第一部 第二章 旅立ち

第一話 手紙

 神樹の祝福から五年の歳月が流れた聖暦九九八年。

 リンランディアは十五歳になっていた。

 帰宅後、リンはいつもの日常を送りつつ様々な経験をしてきた。


 帰ってきてすぐに両親に六属性のこと、水の大精霊と契約していることを伝えると二人共オロオロとしてしまうが結局はどうしようもないことや、加護の短剣があり器が成長するまで守ってくれる事なども手伝い平静を取り戻す。


 また、いつもの様にフィンゴネルの工房にでかけた時にたちょっとした問題があった。何かというとリンが工房に現れると精霊が荒ぶってしまい作業に支障がでまくったことである。かといってリンに工房に来るなとも言いにくくフィンは困ってしまった。


 数日作業が滞ったところで、カレンの提案でリンに歌を歌わせてみてはどうか?ということになる。


 神樹の祝福以来、癖になってしまったようでリンは胸元の短剣を握りながらいつものように澄んだ声で歌を歌う。

 高く、低くリンの声が響くにつれリンの握る短剣から様々な光が溢れ出し広がっていく。それに連れて荒ぶっていた精霊たちも徐々に落ち着きを取り戻し、今度はいつもよりも作業が捗る様になっていった。


 それ以来、リンが工房に着くと歌を歌うという日課が加わり、工房の面々たちも満足そうだ。精霊たちがより協力的になり工員達もリンの歌で気分が良いのか、製品の質があがっているとフィンも満足げである。

 そしてリンも工房の仕事を少しずつ教えられ手伝うようになっていった。


 時折、カレンと市場をぶらつき、森や川へ散歩にでかけ、精霊魔法の練習をカレンに見てもらい、母親のミゼリエラと勉強をし。

 リンの日常は大きな事件もなく平凡であるが平穏で満ち足りていた。


 そんなある日、フィンゴネル家にニテアスの長老であるテララ=テミスから遣いの者が訪れる。

その時、家に居たのはミゼルだけである。カレンは猟に出ており、リンはフィンの工房に出かけていた。

 彼は女王から指示を受けたエルウェンデの長老、タサリオン=ドルジョンからの手紙を携えていたのだが、その内容を見てミゼルは一人の時でよかったとホッとする。

 

 その手紙の内容とは要約すると

 一、リンが十五歳になったことをお祝いする

 二、女王から通達があったことを伝える

 三、家庭の事ではあるがリンが養子になった経緯を説明してほしい

 四、その後の彼の選択を優先してほしい


 そう言った内容を過剰な装飾と遠回しな文章で要請してきていた。

 正直にいって家庭内の事に関して女王から要請があるということが異常である。ではなぜそんな事になったのか?と考えれば思い当たる事は一つしかなかった。

 それはリンの六属性と水の大精霊との契約という事である。

 人間社会では十五歳といえば大人として扱われる年齢であることから、女王はリンに何かをさせたいと思っているのだろうと察することができた。

 では何をさせたいのか?そこがどうしてもわからない。


 エルフとしてなら十五歳はまだまだ子供である。ミゼルの心配は尽きない。やはりフィンと話し合わないといけないと思い定め、その場では手紙を受け取るに留めることにした。


 「御要件はわかりました。手紙はお受け取りさせてもらいますが内容については主人と相談してきめさせていただきます」

 「それで結構です。よく話し合って下さい」

 そう返事をすると遣いの者は意外とあっさりと引いて行った。


 (女王様はどういうお考えなのかしら…)

 遣いの者が帰った後、テーブルに就いたミゼルは受け取った手紙を見つめながら考え込んでいる。


 窓から舞い込んできた風がカーテンを揺らし花の香を運んできた。

 (リンに何をさせる積もりなのかわからないけれど私達は親として守ってあげなくちゃいけないわね)

