第三話 再会

 崖から戻ったリン達は再び街道を東に向けてあるき出す。予定通りならあと四日ほど歩けばタリオンに到着するだろう。森の中を伸びる街道は再び下り坂になっていく。

 街道は左手に山が迫り右手が森になっている。

 ニテアスを出てからここまで晴天が続いていたが今日は雲行きが怪しそうだ。


 「今日は雨になりそうだね。早めに野営場所を見つけておかないと」

 空を見上げると雲の流れが早く太陽が陰っている。

 後方に黒い雲が迫ってきているようだ。


 「そうだね」

 リンは心配そうに後ろの空を見上げながらこたえる。


 しばらく歩いていると南西から吹く風が強くなりざわざわと木々をざわめかす。空気に水の匂いが強くなってきたように感じる。

 「雨の用意をしたほうがよさそうだね」

 二人は一旦足を止めて驢馬に持たせた荷物から防水処理を施した黒っぽいマントを取り出して羽織る。マントは厚手の布の表面に動物の油脂を塗り込んだものだ。


 「さぁ、先を急ごう」

 手頃な野営場所を探しつつ二人は足をはやめる。

 ぽつぽつと雨がふってきた。

 「濡れないようにフードもかぶるんだよ」

 カレンはリンにそう促しながら自分もフードをかぶる。


 やがて左手の崖に小さな洞窟を見つけた二人はそこで野営することにした。

 「本降りにならないうちに薪になりそうなものを探してくるよ。リンはここで野営の準備をしていてね」

 カレンはそう言って向かいの森の中へ入っていった。


 リンは手頃な木に驢馬をつなぎ、洞窟の入り口に被せるように天幕を張ると、中に敷物の毛皮を敷いていく。それができると入り口の外に石を集めて簡単な竈門を作り、鍋に精霊魔法で出した水を張ってカレンが戻ってくるのを待っていた。

