第二話 タリオンへ

 街道を二人組の旅人が歩いていた。

 一人は人族の男性。肩上あたりで切りそろえられた栗色のサラサラな髪の毛をしており、瞳は灰色。ぱっと見女性に見える可愛らしい顔立ちをしており、表情があどけない。緑色をベースにしたローブの中に生成り色の上下を着ている。胸元には宝石がいくつかあしらわれた銀色の短剣をぶら下げていた。


 もう一人はエルフの女性。燃えるように真っ赤なくせ毛を自然のまま跳ねさせ腰あたりまで伸ばしている。瞳の色はアイスブルーで少々きつめに見える顔立ちをしている。膝下まである編み上げのロングブーツ、暗緑色に染められた細身の革パンツ、上半身は白のシャツを着た上に臙脂色のバルカン=ブラウス、パンツと同じ色に染められたジャーキンを着けている。

 腰に巻かれた二本のベルトには物入れやダガーなどが吊るされ、背には矢筒とコンポジットボウを背負っている。

 身長は女性の方がすこしばかり高い。


 二人の足元を虎模様の白い子猫がついて歩いており、荷物を載せた驢馬を一頭引いている。

 そう。リンランディア、カレナリエル、エフイルの二人と一匹がニテアスからタリオンへ向かっているのだ。


 タリオンはニテアスの東、街道で凡そ四十四・一ヒルファロス(約二百九十キロメートル)あり、途中十九・九ヒルファロス(約百三十一キロメートル)地点でドレギレナを経由する。街道は龍尾山脈から大きく南に張り出した尾根を南側へ迂回している。


 今日はニテアスを出てから三日目。湿地帯を抜ける道が徐々に灌木が茂り温帯樹林に変わり、森の中を縫うように続く街道がドレギレナへ向けてゆるい上り坂になり始めている。このあたりから南方にはワーブメニル半島が突き出しており海が見えることはないが、風向きによっては吹き込む風にほんのりと生臭い磯の香りが混じるときがある。


 初夏の日差しが暖かく、鳥のさえずりが聞こえてくる。


 「うーん……。今日も気持ちの良い一日になりそうね」

 カレンは大きく伸びをしながら独り言のように口にだした。

 時折吹く風に木の葉がさわさわと葉擦れの音を立て木漏れ日がきらきらと降り注ぐ。

 「ねぇ、お姉ちゃん。今日はドレギレナに着くんだよね?」

 「そうだね。その予定よ」

 「どんなところなのかなぁ」

 「うーん。わたしも行ったことはないんだけどね。神授の祝福の時に寄ったスヴァイトロくらいの大きさの集落だったはずね」


 ドレギレナは長老カマラ=イアンナラが治める人口千六百人ほどの集落だ。エルウェンデから見て街道がタリオン方面とスカニア方面へ分岐する手前にある中継地点になる。

 しかしスカニアまでは山越えルートで遠く、タリオンも玄関口とは言っても交易が盛んなわけではないので重要拠点とまでは言えない。


 ニテアス、タリオンのあたりは平地であるが、ドレギレナは尾根の先端付近に位置しており、海抜一・一ラエファロス(約三百二メートル)ほどの丘陵地帯となっている。海岸線は切り立った崖になっており、漁業が盛んというわけでもなく特別な産業などもないのどかで一般的な集落となっている。