 ミゼルはしばらく考えたのち、そう決心すると手紙を物入れにしまって夕食の準備をはじめた。

 その夜、子どもたちが寝静まった後も遅くまで明かりが消えなかった。


 翌日。午前中の勉強時間が終わった後にミゼルはリンを呼びテーブルに就かせると改まって話し始めた。

 「いいですか、リン。これから言うことをしっかりと聞いて自分でどうしたいか考えて答えをだすのですよ」

 ミゼルは昨日のフィンとの話し合いで、事の経緯を全て伝える事。リンが何をどう考えどのような行動を取るにしてもしっかりとサポートしていこうと決めていた。

 そう前置きするとミゼルはリンの目をしっかりと見つめながら話はじめた。


 「あなたは聖暦九百八十四年にノルド大公国の南にあるウサマイラノールに生まれました。父親はヨルニ、母親はリタ。リタは私の姉ファノメネルの娘にあたります。父親は人間でしたので、あなたは純粋な人間族ではなくクォーターエルフになります」

 ミゼルはここで一旦話を切り、リンの様子を伺う。


 リンがしっかりと頷いたのを見てから続けて話を進める。

 「今から十三年前、聖暦九百八十五年の事です。あなたは両親とともにエルウェラウタへと向かっていましたが、タリオンの手前で盗賊に襲われました。馬車はタリオンへ進入したのですが、その時には両親は既に亡くなっていて、あなたを救出するだけで精一杯だったと聞いています」

 一瞬強まった風がカーテンを大きく揺らした。

 リンはただただ目を瞠って話を聞いている。


 「その時にあなたは、タリオンの長老であるフラドリン=チェフィーナ様に保護されました。フラドリン=チェフィーナ様はあなたの扱いを独断で決める事ができなかったので、エルウェンデの長老、タサリオン=ドルジョン様に相談され、長老会議を経て縁者である私達の養子とする事に決まったのです」


 「それからの事はあなたも良く知っている事ですね。私達はあなたをカレンと同じく愛し、慈しんで育てて来ました。神樹の祝福の時の事はたしかに驚きはしましたが、それもあなただと受け入れ変わりなく愛しています」

 ここまで一気に話し終えるとミゼルは一旦席を立ち物入れから小箱を持ってきた。

 火の入っていない暖炉の前で丸くなっていたエフイルが大きく伸びをするとミゼルについてきて、リンの膝に飛び乗ると再び丸くなった。


 「これはあなたの母親、リタの遺品です」

 そう言ってリンに小箱を押しやる。

 中からはメツァーラの意匠が彫られたカメオの指輪が出てきた。縦長の金の台座に磨いた貝殻に彫られたメツァーラが虹色に輝いて非常に繊細で優美だ。


 「これが…」

 リンは指輪を手にとるとしげしげと眺める。

 角度が変わるたびに虹色の光が柔らかくきらめく。

 内側に文字が彫られているようだが薄れていて読みにくい。相当に古いもののようだった。


 リンは指輪を小箱に戻すと居住まいを正してミゼルを正面から見つめる。

 「リンがこれをどう受け止めるか、今後どうするのかはあなたに任せます。ただこれだけは忘れないで。わたしたちは親子です。なんでも、どんな事でも相談して欲しい」

 「お母さん、僕は……」

 「すぐに答えを出す必要はないわ。話はこれでおしまい」

 「……わかりました」


◆◆◆◆◆


 その日の午後、リンはエフイルと一緒に里のヒムルーミヴ川の川辺に来ていた。

 ニテアスは東側のカセメル川と西側のリルランディーネ川が合流する三角州に作られた人口四千人ほどの里であるが街道からはずれたこの辺りにはあまり人がやってこない。

 豊かな水流に午後の日差しがさざなみに反射してキラキラと煌めく。河川敷に広がる草むらを渡る風が撫でさわさわと揺らす。


 (ぼくはどうしたらいい?)

 見た目の違いから本当の子供じゃないということは薄々わかっていたことだが、本当の両親が賊に殺されてしまったなんて想像もしていなかった。自分にとっての両親といえばフィンとミゼルしか居なかったので、ヨルニとリタの事を聞かされてもなかなか実感がわかなかったのは確かだ。

 リンはミゼルから伝えられた事を何度も思い返しては自問していくが、何かが形をとりかけては心が揺れてそれを崩してしまう。


 (ぼくはどうしたいんだろう?)

