11【運命の二人?】
マティアスがアレクシスの手を取り二人は入場した。思い思いに踊る客たちは自然と場所を空ける。楽団の演奏者たちは楽器を弾きながら互いに目配せをし、演奏している曲を自然に終わらせた。
「ズルなのですよ。私が練習していた曲が始まります」
「まあ、なんという策士なのでしょうか!」
「殿下のご助言ですよ。よろしかったですか?」
「たぶん大丈夫ですわ」
「では……」
このような場所で踊られるのは、スローテンポのワルツが主流だが曲はタンゴであった。イェムトランド地域でよく踊られている曲がかかる。
「よくぞこの曲を……」
「幼い頃の記憶ですよ」
「感謝いたしますわ」
アレクシスは懐かしさを噛みしめながら踊る。チャレンジした客たちもこの珍しい曲をあきらめ、会場で踊るのは二人だけとなった。
視界の片隅ではいたたまれなくなり、部屋を飛びだして行くフレドリカ嬢の姿が見える。
戦いはアレクシスの完勝で終わった。
宴が終わり招待客たちは三々五々帰り始め、アレクシスたちはまるで主賓のごとくエントランスで客たちを見送った。
皆、名残惜しそうに二人に声を掛ける。
「王室の馬車を用意しております。我らも帰りましょうか」
「はい」
二人はいつものハデ馬車に乗った。会場で楽しんだそのままの姿である。
「これからは私が護衛に付くことになりました」
「はい、今夜はもうその必用もないのではないですか?」
「万が一のためです。それに今は……」
マティアスは続きを言いよどむ。
「その胸の……」
「えっ?」
「国宝なのですよ」
「ああ、そうですね。そのとおりです」
アレクシス自身の胸の話ではなかった。気持ちは複雑である。
「バーバラ侍女長の馬車が追って来ています。本日は今のこの姿をご両親にご覧いただき、その後衣装と国宝を回収、迎賓館に戻り管理者たちと引き渡しの儀を終えますので」
「お気遣い感謝いたします」
「殿下のご指示です……」
全て殿下、殿下と言うマティアスに、アレクシスは少々不満である。でも仕方のない話でもあった。ただの護衛とかりそめの婚約者候補。二人は何かに操られて今ここにいるだけなのだ。
◆
馬車がリンドブロムに到着し、マティアスとアレクシスは庭に入る。木の前に立ち二人で見上げた。
「もっと大きかったと記憶していましたが……」
「これでもずいぶんと成長したのです。昔は私でも登れるほど低かったのですよ」
「そうでしたね……」
「なぜ私の護衛など?」
「殿下の御命令ですから」
「そればかり――」
(ヴィクトル殿下は護衛を一生飼殺しにすると脅してきた。私たち二人の関係を知っている……)
「王室の繁栄はこの国の繁栄でもあります」
「――それだけですか?」
うつむいていたアレクシスは顔を振り上げた。しかし――。
「はい……」
マティアスの反応は素っ気ない。
初めて出会ったこの場に二人で立っても、時間は巻き戻らなかった。忘れたのに思い出して、そしてまた再び忘れなければならないのか。
その残酷さにアレクシスは涙がこぼれそうになった。しかし相手の立場を気遣いし、それすらもまた我慢する。
「なんだか寂しいですね。せっかくこのように話せるのに」
「あなたは王太子様の婚約者なのですから。私はただの護衛です」
「そうですね……」
バーバラを乗せた馬車が到着した。
アレクシスの姿を見た両親は歓喜に沸いた。喜ぶ両親を前に気丈にふるまい共に笑った。でも早く部屋に戻ってベッドに潜り込みたかった。涙を堪えて笑うのは辛すぎる。
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