第三次世界大戦

 2023年7月の初め頃、某国は激しい攻防戦の末に隣国の首都を陥落させたとの報道が世界を駆け巡った。


 この時でさえ私たちはまだ事の重大さを十分に理解していなかったのだと思う。スマホのページの上部に踊っているタイトルに釣られてサッとネット記事を流し読みした程度で、その後に何事もなければすぐに頭の中から追い出されていた記憶だろう。



 事態が大きく動いたのはそのわずか三日後のことだった。某国が隣国に無条件降伏を突きつけた。しかし隣国と友好的な関係を築いていた国が多く加入していた世界で最も強大な軍事同盟がそれに反発し、某国に対して最後通牒を送った。もちろん某国がその軍事同盟の要求を呑むはずがなく両者の間で全面的に戦闘が始まったらしい。


 いわゆる第三次世界大戦が幕を開けた瞬間だった。


 この日は決定的だったのだと思う。それでも長い間平穏な日常は続いた。通学路の太った野良猫は少し痩せ、学校でも自習が増えて退屈な教師の授業を聞くことは少なくなったが、変わらない日常だった。私の世界はいつも通りの日常を刻んでいたのである。


 それでも戦争に関する報道が止むことはなく、どんどんと新しい情報が入ってきた。今まさに起こっていることなのだという感覚はあった。少し浮かされていたのかもしれない。普段冗談など言わない私も


「世界、終わっちゃいそうだな」


 と一人しかいない友人に向かって軽口を叩いていた。




 次の日も変わらない日常のはずだった。


「道路、封鎖されたんだってな」

「……何言ってんだ?」


 真面目な友人が真面目な顔でふざけたことを言い出した。私には意味が分からなかった。いや分かりたくなかったのかもしれない。


「お前こそ何言ってんだ……?今朝のニュース見てないのか?」

「あー……今日寝坊したから時間が厳しくて見れてねーわ。詳しく頼む」

「寝坊癖は治ってないのかよ。道路はアレだ、ずーっとやってるデモのせい」


 その時、戦争反対のデモが国会議事堂前や都市中心部で行われている、としきりに報道されていたことを思い出した。

 後に続いた友人の話によると、そのデモ隊は現代日本においては類を見ないほどの過激さを持っていて警察との衝突を何度も起こしており、対処に困った警察が一部の道路を完全に封鎖した、ということらしかった。やられる前にやる、といったところだろうか。


 私が住んでいる地域にはまだそれらしき喧噪がなかった。それでも道路封鎖によって中枢の流通機能が麻痺し、徐々に食料品の買い付けが難しくなっていったこと、またそれよりも国家権力が道路を封鎖するというかなり強引な方法をとらざるおえないほどデモ隊に多くの人が参加していることが、理不尽なほどまでに現実を意識させてきた。

 普段は家でだらだらドラマでも見ているであろう近所の普通のおばさんが朝早くからデモに参加しに行っているという噂も聞いた。もう人々は『終末の倫理観』で動いていた。この辺りの時点から私は強烈な恐怖感に襲われた。


 どうしようもなく怖かったのだ。『終末の倫理観』が受け入れられてしまうような世界になってしまったことも、これから待っているであろう先の見えない非文化的な生活も。そしてそれだけに飽き足らず、この期に及んで多くの人と関わり合いを持つことが怖かった。


 もし難民のような生活を強いられることになったのだとしたら、見知らぬ人と積極的にコミュニケーションをとっていくことは絶対的に必要なことであるということは容易に想像がついた。が、私はそこで想像することをやめた。学校で碌に友人すら作れない私にそんなことができるはずがなかった。そのまま想像していたら不安と恐怖で押しつぶされていたかもしれない。でも私はいまだに学校に普段通りに登校できていることに縋り、現実から目を逸らしていた。退屈でも良いからいつも通りの日々が続けば良いのに、と本気で願っていた。




 それから僅かな日が経ち、普段通りに登校すると学校がもくもくと黒い煙をあげて燃えていた。自分の正気を疑ったのは初めてだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る