 そこにインジョバンが姿を現すなり、大きく伸びをする。

 『ふぁ~あ……。空気に水気が多くて気持ちいいわね~』


 『どーしたのかしら?』

 インジョバンが突然現れたので驚いたリンが固まっていると暢気に声を掛けてきた。

 「あ、いえ……。湖水の女王様こんにちは」

 リンが目のやり場に困りながらも挨拶をする。


 『契約精霊なんだから、インジョバンって呼んでよ』

 「でも……」

 『いいから~。あなた硬くなりすぎよ?』

 「イ……インジョバン。これでいいですか?」

 『そうそう。それでいいのよ~』

 「それで、突然現れてどうしたのですか?」

 『どうって。特に意味はないわよ?気持ちのいい天気だったから~』

 「そうなんですね……」


 二人がそんなやり取りをしているところにカレンが薪をかかえて帰ってきた。

 「あら、インジョヴァン出てきてたのね」

 『えぇ。リンの側は落ち着くのよね』

 「あなたの服装、もうちょっとどうにかならないのかしら?」

 カレンがちょっと不機嫌そうだ。


 『どうにかって。これが普通だからどうにもならないわよ』

 「そう。リンが困ってるからあんまりべたべたしないで欲しいわね」

 『あら、そうなの?リンにはもっと私を呼んで欲しいのよね』

 インジョヴァンはカレンの口調を気にした風もなく受け流す。


 「すみません……。ちょっと水を出すくらいにしか魔法使ってなくて……」

 『いいのよ~。これからいくらでも機会はあるから』

 「はい……。がんばります」

 リンが少々居心地悪そうに応える。


 「それよりもリン。竈門作っておいてくれたのねえ。ありがとう」

 カレンがあからさまに話題を変える。

 「うん。鍋に水も張っておいたよ」

 「そうみたいね。気が利くじゃない」

 そういってカレンがリンの頭を撫でる。


 「それじゃ、さっそく食事の用意をするわね」

 そういいながらカレンは薪を竈門に入れて精霊魔法で火を点け鍋をかける。

 「何か手伝うことある?」

 「そうね。……じゃぁ野草を適当な大きさにちぎっておいてもらおうかな」

 「……うん」

 カレンはまだリンにはナイフを使わせるような事をさせてないのだ。リンはもっと頼ってほしいと思っているけれど強く言えないでいた。


 『ナイフを使う作業をさせないなんてあなたも過保護ね。もっとリンを信用してあげてもいいんじゃないかしら?』

 それを見ていたインジョヴァンがカレンにそんな評価を与える。

 「なっ!……リンが怪我したらどうするのよ」

 『そうして使い方を覚えるものじゃないのかしら?あなたもそうだったのでしょう?』

 インジョヴァンがカレンを問い詰めてくる。


 「それはそうだけど……。わかったわよ。リン、こっちの野菜の皮を向いて適度な大きさに切っておいてくれる?」

 渋々ならがそれを認めるカレン。

 「うん!」

 リンが嬉しそうに返事したのを見てカレンは見えないように頬を緩めた。


 『あなたも素直じゃないわね』

 「うるさいわよ」

 『んふふふふ』

 「……」

 からかわれてるのを悟ったカレンは手元の干し肉を削ることに意識を向けスルーする。

 干し肉はカチカチに硬く注意しないとざっくりと手を切ってしまう危険があるのだ。


 「おねえちゃん、できたよ」

 そうこうしてる間にリンが野菜を切り終わったらしい。

 「それじゃあ、野菜を鍋に入れてちょうだい」

 リンが野菜を鍋に入れている間は干し肉を削る手を止めるカレン。

 インジョヴァンの視線を感じつつもそれを気にしない振りをしている。


 パチパチと薪が爆ぜる音が響き薄暗くなってきた洞窟に炎が揺らめく。

 竈門の上に張ってある覆いに雨の当たる音が強くなってきた。

 カレンは干し肉を削るのをやめ湯に踊る具を見ている。


 「さ、できたぞ。中で食べよう」

 洞窟は建って歩けるほどの高さもないため、腰をかがめて鍋を中にいれ敷物を上に置くと、リンと自分の分のスープを深皿に取り分けて、削った干し肉を皿に盛ってエフイルの前に置く。

 「本降りになってきたな。リン、寒くないか?」

 そう言いながら、カレンは炎を精霊を呼び出し洞窟内を温める。

 「ありがとう。大丈夫だよ」


 食事が終わり食器を水で洗い流すとカレンは弓の手入れを始めた。

 『夜の見張りはやっておくから、今日は二人共休みなさいね』

 「いいの?」

 インジョヴァンの申し出にリンが聞き返す。

 『かまわないわよ』

 「インジョヴァン、助かるわ」

 カレンが手入れの手を止めてインジョヴァンに礼を言う。

 リンが弓の手入れをじっとみていると、エフイルが構ってとリンに頭をこすりつけてくる。エフイルに視線を落とし、リンが優しくエフイルを撫でていくと気持ちよさそうに目を閉じ喉を鳴らす。

 こうして見ていると本当に普通の猫のようだが彼女は妖精王の娘である。

 その様子をカレンが時折見ては頬を緩めていた。


 星も見えない夜。炎の精霊が揺らめく明かりだけがぼぅっと照らす洞窟。雨と風が森の葉にあたりざわめかせる音だけが響く夜が更けていった。


 翌朝。早朝まで降っていた雨もあがりすっきりとした晴れ空には雲ひとつない。

 小鳥たちがチチチチとさえずり、カレンが目を覚ます。

 洞窟内はそう広くはないためリンを抱えるように眠っていたカレンは満足そうにリンの頭を撫でる。


 「リン~、朝よ。おきなさい」

 サラサラと気持ちのよい指ざわりを堪能してからリンを揺さぶって起こした。

 「ん……。うん」

 『二人共おはよう』

 「おはよう。インジョヴァン、昨夜はありがとう」

 『どういたしまして。よく眠れたかしら?』

 「あぁ。お陰でしっかり眠れたよ」

 「さぁ、リン。起きて顔をあらいなさい。朝食を摂ったら出発するよ」

 薪に火を起こして昨夜の残りのスープを温めながらカレンが促す。

 「うん」

 まだ少し寝ぼけているリンが盥に水をはりながら生返事をする。


 朝食後、野営道具を片付け驢馬に載せると二人はまたあるき出した。


 三日後、特に何事もなく旅を続けたリン達はタリオンの木塀が見えるところまで来ていた。タリオンは人口一万三千人以上のそれなりの大邑だ。ノルド大公国のシェムラーやウサマイラノールから商人がやってきて、交易も行われている玄関口にあたる。

 簡素な木柵で囲われていたドレギレナとは違い、しっかりとした丸太を地面に打ち込んで組み合わせた四・四ファロス(約三メートル)ほどの塀で囲まれている。

 門もどっしりとした両開きの扉があり門衛が立って入場者のチェックをしていた。


 リン達もその列に並び、受け入れ確認を待っている。

 列はそれほど長くもなく、西門の確認はエルウェラウタからの入場であるためそこまで厳しくはない。程なくリン達の順番が来てニテアスの長老からの紹介状を見せ、無事に通過した。

