人類の滅亡
圧死するレベルで人の波がスーパーの中でごった返していることを遠目で確認し、入ることを諦め私は家に着いた。あとどのぐらいここに留まり続けることができるんだろうか、とか勘定をしながら玄関をくぐった。それは無駄だと知りながら。
それからは本当にもう、加速度的に状況は悪化していった。外から罵声や怒号が聞こえるのは当たり前、更には信じられないことに、耳をつんざくようなとんでもない炸裂音に、スピーカー越しでしか聞くことはないだろうと思っていた銃声までもが響いてきた。
私はイヤホンをつけて自分の世界に入り込むかのようにひたすらに家に引き籠った。それは、食料問題をある程度は考えなくてよかったのと、下手に動いても裏目に出るだけだ、という考えからではあった。しかしそれ以上に今の状況で人と交流したくなかったというのがある。『終末の倫理観』で動いている人が本当に私のよく知る人と同じなのかどうか、怖かった。危険な野生動物がたくさん住み着いているだろうと容易に想像のつくジャングルに向かって行くような恐怖と同じだったと思う。
父と母は帰って来なかった弟を探しに外に出ていった。私は止めなかった。一か月、いや三か月もしかしたら半年かもしれないが、それぐらいの長い時間が経っても誰も帰っては来なかった。私は警察に電話を掛けた。もちろん繋がる訳もなかった。
それからは何をするでもなくただひたすらに生きていた。生理的な活動のみ。何もしていないも同然で、ただ生きた。暗闇の中で独り。
次第に銃声は苛烈さを増したが、芸のない無機質な音には慣れてしまい、叫び声だけが嫌に耳に付いた。窓から見える風景には鮮やかな赤色が増え、鼻を突き刺すような臭いが漂った。それでも私には何も起きなかった。
暗闇に慣れ孤独に生き人類が確実に滅亡へと向かっていることを肌で感じていた。感情は湧かなかった。すぐそこにある生にしがみついているだけだった。歪んでいた。私は生に歪んでしまった。
私は運がよかったのだろう。世界のことを何一つ把握することのできなかった私にはそれしか生き残った理由が思いつかなかった。突然家が熱戦で焼かれ爆風で吹き飛んでも、武装した集団に襲撃されてもおかしくはなかったと思う。いやおかしいのかもしれない。それぐらい何も分からなかった。
やがて世界から音が無くなった。最初は自分の耳がおかしくなったのかと思った。声を出して確かめた。でも声出すのが久々で舌が全然回らない。なんとかひねり出した独り言はしっかりと聞こえた。やはり世界が音を失っていたのである。
それから更にしばらくの時間が流れ、私は外に出ることを決意した。心変わりを起こしたわけではない。食料が底を尽きかけていたため外出せざるおえなかったのだ。世界から音が消え人と出くわす心配がないだろうというのもあったが。
外は本当にゲームで見たような終末風景になっていた。17年もここに住んでいたということが信じられなかった。見えるのはガラクタの山と、かつて激しく生き永らえようとしたと見えるモノだけだった。久しぶりの日差しに目を傷め、じんわりと汗をかく。気候が上塗りされている可能性などが頭をよぎったが、順当に夏なのだろうと思うことにした。
もう役割の果たすことない民家や放置された野営基地からまだ食べることのできそうな食料が案外あっさり見つかった。食料がなくなったことによって人がいなくなったのではなく、食料の奪い合いによって人がいなくなってしまったんだなと察しがついた。それを搔き集めては家に持って帰った。
もう生きる意味なんて考えていなかった。誰もいないこの世界で生き延びることこそに意味があるんだと、無条件に価値が与えられるのだと、そう直感的に思っていたんだと思う。だから死にたくなかった。人類が滅亡したこの死にゆく世界で。生きていたかった。ただそれだけだった。
でもやはり現実は残酷で。行って戻って来られる範囲の食料は尽きてしまった。
私は無様にも生きようとした。もう今の根城に留まっていてはやがて力尽きてしまうことは明白だった。だからこの場所から離れる決意をした。ところどころ地形が変わってしまっているため目標にできる物がなく、もし遠出をしたら何があっても戻ってくることは出来ないだろう。そんなことは分かっていた。
もう人が外を出歩いていないことは私にとって都合が良いのか悪いのか。外に出ることに対する恐怖は消えていた。それほど生に執着していただけなのかもしれない。
私は荒廃した世界に歩を進める。
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