不思議やにて ―Midsummer Night Dream―


 夏至の夜には、ピクニックに行こう――。

 妖精たちの宴の後は、それはそれは穏やかなさみしさに満ちた夜だから……。



 ざわざわざわ……。

 夜を走る風が、昼間は鮮やかな緑を誇る木々の小枝を揺らす。

 年に三回――人間のすむ世界と精霊たちの住む世界が近しくなる日が近づくにしたがって、不思議やはいつも見えざる木々の揺れる音を聞く。それは、妖精たちが、浮かれ騒ぐ心の戯れに森を駆け巡り、あるいは枝のしなるのをバネに――夜空に高く高く星明かりを楽しむ気配。

 夏至の前夜は――妖精たちが、最も騒ぐ夜。

 それは、あるいは華やかなパーティー――。

 それは、あるいは悪戯盛りの冒険活劇――。

 それは、あるいは恋の鞘当て――。

 ――夜を通してのお祭騒ぎ。

 もしも、人が巻き込まれたなら――いつまでもいつまでも……彼らの踊りの輪の虜。

「だから、夏至の前夜は気をつけなくてはいけません」

 でも……穏やかな口調で、彼は言う。

「彼らは、決して悪いものではないのです。確かに、その性として――時に人の生命を奪うものもいましょうが……決して、人を憎むが故ではないのですから――」

 だから、人工の炎で明るい夜の訪れて久しい昨今ですが――祭の夜くらいは、邪魔をせずに夜の支配を本来持つべき者たちへと――。

 そう言って、彼はその夜はいつも、小さなろうそくの明かりだけを灯していた。



「人々が、怖れながらも忘れることができないように――彼らは、この上なく人間という存在を愛しいるのです。わたしたちが、彼らのような存在を愛し――また、同様に人間を愛しているように……」

 そうして、おそらく彼自身も――明るく強い陽光よりも、静かで鋭利な月光を浴びることを楽しみとしていたのだろう彼は、それでも同種のものになれない自分に小さく笑みを浮かべた。――いや、彼らの中でもまた、さらに月の光にでさえも身を焼かれる者たちもあろう――ならば、彼らと近しいのかもしれないね……ささやくように、つぶやいて――。

「ですから、わたしは――夏至の夜にはピクニックに出かけようと思うのです」

 妖精たちの宴のあとには、本当に本当に穏やかなさみしさがしみじみと残されいているから……。

「ほんの少し、彼らの宴のおすそ分けをいただきましょう」

 バスケットに、特別の日のためだけのティーセットとタータンチェックの敷き布。とっておきの紅茶にレモネード。それから、甘さをおさえたスコーンとほんの少しマスタードを多目のサンドイッチ。

「きっと、月がきれいですよ」



 からんからん……。

 カウベルの音は、吸い込まれるように夜空に消えた。

「今宵は良い月だ」

 明るい月光は、昼間の陽光とは異なる方法で、見慣れた風景を照らし出す。――色のない、青白く浮き上がる光景。

 今年も夢邪鬼は、くるだろうか――?

 彼がいなくなってから、それでも彼のしたように――バスケットにお茶を用意して、彼に導かれていった丘へ……。

 それは、確かに――未だ彼の喪失を生々しく思い出す行為ではあったけれど……それでも、彼の言ったとおり――本当に本当に宴のあとのさみしさには、とてもとても穏やかさが満ちていたから……。



 人間を愛し、妖精や精霊を愛し――そして、彼は世界そのものを愛していた。

 だから、夏至の夜は、ピクニックに行こう――。

 そこには、穏やかなさみしさが満ちているから……。



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人恋茶屋へいらっしゃい 若月 はるか @haruka_510

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