16【令嬢の趣味】

 ささやかで豪奢ごうしゃな晩餐は終り、王と王妃は退出する。客たちは移動し、デザートは広間で茶と共に頂くこととなった。

 椅子も用意された立食形式であり、並べられたスイーツからお好みを取り、お茶はメイドが入れてくれる。

 ヴィクトルとアレクシスのテーブルには、入れ替わり立ち替わり王家の親族がやって来て挨拶をする。

 他愛のない会話であったが、その一人一人にアレクシスは名前を呼んで対応した。王室オタクのアレクシスは、全ての名前と顔、家系など覚えているのである。

「ますます驚いた……。私はあの人たちを、どこの誰だったか忘れてしまっていたくらいだよ」

「まあ……」

 客の合間にヴィクトルはそう耳打ちするのだ。アレクシスにはもちろんこれは冗談だと分かっている。

 一通りの接客が終わったあと、アレクシスは立ち上がり老いた重鎮たちの席に向かった。ヴィクトルも慌てて続く。

 その前に跪き、同じように名前を呼び語らいかける。ヴィクトルも同様に目線を合わせて、婚約者だと紹介した。

 アレクシスはここでも幼少のころ一般参賀でお見かけした、その時の装いなどを話題にした。彼女の母とて娘に負けず劣らずの王室マニアであるのだ。


「本当に驚いた。素晴らしい知識ではないか。種明かしをしてはくれぬか?」

「それほどの話ではございません」

 全ての客を見送ったあと、ヴィクトルとアレクシスはバルコニー出て、初めて二人っきりで語らう時間を持っていた。

「私は北の地方の産まれです。父は王都で蔵書を買い求め、図書室を領民にも開放いたしました。冬の間などは皆でそこで本を読んで過ごすのです」

「ふむ、それは素晴らしい試みだね」

「はい、王室関係の書物もたくさん……。父は商売のためといっておりましたわ」

 アレクシスはそう言って笑った。

「う~む。なるほどなあ……」

「それで私と母はすっかり王室のファンなってしまいましたの」

 もちろん、それらの本で得た知識は王族や、それにまつわる料理だけではない。

「殿下のお持ちになる戦史への深い造詣ぞうけいには、感服いたしました」

「世辞などよい。私にはそれしかないからな。それで良いと思っておる」

「それこそが王国のいしずえでございます」

「長く続いた太平の世で、そなたのように考える者は少ない。戦乱がいつ訪れるやもしれんのに――だ。私ぐらいがそんなことを考えてもよかろう。どうか?」

「わたくしには分かりません……」

 王太子の考えを深く気にする必用はないとアレクシスは思った。それこそ殿方の領分であると。

 広間の扉が開かれバーバラに続きマティアスが入る。

「ん? もうそんな時間か……。名残惜しいが続きはまた今度だ」

「はい」

「父上と話さねばならんのだ。マティアス! 送ってやってくれ。丁重にな」

「はっ!」

 頭を下げたマティアスの脇を、ヴィクトルは手を上げて去って行った。


  ◆


「殿下とこれほどお話ししたのは初めてです。あら、それに話したのは、まだ二回目ですわ」

 帰りの馬車の中、アレクシスの気分は高揚していた。取り敢えずは、あれほど心配していた行事が滞りなく終わったからだ。

 何より王族の人々と直接会い会話したなど感激この上ない。

「つかみ所がない人なのですね、殿下は……。まるで少年のようかと思えば、急に重臣のような話をします」

「殿下は昔と同じで少年のままですね。それに今は王様の重臣でもあります」

「王太子ですものね。学院の女子たちが憧れる気持ちが分かったわあ。今更だけど」

 アレクシスはそれほど深く、立場についてなど考えたことがなかったのだ。ただ高貴なるイケメンとの認識しか持っていなかった。そしてあの、忽然の強制婚約宣言と脅し。気味の悪い不思議な印象は払拭され、今夜の王太子殿下が本物のヴィクトルなのだと思った。

「そうですね……」

「素晴らしい食事会でしたわ。今夜は素晴らしい夢が見れそうです」

(憧れの王室の皆様にご挨拶してお話までしたなんて、お母さまに悔しがられてしまうわあ)

 マティアスは護衛対象者から視線をそらし、暗闇が続くだけの車窓を見やった。

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