13【クエストはデート】

 休日の朝アレクシスは決意した。衣裳部屋に入り戦闘装束などを物色する。王都の学院生活で着用する必要はないのだが、一応故郷で使用していた数着を持ってきていた。

(さて。どれしましょうかねえ……)

 数点を眺めながら思案する。自身が変わらないと、未来もまた変わりなどしない、と決心した。そそくさと着替え、鏡の前に己の立ち姿と向き合う。バーバラに脱がされた時よりはずっとマシな姿であろう。

(……ええいっ、ままよ。やるしかないわ。がんばれ私っ!)

 上下を隠せる長い上着を着て剣を下げた。これで立派な冒険者だ。


 イェムトランド地域のリンドブロムの領地にいたころは、領地防衛もかねてファールンと共に森の中で魔獣を狩っていた。ただし、今日は久しぶりなので庭に出て剣を振り魔力行使の手順をおさらいする。感覚はまだ鈍っていないと確認した。

 ほどなくして護衛のマティアスがやった来た。アレクシスの姿を見て顔色を変える。

「いったいどうしたというのですか! 魔獣の討伐をするなど、昨日連絡をもらって仰天しましたよ」

 休日の行動予定は全てマティアスに事前に報告すると決められている。学院以外のアレクシスには、この・・基本護衛が付くのだ。

「そのままです。私の故郷では戦える者はだれであっても戦うのが常識でしたから」

 マティアスは憮然とした表情になった。これが王宮の見解なのだろう。

「ここは王都です」

「私は私ですから」

「しかし……」

 ここで「はい、分かりました」とは言えない。アレクシスは抵抗しなければならない。

「最近食べ過ぎたせいか太ったみたいなのです。少し運動しなければ」

 これはちょっとだけ事実なのだ。王都に来てからの学院暮らしはどうしても運動不足になってしまう。

「まいりましたねえ。じゃ、護衛はけっこうです。ソロは慣れたもですので」

「そうはいきませんよ……」


 二人は屋敷を出て歩き始めた。行先は王都北部地域の冒険者ギルドだ。ファールンの活動拠点であり、魔獣被害の最前線である。

「まずは冒険者登録をしないと」

「ここに来たばかりの時に済ましておりますわ」

「そうですか……」

 マティアスはあきらかに乗り気ではない不満顔だ。

(この企画は失敗したかなあ。いえ。まだこれからよ。絶対巻き返せるわっ!)

 二人でのお出かけを重ねれば、自然と近しい関係になれる。森の中ならば余計なお邪魔虫はいない。魔獣はいるが。

 そのような目論見であったが、相方の表情に不安になってしまうアレクシスであった。


 二人は冒険者ギルドに到着した。常時百名程度の冒険者が活動しているが、遅い時間なので受付は閑散としていた。

「どのようなクエストを?」

「適当に近場の森を流します。ちょっとした軽い修練ですわ。いつもそれでしたので」

「良いかと思います。私はここで待っていますので」

「えーっ。中には入らないのですか?」

「どうも冒険者というやつは苦手でして」

「はあ……」

 騎士志望の若者とはそんなものかと思う。改めて考えると、マティアスは大将軍の息子であり将来騎士の有望株なのだ。イェムトランドの冒険者たちは、野盗と区別がつかなかった。

 アレクシスは一人寂く、ギルドに入り掲示板を眺める。もう遅い時間なので本職たちはとっくに狩に出発していた。北部の森に小物が多いと張り出してある。Eランク以下と書いてある手ごろなクエストだ。

 一応受付に行き確認すると、今日は獲物も少なくほとんど冒険者はいないだろうとのことだ。ファールンは西部の魔獣中規模進行に動員されている。


 二人は農地を過ぎて森の中に入った。天気も良く木々の香りが心地よいとアレクシスはピクニック気分だが、マティアスは妙に真剣だ。常に魔力を行使して警戒し、睨むように周囲を見回すのだ。

(人相悪すぎよね。普通の顔はできないのかしら?)

 どうにも語らいながら森を散策する雰囲気にはならなくて、アレクシスは頬を膨らます。

「小さいのがいますね。どうしますか? やり過ごすこともできますが」

(いいかげん敬語もやめてくれないかしら?)

