全てとの決別
何度目を擦っても、何度頭を振ってみても確かに学校は燃えていた。私たちの日常が燃えていたのである。気が動転して、頭がくらくらしてどうにかなってしまいそうだった。
何とか周りの状況を把握する。校門の前で『戦争反対』の旗や看板を持った集団と教師たちが大声をあげて口論をしているのを見た時点で顛末を察した。なんでこの地域に?とか、学校を燃やして何になる?とか理解できないこともあったが彼ら彼女らは『終末の倫理観』で動いている。学校が、日常が燃やされて初めて現実を受け入れた私には理解できるはずもなかった。
ここに残っていたらマズイ、そういう警告が頭の中で響いた気がして、その場を離れようとした。『終末の倫理観』に私も染まったんだということはこの時はまだ自覚していなかった。この地域にも暴動の波が押し寄せてくることをハッキリと予感し、家に戻る前にスーパーで数の少ない食料品でも買い込むか?と思考を巡らせた。もう今まで通りの生活はできないだろうなと観念していた。
そんなことを考えながら歩きだすと、視界の端に唯一の友人の姿が映った。こちらには気づいていないようだった。声を掛けて
「一緒に付いてこないか?」
と誘おうかと思った。でも話し掛けようとした声は喉で止まってしまったし、振ろうとした手の筋肉は強張って動くのを拒否してきた。その唯一の友人に声を掛けるとはどういうことなのかを考えてしまったからだ。
比喩抜きで彼は私のただ一人の友人だった。私の人間関係の全てと言っても過言ではなかった。その彼をこれからの生活に誘うということはつまり、これからの生活で他人とある程度関係を持ちながら暮らすことを宣言することに等しかった。
もちろんそっちの方が生き残れる確率は上がるのかもしれないし、電気も使えなくなって暗闇に包まれた夜空の下で孤独を感じるということもないのかもしれない。でも俺はそれを意図的に放棄した。
それには、福島生まれ福島育ちの父親の影響で家に大量に保存食と緊急用の日用品と人間の生理的な活動に必要な物資を保管しているため、無理にアクションを起こさなくても少しの我慢をすればある程度は生きていけるだろう、という打算的な側面と、彼との思い出に傷をつけたくない、という感情的な側面があった。
さっきも書いた通り、彼との関係は私の人間関係の全てだ。この極限状態で学校でしていたように彼と上手くやっていくことは恐らく私には無理だろう。唐突に同棲、どころか一緒に強化版ホームレス生活をするようなレベルの話であり、人付き合いを苦手と自覚している私には相当な不安となった。
つまりは彼との思い出に汚れた筆を入れたくなかったのだ。
そしてこの出来事、そう夢のようなあまりにも現実な出来事が終わるまで、独りで過ごすことを決心した。私は全てと決別したからである。
そうして私は脇目も振らずスーパーに向かった。
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