10【パーティーの主役】

 入場すると、数人がアレクシスたちに気が付いた。それは少しずつ周囲に伝播する。

 自然と開かれる人混みを、まるで無人の野を行くがごとく堂々と進んだ。今、この二人を阻む者などいないかのごとく優雅に歩く。

 高揚し顔に赤みが差したアレクシスの瞳が


 チラリと隣の男性を見る。緊張したその面持ちは、このような仕事が苦手だからだ。昔と変わらない。そんな微笑を周囲は余裕と感じ、この令嬢は誰かと考える。

 ポツポツとこの男性は最近王太子の護衛に抜擢された学友だと知り、女性は異例の抜擢をされた婚約者だと気が付き始める。

 人垣は完全に割れた。


 一番奥の上座には、このパーティーの主催者が取り巻きたちに囲まれていた。オスカリウス・フレドリカ嬢である。あの夜、茫然自失で立ち尽くした令嬢だ。

 突然眼前現われた二人にフレドリカはあっけにとられ、まだアレクシスたちを誰か認識できないでいる。

 取り巻きの一人が耳打ちし、気が付いた主賓は驚愕した。惨めに小さくなるはずの相手が、まるでこの場の主役のように現われたのだ。

「今夜はお招き頂きありがとうございます」

「いっ、いえ~。わたくしごときの誕生日にお、お越し頂き――感謝いたします……」

 フレドリカ嬢は恥をかかせようとしていた相手が、本物の王太子婚約者として現われたので何を言ってよいのか分からなかった。またも茫然自失で立ち尽くす。

「お誕生日おめでとうございます。今夜は私たちも楽しませて頂きますわ」

「どうぞ――ご、ごゆるりとお楽しみ――下さい……」

 つい、言葉使いも卑屈なってしまう。アレクシスたちはその場を離れ、羨望の眼差しを向ける招待客たちの中に入った。

 王国の秘宝、それを間近で見ようと、そして王太子婚約者のご尊顔に触れようと周囲には人垣ができた。次々に話し掛けられるアレクシスは、一人一人丁寧に対応する。

 相手は学院の先輩や同級生など、他にオスカリウス家の親戚筋などだ。皆が興奮の面持ちである。

 マティアスと言えばやはりこのような場は苦手のようである。必死に作る笑顔は引きつり気味だ。

 アレクシスはチラリと主催者の様子をうかがった。顔色は青白く唇を固く結び、取り巻きの令嬢たちはこの事態に身の置き所がないようだ。ただ高級貴族としてのプライドが、カリウス・フレドリカ嬢をこの場に踏みとどまらせている。

(これは私の力ではないわ。全てが王家の御威光。今でも私はただの低級令嬢だもの)

 ざまあみろと思わなくもないが、アレクシスはそう思って身を引き締めた。


 接客を一段落させた二人は、一時大きなバルコニーに避難する。

「ねえ、お腹は空きません?」

「これは失礼いたしました」

 会場に戻ったマティアスは料理を採ろうとするが、給仕に呼び止められた。そのままアレクシスの元へと戻る。

「私たちの食事を運んでくれるそうです。軽めと頼んでおきました……」

 何もかもが至れり尽くせりであった。オスカリウス・フレドリカ嬢の失敗は、会場に迎賓館を選んだことだ。ここは全て王宮の手の内にある。

「何もかにもが夢のようです」

「私もです。しかし疲れました。騎士鍛錬の方がずっと楽だ」

「あはは。あなたらしいですね」

「そうですか?」

「今も勇敢に冒険してらっしゃるの?」

「まあ……」

 アレクシスは静まり返る庭を見つめた。所々に魔力の明かりが灯され、花々を薄く照らしている。

 給仕とメイドが料理とお茶のワゴンを運んできた。バルコニーのテーブルに着席し、二人だけの晩餐を楽しむ。

「これは素晴らしい……」

「オスカリウス家はここまでする必用があったのかしら?」

 アレクシスとて貴族の娘だ。迎賓館のこの間を借りて、これだけの料理を振る舞えばどれほど費用がかかるか想像がつく。

「婚約候補がご破算になり、それでもなんとか巻き返そうとしているのでしょう。無理ですけどね」

「なぜ私を呼んだのでしょうか?」

「それは女性特有の感情では? いえ、男もそうでしょうか。私には難しい話です」

「そうですね」


 二人は少しのあいだ無言で料理を堪能した。

 楽団が入りダンスタイムの準備が始まる。

「あれにもお金がかかりますわ」

「客は喜びますから。それにあそこの家はお金持ちですよ」

「踊ります?」

「私は苦手でして……」

 マティアスは照れ笑いする。ダンスが苦手だとはアレクシスにも想像がついた。大好きと言われた方が、がっかりしてしまう。

「今夜は何をしにいらしたのですか?」

 そして笑いながら問うた。そんな男性と踊る方が胸躍るアレクシスである。

「最低限の修練はいたしました」

「昔のように私が受け止めてさしあげますわ」

「さすがにそこまで下手くそではないかと……」

「期待させて頂きます」

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