老人の白い雪
荒瀬 悠人
第1話
雪はしんしんと降り、さんさんと積もる。
雪で押し潰されそうなほど、弱々しい背中が少女を呼びかける。
「走ったら危ないよ。じぃじから離れちゃ駄目だ」
老いぼれの心配をよそに、幼い少女は無邪気に雪道を駆けていった。どれだけ声をかけようと、若さを前にしわがれた声など届きはしない。
そのうち少女は氷に足を滑らせ、転んでしまった。慌てて老人は駆け寄ろうとするが、少女はこちらに振り返り、楽しそうに笑っている。
その姿に、とある少女の面影を重ね合わせた。
雪が似合うひとだったな。
朽ち果てた樹木のように皺だらけの目で、老人は孫娘を見つめながら、古い初恋に思い耽っていた。
あの娘のようにいつも雪道を駆けていたな。
こんな風にあどけなく笑うひとだった。
綺麗に束ねたおさげ、赤いマフラー、白い手袋、どんな寒さにも負けない天真爛漫さを兼ね備えていた。
その昔、バス停の待合小屋で勇気を出して彼女の手を握った。だが彼女は恥になれる事ができず、その手を振り払ってしまった。
いつも最後は彼女との苦い思い出が、心を締めつける。
だが、どんなに年老いても彼女への純白な想いが色褪せる事はない。この雪のようにしんしんと降り、さんさんと積もる。
幼き孫に、初恋の思い出を重ねてしまうほどに。
「転ばないようにお手てを繋いで歩こうね」
老人が差し出した枯れ木のような手は、どこか怯えるように小刻みに震えていた。
それは寒さからくるものなのか、初恋の苦い思い出が蘇ったからか、定かではない。
ただ老人が繋いだ手は、今度こそ振り払わられず、きゅっと握り返された。
老人の白い雪 荒瀬 悠人 @arase_yuto
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