07【冒険者たち】

 休日、アレクシスは庭に出て大きく育った木を眺め、昔の出来事を思い出していた。

 ここの屋敷に来たばかりの頃はまだ子供で、おてんばアレクはよくこの木に登り母に叱られていたものだ。

 木の上まで登り、降りられないと泣きべそをかいていた男の子を思い出して、クスリと笑う。

 地方出身のアレクシスは、幼少の頃男子に混じって野山を駆けまわっていた。都会の子供たちとは違い、木登りなどはただの習慣である。

 学院に通うために王都に移り住んだが、それ以前は夏休みの時などに、この屋敷に来ていたのだ。その時の思い出であった。


 最初はどうなることかと思っていた学院生活は落ち着いていた。ハデな金モール馬車での送迎が効果を発揮しているのだろう。王家の意向に正面から逆らう者など、この国にはいない。

 表面上は、であるが。


「あ……」

 今回の件で父親が調査を依頼している冒険者たちがやって来た。パーティー「ファールン」の四名だ。

 リンドブロムの領地、イェムトランド地域の村ファールン出身で、アレクシスの子供の頃からの遊び相手でもあった。

「お嬢様、このたびはおめでとうございます」

 パーティーを代表して剣士フェンサーのリーダーが、まずは祝福の言葉を述べる。

「違うのよ、フェリクス。これは何かの間違いなの」

「でも正式な申し込みがあったって、街中の噂になってますよ」

 魔導闘士ソーサエーターのヒルダがちょっと悪戯っぽく笑う。

「どんな噂?」

「どうせ婚約破棄されるだろうって」

「あははは……、そうなのよ~。早くそうなって欲しいものね。さっ、行きましょう。お父様がお待ちよ」

 皆はこのような話のできる間柄なのである。これがリンドブロム家の結束であった。

 五人は正面玄関から入り廊下を進む。ここの当主は使用人にも、分け隔てなく接する方針だ。

「今日のクエストはどうだったの?」

 彼らは冒険者組合ギルドの仲介で、様々な仕事をこなしていた。その合間にリンドブロム商会の仕事もこなす。

「農地に接近していた魔獣の討伐でした」

「それほどの相手なかったです。楽勝でしたよ」

 魔導士ソーサラーのイクセルと魔法使いウィザードのパニーラが説明する。仕事は順調のようだ。

 四人を応接室に案内してから、アレクシスは廊下で会ったメイドにお茶の用意を頼んだ。そして父親の書斎を訪ねる。

「ファールンが来ました」

「うん。すぐ行く」


  ◆


 応接室の壁には歴代国王、王族たちの肖像画が飾られている。子供の頃から見慣れている顔だ。

「さて、何か分かったか?」

「セッテルンド家についていた、いくつかの中堅貴族が抜けるみたいですね」

 ソファーに座りながら、時間が惜しいとばかりに聞く父親のバルブロに、フェリクスは静かに言う。大事であった。

「なんだと?」

「フェイダール家の傘下に入るようです。目立たないように時間はかけるみたいですが」

「どういうからくりだ。今回の一件か?」

「あっ!」

「どうした?」

「はい。あの……」

 アレクシスはデシレア嬢との一件を説明した。父と母を心配させてはいけないと黙っていたのだ。まさか、このような動きになるとは想像もしていなかった。

 聞いたバルブロは唸り声を上げる。その程度の切っ掛けで、王都勢力の一角が動いてしまったのだ。

「恐るべしはフェイ一族よ。娘同士のイザコザまで利用するんだからな。やはりあそこと喧嘩はできん」

 セッテルンド家とて、けして弱い存在ではない。令嬢同士の戦争で、本当の経済戦争が始まってしまった。

「でもなぜ、そこまで……」

「フェイは王都の全ての娼館を仕切ってるんだ。かなり昔の話だが、娼婦を食い物にするゴロツキどもを一掃して傘下に収めた。一部を戦力にすらしたそうだ。これがフェイ一族の力さ」

 アレクシスをからかうつもりが、娼婦を引き合いに出し逆鱗にふれてしまったのだ。

「フェイが勝つだろう。しかし多少は血を流すから、ウチはうまく食い込める所には食い込むんだ」

「お父様――」

 アレクシスは少し心配しつつ、抜け目のない父を少し誇らしく思った。高級のおこぼれに預かって生きるのが、低級貴族の現実である。

「アレクシスは王太子の婚約者だ。多少やりすぎてもお目こぼしがあるぞ!」

「そうですね」

 きわどい話を、フェリクスは簡単に肯定する。当人としては、気が気ではない。

「そうなのですか?」

「王族が光ならフェイ一族は影。皆そう言ってますね」

「光と影……」

 フェリクスが述べた評判は表裏一体を意味する。つまり婚約期間中であれば、アレクシスは光の側にいられる。

(やっぱりカトリーナ様が本命なのね……)

 それなのに、なぜリンドブロム家なのか? なぜ私なのかと、アレクシスは思った。

「今回の一件であぶり出されるのが、この程度とは思えんな。引き続き情報を集めてくれ。リンドブロムウチに敵対すると見せかけて、王家に弓引く者が現われるはずだ」

「はい」

「それが王太子の狙いさ……」

 当主バルブロとフェリクスは獲物を追い詰める目になっていた。そしてこれこそが、この一件の目的でもあったのだ。

 何事もおこらなければと、アレクシスは願った。

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