 「会ったことはないんだけど、長老は確かカマラ様という女性だったと思うわ。着いたらまずはご挨拶にお伺いしないとね」

 街道を行き交う人は少ない。時折、ニテアスからタリオンやスカニアに向けて納品や帰りの馬車や伝令であろうか?騎馬とすれ違う事があるくらいだ。

 先程も騎馬が二騎追い抜いて行ったところだった。 


 不意にカレンが足を止めると唇に立てた人差し指をあてながらリンに小声で告げた。

 「ちょっと止まって静かにしててね」

 リンはエフイルを抱き上げると無言で立ち止まる。

 背中から弓を外し矢筒から矢を一本引き抜くと、カレンは何かを探るように慎重に茂みに目を向け弓を引き絞りつつ集中力を高めていった。

 その時、十四、五ファロス(約十メートル前後)ほど先の茂みがカサリと音を立てた。

 息を止めたカレンの右手から鋭い音を立てて矢が放たれ茂みに吸い込まれていく。


 小さな悲鳴と共に倒れる音が聞こえた。

 ゆっくりと息を吐き出す。

 カレンは弓を背負い直すと森へ入っていく。

 そして倒れたうさぎを持ち上げ戻ってきた。

 「そろそろ休憩にしてお昼ごはんにしようか。血抜きを手伝って」

 カレンは手早くベルトからダガーを引き抜くとうさぎの首を切り落としリンに手渡す。


 「うん」

 受け取ったリンは後ろ足を束ねて持ちながら水の精霊魔法を使うと、首のまわりにだけまとわりつくように水の玉が浮かび流れる血を洗い流していった。


◆◆◆◆◆

 その八日ほど前のテライオンの聖域。

 「ご報告申し上げます。彼の者はタリオンへ向けて旅に出るようです」

 「そうか。それで様子は?」

 「最初は思い詰めた様子も見られましたがその後は落ち着いたようです」

 「よろしい。ではフラドリン=チェフィーナに便宜を図るように伝えるのだ」

 「そのように致します」

 短い会話の後、イミリエンは巫女姫の前からさがって行った。


 (さて、あの者が真君に関係する者であるのか。今後どう動くのか。)

 巫女姫、フィラ=ウィサネイロスは黙考する。


 (あれから五年。当時の事を調べなおさせたが新しい事は何もでてこなかった。だが六属性の大精霊全てがあれほど注目しているのだ。それにウサマイラノールに向かわせた者の報告では監視されてるような視線を感じたと……。何かあるに違いない)


 『巫女姫よ、あの者にはインジョヴァンが付いています。滅多な事はないのではないでしょうか?』

 「リズか。そうであるな……。メッツァーラよ、かの者を守り給え」

 (十万年以上を生きる妾にもわからぬことが多すぎることよ)


◆◆◆◆◆


 話はもどってリン達はドレギレナへ向かう上り坂を進んでいた。

 「リン、きつくなったら言うのよ」

 「大丈夫だよ。まだ平気」

 「そう?ならいいけど」

 そんな会話を続けながらも山道を進み夕方になる前には里の周囲を木の柵で囲んだだけの簡素な構えと木造の家々が並ぶドレギレナが見えてきた。

 門も簡素な両開きの木の扉があるだけで、その両脇に門番が暇そうに立っていた。

 二人は門番に話しかけるとテララ=テミスから預かった紹介状を見せ里に入れてもらう。門を離れる前に長老の家の場所を聞き、まずは挨拶からとまっすぐに長老の家へと向かった。


