04【リンドブロム家】

 マルギット、ロニヤを先に下ろし、馬車はリンドブロム家に帰着した。出迎えた母親と共に居間に行くと当主の父親は興奮した面持ちでソファーから立ち上がる。

「先ほど王家から伝達の儀礼が来たぞっ!」

 そしてこの状況を楽しむような声色で言った。

「それはどのような……」

「お前を王太子の妃として、もらい受けたいと言っていた」

「ああ……」

 夢や戯れ言であればと思っていたが、そうではなかった。アレクシスは額を押さえてふらつく。伝達の儀は王室の正式な行事なのだ。ただし婚約破棄の儀も正式に存在する。

「面白くなってきたなあ」

 このような異常・・な展開が好きな人だったと、アレクシスは更に頭がクラクラとしてきた。娘の心配など、どこふく風である。

「あなた、まだ婚約のお申し込みですよ」

 と母は諭してくれる。しかし父の性格はこの程度では止まらないのだ。

「決まったも同然だろ? 他の候補は全員白紙撤回と言っていたしな」

「お父様、このような戯れ言が本当にこのまま進むとお思いですか?」

「まさか、まさか――」

 アレクシスの父、リンドブロム・バルブロは手を大きく左右に振った。

「――お前が王妃など、国が滅ぶわ!」

「あなた。いくらなんでもそのような言い方は……」

 母親のリンドブロム・ソフィーアは再びとりなす。娘の幸せを願う母としては、複雑な心境であろう。

「うむ、しかしやはり・・・ないだろう。私が決まったと言ったのは婚約の正式な手続きだよ。どうせ破談になるが、その間我がリンドブロム家は婚約者候補を輩出した家となるのだ。これは商売としてはかなり有利なのだよ」

「まったく、あなたという人は……」

 母のソフィーアは呆れ顔である。


 リンドブロム家の領地は東方の山中、イェムトランド地域にあった。そこの産品を都市に売り込み、そして王都にも小さな土地を買い求め、物資を運び込み売りさばいて地盤を築いてきたのだ。

 低級貴族と呼ばれる由縁である。

 上級の有力貴族は王都周辺の肥沃な土地を領地とし、古くから王家に仕え数々の戦いで武勲を上げてきた。故に政治にも影響力を行使してきた。

 その貴族たちを押しのけて、突然辺境低級貴族の令嬢が王太子の婚約者になるのだから事は深刻、いや貴族たちへの衝撃が大きいのだ。


「早く破棄になれば良いのに……」

「なるべく長く引き延ばしてくれ。商売のためだ」

 その言葉にいつものことと落胆するが、アレクシスにとっては父親の考えもよく分かる。

 古くからのこの地にいる貴族にとって、他の地域から物資を運び入れる地方貴族は目障りな存在でしかない。

 しかしそれは王宮政府の政策でもあった。だからこそ物価は抑えられ、人口は安定して伸びる。それに地方との交流も増え、情報もこの王都に集まって来る。

 王国は王と周辺の貴族たちと、地方貴族たちの融和を目指してはいた。一番の脅威は、やはり外敵なのだから。

「仕方ありません。せいぜい私もはかない・・・・婚約者生活を楽しむといたします」

「うむ、その意気だ」

「あなた、そんな簡単に言わないで下さいな」

「そうだなあ。私とて商売では色々と嫌がらせを受けているからな。アレクシスもこれから大変だろう」

「大丈夫ですわ。お父様」

「ファールンを呼ぼう。色々と動いてもらうか……。何よりアレクの護衛だ」

 それはイェムトランド地域の村、ファールン出身の冒険者四名のパーティー名だった。

 当主バルブロは自身の領地から才能のある若者を王都に呼び、冒険者としての活動を援助していた。荷の護衛や領地の警備など仕事は多種多様にある。

「アレク。学院はどうですか?」

「大丈夫です。友人たちも盛り上がっていました。女子の大好きなお話ですし。他の生徒たちも殿下がらみで私に何かしようなんて思わないでしょう」

 母親は学院での立場を心配してくれている。アレクシスは心の中でお礼を述べた。今言ったことはおおむね事実であるが、中級や低級貴族に限った話だ。高級貴族となると王太子に敬意は払っても、その婚約者候補には気を使ったりはしない。

「ところでクビになった婚約者候補の名を教えてくれるか? 調べさせる」

 バルブロは今まで興味などなかったので、それがどこの誰かなどは知らないのだ。

「はい、ええと……」

 アレクシスは記憶を探った。

 両拳をわなわなと握りしめ、怒りに顔を歪めていた令嬢。

「セッテルンド・デシレア様と――」

 両膝を床に着き両手で顔を覆っていた令嬢。

「――ヴレットブラード・エレオノール様」

 すました顔で何を言うのかと殿下を見つめていた令嬢。

「フェイダール・カトリーナ様」

「フェイ一族か――。そりゃあ、いるか……」

 フェイ家は多くの親戚筋が王都ヘイデンヴェルム周辺に拝領され、一大勢力を築いている。古くから様々な戦いで武勲を上げているからだ。敵に回せばやっかいな相手である。


 茫然自失で立ち尽くした令嬢は。

「最後にオスカリウス・フレドリカ様です」

「分かった」

「なんだか大袈裟な話になってきましたねえ……」

 アレクシスはまるで他人事のように呟いた。未だ実感がわいていないのだ。

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