 門衛に長老フラドリン=チェフィーナの屋敷の場所を聞いてまずは挨拶ということで屋敷へ向かう。


 里の中は西側に居住区が広がり、東側に商業区がある。中央の広場には露店が並び、北側に行政区、南側に警備隊の本部や訓練場が並んでいる。街道にそって中央通りが伸び、東西の門のところに分隊の詰め所。

 ニテアスの凡そ三倍の規模の里だけに多くの人々が行きかい活気がある。

 エルフ達に混ざって人族の姿もちらほらと見かけるのが物珍しく、リンも目を輝かせてあちこちをみまわしていた。


 中央広場を北に折れ少し入ったところに長老の屋敷があった。里の規模が大きいからか、屋敷も大きく作られており、行政府を兼用しているため多数の人が出入りしている。

 中に入るとホールになっており、いくつかの扉と受付があった。

 受付で再び長老への紹介状を見せフラドリン=チェフィーナに取次してもらう。


 しばらく待っていると身なりの良い執事のような人物が現れ二人を促して奥の階段から二階へあがり、右側の一室へ案内していった。


 「セレミオンです。お二人をお連れしまさいた」

 彼は扉をノックすると中に声をかける。

 「入ってくれ」

 すぐに応えがあり中へ通された。

 室内は余計な物がなく品の良い内装ですっきりとしている。


 フラドリン=チェフィーナは緑がかった金髪に翠眼。痩身で背が高くインテリ風のメガネを掛けている。整った顔立ちに皮肉げな口元だけ違和感のある人物だ。

 「まぁ、掛けたまへ」

 応接ソファーへ二人を座らせると執務机から立って自分も向かいのソファーへ腰をかけ、カレンが受付へ渡した紹介状をテーブルに置いた。

 セレミオンが人数分の紅茶を用意してテーブルに並べる。


 「楽にしてもらって構わないよ。用件はわかりました。ご両親の墓碑は里の南側に共同墓地があってそこにあるから、明日案内させよう」

 「フラドリン=チェフィーナ様、ありがとうございます。両親を失った僕を保護していただき感謝しています」

 緊張しながらもリンがお礼を口にする。

 「リンくん、君の保護はわたしの責務でもあるから気にしなくてかまわない」

 「はい。ありがとうございます」

 「あぁ、それと宿の方も手配してあるから後で案内させよう。明日は宿に迎えの者を行かせるので待っていてくれたまへ」

 「何から何までありがとうございます」

 フラドリンの手回しの良さに圧倒されつつもカレンが頭を下げる。

 その後、いくつか雑談をして執務室を辞去した二人は、セレミオンに案内されて宿へ向かった。


 向かった先はこじんまりとした宿屋「金の兎亭」というところだ。

 「アネルさん、お久しぶりです」

 中へ入ると受付に居たのはかつて神樹の祝福に向かう際に同じ馬車に乗っていたアネルだった。

 「あら、カレンさんにリンくん。お久しぶり。大きくなったわね。エリー、リンくんがきてるわよ。あなたもご挨拶なさい」

 アネルの視線の方を向くとホールにいたエリーネルがあわあわしているのがみえた。


 「あにょ!」

 声が裏返る。

 「あの、リンくん久しぶり!元気だった?」

 あわてて言い直すエリーネル。

 「うん。元気だよ。エリーさんも元気そうだね」

 「はい!今日はうちの宿に泊まっていくの?」

 「うん。フラドリン=チェフィーナ様からここを手配してもらったんだよ」

 「そうなんだ!ゆっくりしていってね」


 そんな会話をしている間にセレミオンがアネルに宿泊の手続きを済ませていた。

 「それではわたしはこれで。ごゆっくり」

 そう言うとセレミオンは屋敷の方へ戻っていった。


 「朝食は六時から八時、夕食は十八時から二十時だから遅れないで来てくださいね」

 そう言いながらアネルはカレンに部屋の鍵を渡す。

 「部屋は二階にあがって奥から二番目だよ。鍵に番号が書いてあるからね」

 「わかりました。よろしくお願いします」

 簡単な説明を聞いて二人は部屋へ上がっていった。





ーーー

タイトルはリンとエリーネルの再会でした。

5000字超と少し長くなってしまいました。


今回の登場人物まとめ

・リンランディア リン フィンゴネル家の養子、本作の主人公

・カレナリエル カレン フィンゴネル家の長女、猟師

・エフイル 妖精王の娘、子猫

・インジョヴァン 湖水の女王、水の大精霊、リンと契約している

ーーー

・フラドリン=チェフィーナ タリオンの長老

・セレミオン フラドリン=チェフィーナの腹心

・アネル タリオンで「金の兎亭」を営む、オロンの妻

・エリーネル アネルとオロンの娘


次回、第四話 過去の出来事

2023/3/25 18:00 更新予定

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