 里の中央広場の北側に周囲の家々よりは大きめーーとは言っても屋敷というほどではないーーの館が建っている。

 扉をノックしてしばらく待っているとリンと同じくらいの身長の小柄な女性が出てきた。

 彼女は薄い緑色の髪の毛を右側にまとめて前へ垂らしている。瞳の色も髪の色と同じ薄い緑色だ。簡素な部屋着にローブを羽織っただけの様子は館の使用人であろうか。


 「私達はニテアスからタリオンへ向かう途中のカレナリエルとリンランディアと言います。さきほどドレキレナへ到着しましたのでカマラ様にご挨拶にお伺いしました」

 カレンがその女性へ来意を告げる。

 「まぁ、あなた達が。私がドレギレナの長老のカマラ=イアンラナよ。まずはお入りになって」

 「失礼ですが私達が来ることをご存知だったのですか?」

 「えぇ。ニテアスから知らせがきてましたから」

 「そうなのですね。それでは失礼します」

 カレンは予想と違っていきなり本人が出てきたことで少し驚いたが内心を押し殺して中へ入っていった。


 居間へ通ると勧められた椅子に腰をかける。

 「ちょっと待っててね」

 そう言って奥へと入っていった長老が自らの手でお茶を淹れて運んでくれた。

 「ここは小さな集落ですからね。みんな自分のことは自分でやるのよ」

 驚いている様子を見て取ったのかカマラ=イアンラナがそう説明した。

 「そうなんですね」


 「リン君だったわね。それで、あなたはタリオンへ行ってどうしたいと思ってるの?」

 不意にリンへと話が振られる。

 「はい、えっと……。タリオンに葬られている両親のお墓参りをしたいのと、あとはチェフィーナ様にお礼を言いたいです。それと当時の事を詳しく聞きたいです」

 いきなりの事で焦ってしまったが、右手の人差し指に嵌めた遺品の指輪を撫でていると心が落ち着いてきて、なんとか出発前に考えていた事を話す。


 「そうなのね。その辺はあちらの長老に話を通せば手配してくれると思うわ」

 「ありがとうございます。そうします」


 しばらく雑談した後でカマラは客室へ案内してくれた。


 「今日は久しぶりのベッドね。お姉ちゃんと一緒にねよっか」 

 荷物を下ろすとベッドに腰掛けて後ろ手を着いたたカレンが足をぶらぶらとさせながらそう言った。

 「だ、大丈夫だよ。もうひとりで寝れるから」

 「えぇー。ちょっと前までは一緒に寝てくれたのに。最近リンが冷たい」

 「そんなことないよ」

 リンが慌てて自分の布団に潜り込む。


 「じゃー、お姉ちゃんがそっち行こうかなぁ」

 言うなりカレンは布団ごとリンに抱きついてきた。

 「うわっ!ちょっとお姉ちゃん」

 「いいじゃないの~」

 「もぅ……」

 諦めたリンが身体の力を抜きリンの布団に潜り込んだカレンが後ろからリンを抱きしめる。

 「にゃあ~」

 窓際で丸くなっていたエフイルが呆れたように一つあくびをしてまた丸くなった。


 翌朝。

 「お世話になりました」

 朝食を済ませたリン達はカマラ=イアンラナに挨拶をしてタリオンへの旅を再開する。

 カマラ=イアンラナは彼らが東門から出ていくまで見送ってから館へ戻った。

 (リンランディアかぁ。素直そうでいい子ね。巫女姫様は彼に何を望んでいるのかしら)


 東門から街道に出たリンにカレンが声を掛けた。

 「ねぇ、リン。右側を見てご覧。遠くに海が見えるわ!」

 ドレギレナから崖までは凡そ七・五ラエファロス(約二キロメートル)ほどしか離れていない。朝日を反射させキラキラと輝く水面が森の切れ目から見通せたのだ。

 「海って初めて見た~。ずっと遠くまで広がっててすごいね!」

 「そうね。どこまでも続いているように見えるわ。あの向こうには何があるのかしら」

 「何があるんだろうね。いつか見ることができるのかなぁ」

 「ちょっと遠回りになるけど崖まで行ってみる?」

 「いいの!?」

 「もちろんよ」


 街道を逸れて四半刻ほど南へ向かうとそこは草原からゴツゴツとした岩場へと変わっていき、右手にワーブメニル半島、左手には張り出した地形、それらに抱えられるようにコブリモック湾が崖下に広がっており、寄せる波が飛沫となって舞い上がってくる。

 波頭が白く追いかけるように続いて押し寄せてくるのが見えた。


 「落ちないように気をつけるんだよ」

 下を覗き込もうとしているリンにカレンが注意を促すと、リンも危ないと思ったのか四つん這いになって崖に近づいていく。

 海鳥の群れが空を舞い姦しく鳴いている。

 不意に一羽の海鳥が海面へ突っ込んでいったと思ったら浮き上がってきて小魚を咥えているのが見えた。


 しばらく下を覗き込んでいたリンが満足したのか、手頃な岩に腰掛けていたカレンの隣に戻ってきて一緒に座ったが、興奮を隠せない様子だ。

 カレンはそんなリンの肩を抱き寄せて頭を撫でる。


 「身体が冷えるといけない。そろそろ戻ろうか」

 しばらくそうしていたが、リンがぶるっと身体を震わせたことに気づいたカレンがリンの手を取り立ち上がらせ、二人と一匹はもと来た道を戻っていった。



ーーー

タリオンへと向かうリン、カレン、エフイル。

今回は中継地点のドレギレナまでです。


今回の登場人物のまとめ

・リンランディア リン フィンゴネル家の養子、本作の主人公

・カレナリエル カレン フィンゴネル家の長女、猟師

・テララ=テミス ニテアスの長老

ーーー

・フィラ=ウィサネイロス エルウェラウタに住むエルフ達の女王、神樹の巫女姫

・イミリエン テライオンの騎士

・リズ 光の大精霊

ーーー

・カマラ=イアンラナ ドレギレナの長老


次回、第三話 再会

2023/3/18 18:00 更新予定

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