「狩りましょう。農地に近いですから」

 マティアスを活躍させてほめちぎる作戦もあるのだが、アレクシスは自身が活躍してほめてもらう方法を選択した。探査の力で目標を確認してから剣を抜く。魔獣は急速に接近中だ。

「小物のくせに獰猛なヤツですね。これは厄介かも……」

「私がやります。せっかくですから、とことんやりましょう」

 藪から飛び出した小型の魔獣を瞬間でかわし、横っ腹に剣を突き立てる。魔獣ははじけコアがぽとりと草地に落ちた。

「これはベルクカッツェ山猫だ」

「ええ。近くに群れがいます。たぶん向かってくるわ」

「撤退しましょう。二人では危険だ」

「大丈夫。経験がありますから。私が突っ込みますので、農地に向かうカッツェを抑えて下さい」

「しかし……」

「焦らず一匹一匹狩りましょう。これで十分しのげますわ」

(逃げて今日はこれで終了じゃあねえ……。この人、クエストの意味が分かっているのかしら?)

 アレクシスは唐突に群れに向かって駆け始めた。護衛仕事にこだわっていては、攻撃クエストは失敗する。戦闘はこちらから動かさねばならない。

 集団で一気に攻撃を仕掛けてくる小物には、先頭に突っ込み返して群れの中から脱出。そして外周を狩るのだ。相手は再び同じ攻撃を繰り返してくるが、こちらも同じ攻撃を繰り返す。


 そしていきなり二人は遭遇戦に突入した。

「それっ!」

 アレクシスは先頭を薙ぎ払い、剣を振り乱し脱出路を掃討する。散らされた一部がマティアスに向かうが、愚直に防御攻撃の壁を作りカッツェを通さない。


 戦いは終わった。最後の一匹を仕留めたマティアスは感心したようにアレクシスに向かって駆ける。

「たいしたものですね。強いとは聞いていましたが……」

「もう一群近くにいますね。それも狩りましょう。ここで迎え撃ちます」

「分かりました」

「田舎娘のお転婆戦闘です。今は、令嬢は一時中止ですね」

 そう言ってはにかむような笑顔を見せると、マティアスも頬を緩めた。

(もう一押しね)

「ああ、暑いわあ」

 アレクシスはやにわに上着を脱いで木の枝に引っ掛ける。下は見事なビキニアーマーであった。

(ここは攻めるしかないわ)

 巨大物体は解放できないが、ここは隠れていた方がマティアス向きだとアレクシスは考えていた。当然である。

「作戦は同じで、少しここで待ちましょうか。迎え撃ちます。この姿の方がより早く動けますので、次はより楽になりますわ」

 いよいよとならなければ使わない、他人になど見せられないきわどい姿で積極策に打って出る。

「そのような格好はいけませんっ! あなたは殿下の婚約者候補なのですよ!」

 役得と喜んでも良いのなのに、融通のきかない護衛は説教を始めた。アレクシスは反論する。

「こちらでも、このような姿の女性冒険者は多いと思いますが?」

「しかし、貴族令嬢が……。王族の慣習にも……」

「イェムトランドでは皆が全力で魔獣と戦っていますわ。衣装など些末な問題なのです。もしかして、マティアス様は女性の戦いを否定する論者なのですか?」

「そうではありませんが、軍は男性中心なのでどうしても……」

 騎士団や冒険者には女性もいるが、軍の兵士はほぼ全員が男である。

「あなたには騎士装束の方が似合うと思います」

 マティアスは言ってから顔を赤らめる。

「まっ、まあ、私は何を着ても似合うと思いますよ」

(たぶん)

「マティアス様が言いふらさなければ、ここから外には漏れませんわ。つまり問題になどならないのです」

「しかし殿下に……」

 アレクシスは、キッと護衛を睨む。報告は無用だと。


 再び群れが接近。二人は同じ作戦で迎え撃った。

 大きな胸を揺らしながらのびのびとアレクシスの肢体が躍動する。剣一振りで数匹のベルクカッツェ山猫が霧散する。全身から魔力がほとばしるアレクシスは無敵の存在なのだ。

 ありのままを知ってもらったアレクシスは満足だった。戦闘は久しぶりのストレス解消で気持ちがよい。

 二人の関係はさしたる進展もなく、魔獣討伐クエストは終了した。


  ◆


 夕刻、リンドブロム家の屋敷に王室からの正式な招待状が届く。身内の晩餐に同席願いたい、とのことであった。

 前座の余興はすでに終わっていた。いよいよ本番開始である。

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