27【夢操り人】

 その日の夜もアレクシスは夢の中にいた。

「申し訳ないけど、もう一晩だけ付き合っていただくわ」

 今回は最初からの護衛であろう、馴染みの女性騎士が寄り添っている。

「仮面令嬢……」

「安心して下さい。今日は悪夢ではなくてよ」

 しかし状況はいつもと違い、呪いの魔法が消えアレクシスは本来の力を取り戻していた。

「後始末に付き合いなさい」

「はい」

 ことは済んだのになぜ? とは思ったが、今何か聞くよりも素直に付いていけば良いとアレクシスは思った。

「あなたの力がなければ、相手を引きずり込めなかったのです」

「相手――ですか?」

 この一件には更に続きがあるようだ。

 仮面令嬢は周囲を気にするでもなく森の中を進んだ。アレクシスは能力の全てを使い警戒する。

 今夜は他の護衛はないようだ。マティアスは夢にうなされない安眠を楽しんでいることだろう。

 しかし今夜も魔獣は現れた。黒い闇がうごめきながら実体化を始める。

「しぶといわね……、さて」

 仮面令嬢は腰に手を当てたまま魔獣を睨む。そしてアレクシスを一瞥した。

「力を見せなさい。それで貸し借りはなしにしておきますわ」

「……分かりました」

 アレクシスは自身の魔力を高める。

「あなたの力を抑えていた敵の魔導士たちは遠くまで追い払いましたから。存分に戦えます」

 それは四足歩行の猛獣型だった。現実世界には存在しない夢の中だけの魔獣だ。

 アレクシスが手をかざすと直進性が高い光線が四方八方に伸びる。魔獣は唸りを上げて襲い掛かって来るが、螺旋に変形した光芒に簡単に絡め取られ消滅した。

「あら、ずいぶん簡単ね。あなたの体術も見たかったわ」

「複数が相手ならば使います」

「お手伝いがいなければ、攻撃は今のがせいぜいね。元々が悪夢専門のスキルだし」

「いったい、誰が……」

「今の相手は独りぼっちで、私たちに正体を知られたくないって抵抗しているのよ。無駄なあがきね」

 草原に出て二人は更に先へと進む。山並みも見えない薄い紫の空。それが相手の作り出した悪夢の世界だ。


「私たち女は戦いから遠ざけられている。そう思わない?」

 場を持たせようとでもいうのか、仮面令嬢は唐突にそんなことを言った。アレクシスは自分に対する問いかけかとも思い、幼少の頃暮らしたイェムトランド地域を思いだす。

「冒険者には、女性も大勢います」

 それはこの王都も同じだった。

「だけど王宮は違う。騎士なんてほとんど男だけよ」

「女性は戦争に向きません」

「そうかしら? 淑女のために戦うのが騎士ならば、愛する人のために戦う女はいけない?」

「分かりません……」

 だからこそ仮面令嬢は戦っているのだろう。しかしアレクシスは違った。自分の危機に駆けつけてくれる、男性の気持ちを大事にしたい。


「いたわね」

 草地に大きな岩があった。その上に背を向け少女が座っている。仮面の令嬢は浮き上がり、アレクシスの体もまたフワリと持ち上がる。

「このお嬢様があなたに恨みがあったようで、今回利用されたのよ」

 令嬢は振り返りアレクシスを睨む。

「まあ……」

 その人はヴレットブラード家のエレオノール嬢であった。あの夜、両膝を床に着き両手で顔を覆っていた令嬢だ。

「いったいなぜ?」

「私は利用されただけよ! 悪いのはこの低級を狙っていた族たちよっ!」

 そう言ってアレクシスを指差す。

「おかしいですわ。拒否すればこのように同調することなどなかったはずでは?」

「私はその女が泣く姿が見たかったのっ!」

 エレオノール嬢は目を剥いた。小柄で可愛らしく大人しげな令嬢だと思っていたが、どうやら内面うちづら全く逆のようだ。憎悪の光をたぎらせ、アレクシスを睨んでいる。

「たかが低級の小娘よ。盗人の猫に殿下をさらわれるなんて、プライドが許さないのっ!」

「あらあら。その人は猫の餌なのかしら?」

「くっ……」

 アレクシスにも事情が見えてきた。一族の立場、周囲の視線、家の経済状況など膨らんでいた期待が、あの夜全て弾ける。そしてこの令嬢は陰謀に利用された。

 本心と信じ込まされ、感情を流されてしまったのだ。敵は人の心を利用する。

「白状してくれて、感謝いたしますわ」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 私は嫌々利用されただけなの」

「嫌々?」

「そうよっ!」

「ふーん、王宮の誰がその話を信用するのかしら?」

「王宮?」

「そうです。今回私は王宮の指示で参りました。報告の義務がありますわ」

「ちょ、ちょっとまっ――」

「家ごと潰されるのかしら? それともあなた一人の流刑で済むのかしら? ごきげんよう。令嬢さん……」

「や、やめなさいっ!」

 去りかけた仮面令嬢をエレオノール嬢は必死の形相で引き留める。仮面令嬢の完勝だ。

「はあ?」

「やめて下さい……」

「わたくしはまず、拷問を進言いたしますけどね」

「お願いします。お願いします……」

 エレオノール嬢はあの時と同じように両手で顔を覆った。王宮地下にある拷問部屋は王都の伝説でもある。

「ふふ、あははは――また嘘泣きかしら?」

「えっ、えっえっ……。もっ、申し訳――、ひっく」

 アレクシスには、これは本当に泣いているのだと思えてきた。個人に対する拷問よりも、家に対する懲罰の方が令嬢には効く。それは使用人や領民まで巻き込む一大事だからだ。

 そうなっては大勢の怨嗟が、この一人の令嬢に向けられる生き地獄となってしまう。

(いえ。自身のためではなく、家のためにここまでするのです。これが高級令嬢なのですね)

「わたくしに謝ってどうするのっ!」

「ごめん、ごめんなさい……」


 少し間をおいて、仮面令嬢は首を大きく左右に振った。

「まあ、良しとしましょう。この件は王宮の秘密ですから」

 仮面の奥の瞳に見据えられ、アレクシスは小さく頷く。

「悪夢の低級芝居もやっと終幕ね」

 仮面令嬢の言うとおりだ。これは王宮に操られた芝居の続きで、今は一幕が終わったあたりだろうか。

(ただの幕間まくあいですね。皆が芝居を演じているだけ。続きはどうなるのでしょうか)

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