 懐から小箱を取り出すと中に納められていた遺品の指輪をつまみ上げる。

 優しく微笑むメツァーラ神に顔もわからないリタの面影を重ねてしまう。それは意味のないことだとはわかっているが、そこにどうしても自分を守って死んでしまった母親を見つけようとしてしまうのだ。


 本当の両親はリンを守って死んでしまった。

 その事実がリンの胸に重くのしかかって来る。


 木陰に座っていたリンはそのまま仰向けに寝転がるった。リンの顔を木漏れ日がちらちらと照らし眩しさに思わず目を瞑ると目尻から涙が流れ落ちていく。

 リンは持っていた指輪を握りしめると右腕で両の瞼を覆い涙を抑えたが、後から後から涙が溢れてくる。


 「にゃあ」『だいじょうぶ?』

 隣で寝そべっていたエフイルが寄ってきてリンの頬を舐める。

 「エフイル……。ありがとう」

 右に身体を回すとリンは左手でエフイルを抱えるようにして撫でる。

 柔らかな手触りと暖かさが今はありがたい。

 深い悲しみに揺れ動くリンの心を繋ぎ止める拠り所に思えた。


 数日後の夕飯時。

 「お父さん、お母さん、僕は……僕は決めました」

 リンが決意をかためた真剣な眼差しで話し出す。

 それに対し、フィンが頷いて続きを促す。

 「ヨルニお父さん、リタお母さんのお墓がタリオンにあると思うので一度タリオンに行って来たいと思うんです」

 カレンが驚いたようにリンを見つめる。


 「そうか。そうだな」

 フィンが落ち着いた声で短く応える。

 「それと、できればチェフィーナ=フラドリン様にお会いして保護して頂いたお礼も言いたいですし、当時の事なども聞かせて貰えればと思っています」

 「わかった。それについてはテララ=テミス様に紹介状を書いてもらうようにお願いしておいておこう」

 「我儘言ってごめんなさい。お父さんありがとうございます」

 リンの表情がほっとしたように緩む。


 「我儘じゃないさ。リンが決めた事を尊重するってお母さんから聞いているだろう?」

 「そうよ。誰がなんと言ったって私達は家族なの。ただタリオンまで一人で行かせるわけには行かないわね。カレン、一緒に行ってもらうわよ」

 「うん。長旅になるし一人じゃ危ないもんね。リンの事はわたしが守るわ」

 勢い込んでカレンが了承する。

 「にゃあ、にゃあ」

 足元でエフイルが鳴きながらフィンの足に前足を掛けた。

 「エフイルも頼んだぞ」

 「うん。お姉ちゃんもありがとう」

 「お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだから当たり前よ。明日から旅の用意をはじめるわよ」

 カレンが照れくさそうに応える。

 「 さぁご飯が冷めてしまうぞ。続きは後にしようか」


 リンは今までどちらかと言えば自己主張をすることもなく、流されるままに生きてきたが初めて自分でどうしたいのかを考えて決めた事が認められた事にほっとし、嬉しく思うのだった。




ーーー

新章突入です。

10歳だったリンも15歳になりすこしずつ大人になっていきます。

今後の成長を見守ってもらえると嬉しいです


今回の登場人物まとめ

・リンランディア リン フィンゴネル家の養子、本作の主人公

・フィンゴネル フィン ニテアスの職人親方、リンの養父

・ミゼリエラ ミゼル フィンゴネルの妻、リンの養母

・カレナリエル カレン フィンゴネル家の長女、猟師

・エフイル 白猫、妖精王の娘

・テララ=テミス ニテアスの長老

ーーー

・チェフィーナ=フラドリン タリオンの長老

・ヨルニ リンの実父、故人

・リタ リンの実母、故人

ーーー

・タサリオン=ドルジョン エルウェンデの長老、賢人会議の議長

ーーー

・ファノメネル リンの祖母、ミゼリエラの姉

・メツァーラ神 森の神


次回、第二話 タリオンへ

2023/3/11 18:00 更新予定

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