15【最初の晩餐】
「本日は私のわがままにお付き合い頂き、感謝いたします――」
挨拶するヴィクトルそっちのけで、王族のお歴々は興味津々とばかりに低級貴族の娘を見ていた。顔色を見る限り、この婚約騒ぎを不快に思っている者がほとんどのようだ。当然であろう。
アレクシスにとっては針のむしろに正座させられる思いである。
「――それでは皆様、ごゆるりと食事などお楽しみ下さい」
居並ぶ王族の皆々方は、祝日の一般参賀などお城のバルコニーで見掛けるお馴染みの方々だ。
そして王座に着く二人。アレクシスは緊張で体がぶるりと震えた。
「口うるさい叔父や叔母たちだ。君に会わせろと、うるさくてね。少しばかり我慢してくれたまえ」
ヴィクトルはそう小声で耳打ちした。これはアレクシスのお披露目である。
最初の料理が運ばれ、給仕が皿の覆いを外すと王宮晩餐の料理が姿を表わす。トマトと鶏肉の煮込みに、目玉焼きが添えられているだけのシンプルな料理であった。
アレクシスにとっては意外である。このような集まりには不似合いな、ごく普通の料理だ。一方ヴィクトル王太子は不満を隠そうとしない。
「父上――、これはあまりにもリンドブロムの令嬢に対して失礼ではないですか? このような粗末な食事でもてなせば、明日にも王宮の財政は逼迫し国は破産寸前、などと噂になりますぞ」
ヴィクトルとしては王室宮廷料理のコースで、客の格を示してほしいと思っていたに違いない。しかし饗されたのは、街の食堂で食べられているような庶民の味である。
「ほうっ……。王は倹約家で喜ばしい、などの評判にはならんのか?」
父親は息子の不満顔に、喜ばしい表情で返した。隣の母親、王妃はにこやかに頷く。
「これは我々の、
テーブルに並ぶ客たちは顔を見合わせて失笑し、クスクスと笑う。ヴィクトルは王に対する不満もジョークまじりで、対する王も話を合わせるようにしているからだ。親子の会話など、どこも同じだとアレクシスも少し笑う。毎日贅を尽くした食事など健康を害するだけである。
ヴィクトルは王様の配慮を誤解しているので、アレクシスは口を開いた。
「殿下、これは鶏のマレンゴ風でございます。最近はその名で呼ぶ者も少ないようですが」
「マレンゴ?」
「はい」
王と妃が感心する表情になった。
「ホーエンリンデンの戦いの前夜、王様は料理番がありあわせの食材で作ったこの料理を、マレンゴ村で食したそうです」
それは二百年ほど前に、この国を襲った存亡の危機であった。
「ホーエンリンデンの戦いは知っている。私は戦史が専門だが、食事までは……」
「ヴェルムランド王、ヘイデンスタムⅢ世はこの戦いで侵略者たちを――」
「うむ。寡兵をものともせず見事打ち破った。それ以来周辺諸国は我らが王国に恐れをなしたのだ。そして国は平定された」
「たいそうお気に入りになったと伝わっております。それ以来戦いの前には、かならず
「そうであったか……」
ヴィクトルは周囲を気にしてか、ことさら感心したように頷いた。
「本日は我らが一族の食卓とした。不満であったか?」
王様は若い二人の会話を引き取る。
「いっ、いえ。不満などございませぬ。王様の配慮に思い至らず、たいへん失礼いたしました」
ヴィクトルは立ち上がり、素直に頭を下げた。そして客たちに向き直る。
「皆様、少々座興が長くなり申し訳ありません。今夜はこの勝利の料理を我らが一族で平らげようではありませんか。紳士ならば明日、想い人に告白すれば勝利し、淑女であれば明日、想い人から告白されるかもしれませぬぞ」
ヴィクトルの気が利いた言葉に、周囲は笑いに包まれ楽しい食事会が始まった。
次々と運ばれる料理は質素でシンプルであったが、それは全て古典であり、古くから王家に係わっている品々である。
アレクシスは王太子に乞われるままに、
ヴィクトルはいちいち大袈裟に驚いて見せ、客たちはそのあざとさにクスクスと笑う。
王と王妃はそんな二人を、目を細めながら見守るのだ。
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