今は廃れた国産迷宮の探索に情熱を燃やす男、三十路を目前にして前人未到の最奥で絶世の美女と出会う ~夢を追い求めていたはずが、いつの間にか愛の契りを迫られています~

日諸 畔(ひもろ ほとり)

第1話 迷宮とダンジョンを一緒にされては困る

 迷宮の本質は、資源ではない。本来追い求めるべきなのは、夢であり、希望であり、浪漫なのだ。

 少なくとも彼、穂稀ほまれ すすむはそう信じていた。来月には三十路に足を踏み入れるが、自身の主義を曲げるつもりはない。

 だからこそ、今となっては誰からも見向きされない自国の地下迷宮へ、毎週のように潜っているのだ。


「おらっ!」


 進は掛け声と共に、手にした槍を突き出した。柄の長さは一般的なものの半分程度。長年の経験上、この場で使うには最適だ。

 鋭い穂先は、吸い込まれるように目前の異形を貫いた。それは迷宮に存在する《物怪もののけ》と呼ばれる怪物だ。


「さすが師匠! 牛男うしおとこなんて相手じゃないっすね!」

「だから、師匠って言うな。弟子にした覚えもない」

「とかいいながらー、まんざらでもないの知ってますよ」


 進の後方で黄色い声を上げるのは、自称十八歳の笹木ささぎ 多華子たかこだ。大型のリュックサックを背負ったままで飛び跳ねると、ポニーテールにした髪やら胸部のなんやらが、ふんわりたゆんと揺れる。

 弟子を名乗り押しかけてきて半年、今では立派な荷物持ちだ。童顔で小柄、そしていろいろなところが立派という、アンバランスな容姿をしている少女だった。


 多華子が牛男と呼んだ物怪は、名前そのままの見た目をしていた。首から上が牛、そこから下は屈強な男の体を持っている。ただし手足はひづめになっており、牛の被り物をした人間ではないことは明白だ。

 この太い腕と硬い蹄で殴られようものなら、人間の頭蓋骨など簡単に粉々になってしまうだろう。現に、進の足元にはいつのものかわからない人骨がいくつも転がっていた。


「まぁ、俺にとってはこの程度楽勝だな」

「素晴らしいっす!」


 牛男の左胸から槍を引き抜くと、大柄な肉体は塵のように霧散する。その代わりというように、手のひら大の輝く石が落ちていた。


「今月の食費くらいにはなるか」

「最近、買い叩かれが酷いっすよね」

「お前の分が増えたのもあるがな」

「えーっと、ほら、それは身体で返してるじゃないっすか」

「まぁ、荷物持ちは助かるけどな」

 

 迷宮へ潜るためには様々な物資が必要だ。武器の予備だけでなく食料や医療品、簡易テントなど、必要な物には事欠かない。だから弟子という名の荷物持ちは非常にありがたい存在だ。


「他の意味でも身体で返しますよ、ほらほらー」

「いや、いらん」

「ちぇー、師匠は迷宮しか愛さない男でしたねー。こんなに良い女がそばにいるっていうのに」


 多華子はぼやきつつ石を拾い、肩にかけた鞄へと押し込んだ。《迷宮石めいきゅういし》と呼ばれるそれは、その名の通り迷宮での産出物だ。

 

 迷宮石の活用は、人類の歴史そのものと言っても過言ではない。その昔は燃料や光源として、そして時代が進むにつれて様々な用途を与えられてきた。

 現代社会では、より一層重要性が増していた。コンピュータの部品にも欠かせない素材であり、純度の高いものは装飾品として高価で取引されることもある。


「じゃ、行くぞ」

「はいっ!」


 進たちが住まう島国は、かつては迷宮石の国ジパングとも呼ばれる程の産出量を誇っていた。しかし、高度経済成長と共に人件費は高騰し、商売としての採算が合わなくなっていく。

 さらに人権意識の拡大は、物怪と戦う危険性を嫌うようになった。つまりは、迷宮に挑む者の減少を招くことになったのだ。

 それに追い打ちをかけるように、グローバル化による海外の安価な迷宮石の流入だ。マスコミからは《ダンジョンクリスタル》などと洒落た名前で呼ばれ、国産品の価値を不当に貶めるという愚行にも繋がった。

