崩壊の足音

 全てが始まったのは、他とそう変わらない夏の日だった。


 通学路の太った野良猫はいつものように道端でゴロゴロと喉を鳴らして丸まっていたし、退屈な教師の授業はいつものように私に眠気を誘ってきたし、やはりその日も私はじりじりと照り付ける太陽のもとでいつも通りの一日を過ごしていたと思う。明日も同じような一日が待っていると、意識的には考えずとも無意識下で信じていた。


 誰もが信じていたと思う。


 だってそうだろう?空からいきなり核爆弾が降ってきて辺り一帯が吹き飛んだりだとか、某国が扱いに苦心していたバイオ兵器が流失して世界中に散布されてしまったりだとか、そんなふざけた妄言は普段妄想力を逞しくさせ鼻の下を伸ばしている男子高校生ですら本気で信じたりはしない。もちろん今記した内容も全てそんな男子高校生の妄想に過ぎない。


 でもそれは恐らく全て現実に起こったことだった。




 正直なところ、世界の秒針がいつから狂い出したのかは分からない。前触れらしきものはいくつかあったんじゃないかと思う。歯止めがかからない人口爆発に食料危機、いつかは枯渇すると叫ばれ続けていた化石燃料問題に年々悪化の一途を辿る地球温暖化。それらしい問題は取りざたされていた。


 もちろん本気でこのままだと世界は滅びてしまうと信じて活動していた人もいるのだろう。でもそんなのは本当に一部の人間だけだった。私を含めたほとんどの人は


「世界これからどうなっちゃうんだろうね」


と学校や職場、ネット上で口先や指先で騒ぐのみで、頭の中ではその日の夜ご飯の献立のこととか新作映画のこととか、そんなくだらないことを考えていたんだと思う。




 某国が隣国に侵攻を始めたのは唐突だった。


 いや唐突ではなかったのかもしれない。テレビで真剣なような浮かれているようなよく分からない顔付きの専門家が


「ついに始まったか、という感じですね……」


とか話していたような気がする。


 某国は誰もが名前と位置を知っている地域大国だったし、侵攻された隣国も名前を知らない方が珍しいような国だったので、報道がなされた次の日は学校でもその話題が上がった。

 でも紛争なぞ世界でありふれていたし、新聞の一面を飾る以上の扱いはされないだろうと思っていた。事実、一週間、いや三日も経たないうちに学校での話題は上塗りされ、一か月以内にテレビやネット記事も、もっと数字の採れるコンテンツにぽつぽつと話題の中心をすり替えていた。





 そして時間が経ち、まだ戦争は続いているのにも関わらず、しっかりとアンテナを張っているような人でなければもうとっくに忘れてしまっているような某国の侵攻が始まってから一年と半年。

 さっき上げた人口爆発や地球温暖化などのそれらしい問題と同じような道を辿りつつあった2023年7月。


 急に侵攻に関する報道がそれが始まった当時より爆発的に増え、私たちが思っていたよりも事態は深刻なんじゃないかと思い始めたのはこの時だったと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る