントビル。


「ここね」


入り口に近づき、脇に張られた看板を確認すると一階は喫茶店、二階に出雲探偵事務所とあった。


三階より上には表記がない。入っている店舗がないのだろう。


ひとしきり看板を確認して階段を上がり二階へと進む。

ビル自体に受付のようなものは無く、そのまま事務所の前まで行くことができた。


ガラス製の不透明な扉で、『出雲探偵事務所』と小さなプレートが貼ってある。

中の様子を伺ってみるが、ガラスが不透明なせいでまったく見えない。


「ふぅー…」


そのせいもあってかなり緊張してきた。

なんせ探偵に依頼するなんて初めての経験だ。


でもここまで来てすごすご帰る気はない。

夏海は必ず見つける、そのために来たのだ。


「すーはー… よし!」


深呼吸して気合いを入れると事務所の扉をノックする。


すると…


「ひゃあっ!」


部屋の中で女性のものと思われる悲鳴と何かが崩れるような音がした。


「えっ?な、なに…?)


私が困惑していると事務所の中から「少々お待ちくださーい!」という女性の声が聞こえ、その後ドタンバタンと色んなものをひっくり返すような音が聞こえる。


そしてその音が止み、暫くして扉が開かれる。

出てきたのは事務服を着たセミロングの若い女性だった。


彼女は扉の前に居た私を見るなり口を開く。


「お待たせ致しましたぁ! ご用でしょうか!」


「あっ、えっと、人探しの依頼をしたくて…このチラシを見て来たんですけど…」


そう言ってポシェットからチラシを取り出す。

すると事務服姿の女性はそれを見るなり驚愕した声を上げた。


「ほえっ! まさかあの事務連絡みたいなチラシで依頼者がくるとは!」


(自覚はあったのね…)


まぁ、人の興味を引くチラシとは思えない。

事務連絡という言い方も的を得ていると思う。


でも、今の私の当てはコレしかないのだ。


「あの…依頼を…」


「ああ、申し訳ありません! 中へどうぞ!」


事務服の女性は謝ると私を事務所の中へと案内する。


部屋の中に入ってみての第一印象は、思っていたより明るいな、だった。


壁紙は真っ白だし観葉植物も置かれていて、勝手にイメージしていた無機質な感じはしない。


内部は仕切り板で二つに分かれていて、片方には向かい合わせの事務机に、全体を見渡すような位置にちょっと立派な机が置いてある。


そしてもう片方は仕切り板で見えないようになっていた。

多分、こっちが応接用なのだろう。


「こちらへ」


案の定、仕切り板の内側に案内されてそこにあった椅子に掛けるよう促される。


私は案内された椅子に座った。

事務の女性が麦茶と羊羹を出してくれる。


「ありがとうございます」


「いえいえ! そういえば自己紹介がまだでしたね。 私は受付兼事務員の氷沢ひさわと申します。 ただいま所員は依頼で留守にしてまして、私が代わりにお話を伺いますが、よろしいでしょうか?」


「はい、大丈夫です」


私が了承すると氷沢さんは軽く微笑み、一枚の紙を取り出す。


「ではご依頼を伺う前に身分証の確認させてください。 免許証や健康保険証といったものはお持ちでしょうか?」


「身分証、ですか…学生証ならありますけど…」


私はポシェットの中から学生証を取り出して机の上に置く。

氷沢さんは「拝見します」と言って私の学生証を手に取った。


「学生さんだったんですね…えっとこれは…」


「何か問題でしょうか?」


私が聞くと氷沢さんは少しだけ難しい顔をして答える。


「えーっと…実はですね、民法で未成年者は“契約”を行う事が出来ないと決まっておりまして…法定代理人、つまり保護者ですね、そういった方の同意がないと依頼出来ないんです」


「えっ…」


彼女の口から告げられた事実に身体が硬直した。

話そうとしていた事が飛び、頭の中が真っ白になる。


「失礼ですが、親権者様の同意は得られておりますか?」


「い、いえ…」


動揺しながら受け答えると氷沢さんは私に学生証を返し、頭を下げた。


「そうなりますと、今のままでは依頼自体が受けられません。 親権者様ご同伴の上、再度…」


その時、事務所のドアが無造作に開かれ誰かが入って来た。


「帰ってきました! もうこの時期に野宿で森の中とかヤバイっすよ、氷沢さん! 暑いし、虫は多いし!」


「戻りました」


声からすると男性のようで、一人は聞いた事のない声だ。

大分テンションが高い。


もう一人の方はそれとは対照的なほど酷く平坦で無機質な声だ。




そして、私はこの声を知っている。




でもそんな筈はない。

あいつがここにいるわけが…


頭に浮かんだ名前を必死で否定すると、氷沢さんが二人の名前を呼んだ。


「あっ、お帰りなさい、小熊くん、くん」


その名前を聞いた瞬間、我慢出来なくなって椅子から立ち上り仕切りから顔を覗かせる。


見えたのは二人組の男性だった。

一人は着崩したスーツの似合う、背の高い短髪の男性で服の上からでもプロレスラーみたいな凄い体格をしているのが分かる。


もう一人は、


「な、なんで!? どうしてあんたがここに!?」


ダサい丸渕メガネに、ボサボサの髪、

相変わらずの無表情な顔。


私の声にあいつも気づいたようだ。


動揺している私とは違い、いつもと変わらない平坦な声で尋ねてくる。


「こんにちは、柊さん。 何かあったのですか?」

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