 国内社会全体が、質よりも量と価格を選んだ。進にとっては、あまりにもくだらない変化であった。


 それらが複合した結果、国内の迷宮は余程の変人しか足を踏み入れない場所になってしまった。迷宮の入口周辺にあった宿場町跡の方が、廃墟マニアに大人気という有様だ。


「そろそろ帰りませんかー?」

「何言ってるんだよ。ここからだろ」

「もう二日だし、そろそろお風呂入りたいっす。迷宮石もだいぶ稼げたし、しばらくは困らないですよ」

「じゃあお前だけ帰れよ」

「ひっどーい」


 国内の迷宮は、狭く入り組んでいる。そのため先へと進むのに大変な時間と労力がかかる。その逆で、海外のダンジョンは広く直線の通路で構成される場合が多い。

 また、近年では国際法の規制緩和により銃火器の使用が部分的に認められている。それらを合わせると、迷宮石(ダンジョンクリスタル)の産出量は段違いとなっていた。


「そもそも、俺が迷宮に潜る理由は迷宮石こんなものじゃない。金に替えてるのは潜るための費用と生活費のためだ。何度も言ってるだろ」

「誰も知らない迷宮の最奥を見たいってやつっすよね? 耳タコですよ」

「じゃあ、ぐだぐだ言うな」

「うへーい」


 進たちが現在歩いている場所は、過去に踏破済みの区画だ。ここで引き返すというのは、自ら口にした通り意味のないことだ。

 あくまでも進の個人的見解だが、今の人類は資本主義の経済活動に飲み込まれ、夢を追い求めることを忘れているのだ。決してそれが悪いとは思わないが、少なくとも自分だけは欲求に忠実でいたい。

 今やこの国から迷宮という言葉は消えつつある。迷宮と書いてダンジョンとルビを振られることが当然になっている社会は、どこか寂しいものを感じさせる。


「師匠!」

「ああ!」


 物思いに耽りつつ足を進めていたところ、物怪とおぼしき足音が聞こえてきた。多華子も気付いているあたり、成長を感じさせた。少しだけ嬉しく感じたのは、進だけの秘密だ。

 進は槍を手に、身構える。迷宮石を組込んだランプの明かりが、近付く巨体を照らした。


「外来種か」

「みたいっすね」


 一見すると、先ほど倒した牛男と同じに見える。しかし、かなり大きい。角や蹄の形も微妙に違う。

 海外の迷宮ダンジョンに生息する種類の牛男だ。あちらではミノタウロスだとか呼ばれている。本来、国内の迷宮にいるべき存在ではない。

 海外産の迷宮石が国内へ多く出回るようになった結果だ。二十年ほど前から問題視されていたが、昨今はあまり関心を集めなくなってしまった。


「気に入らねぇ」


 進は吐き捨てるように呟くと、身を低くして地面を蹴った。湿気でぬかるんでいても、しっかりと駆け出すことができる。要は慣れなのだ。


「ゴアッ!」


 牛男ミノタウロスの胸に素早く槍を突き立てる。いくら体が大きくでも急所を貫かれれば終わりだ。倒れ込んだ巨体はすぐさま塵となり、くすんだ色の迷宮石に変わる。いや、ダンジョンクリスタルと呼んだ方が適切だろう。


「師匠凄い! イケメン! 抱いて!」

「はいはい、わかったから穂先交換してくれ」

「了解っす!」

 

 よくわからない歓声をやり過ごしつつ、刃こぼれした槍を多華子へと渡す。先端の部分が交換できるようになっており、いつでも鋭さを維持できるように工夫してあるのだ。

 大事なのは奇襲だ。まともに組み合えば人間に勝ち目はない。先に気付く、先に動く。進が迷宮で身に着けた技術だ。


「嫌だな、外来種」

「図体がでかい割に迷宮石の質が悪いですもんね」

「あと、なんか美しくない」

「相変わらず、師匠の美意識だけはわからないっす」

「行くぞ」

『小僧、よくわかっているではないか』

 

 基本的には進に肯定的な多華子がドン引きしている。若干の寂しさを覚えつつ、あえて軽く聞き流した。はずだった。


「なんか言ったか?」

「いえ、師匠の美的感覚を露骨に否定した以外は何も」

『いやいや、こやつはよくわかっておるぞ』

「相反することをほぼ同時に言ってないか?」

「私は否定しかしてませんよ。ほら、私とは言葉遣いも声も違いますし」

「あー確かに。こんな酷いことを言うのはお前だけだけど、俺を肯定してくれてもいいとも思ってるぞ」

『おいおい、わらわと小娘と間違えるでない』

「あ?」

「は?」


 いつの間にか、何者かを加えて三人で会話をしていた。周囲を見渡しても、迷宮の壁とどう見ても中学生の自称弟子しか目に入らなかった。


「誰だ?」

「誰っすか?」

『やっと気が付いたか。よし、見せてやろうかの』


 脳まで響くような甘い声と共に、進の目前に美女が現れた。

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