《Slot:2》本田タダヨシの驚愕

「ちょっと!今何をしたのっ!?」


「うわっ!?何!?か、鹿島さん!?」


鹿島さんが僕の左手を掴んでリストバンドの下を確認している。

滑らかな指が僕の手首を擦ってこそばゆい。


いつの間にこんなにことになっていたんだ?

何故こんなところに?


いや、そんなことどうでもいいか。


見ると、どうやら僕は下校中だったらしい。

もしかして、鹿島さんと一緒に下校していたのか!?



「あ、あなたは、誰?」



「え?」



仲良く下校していたと思っていたのに、僕の名前も知らないの?


いや、そんなはずは無い。以前確かに僕の名前を呼んでくれたはずだ。



「た、タダヨシだけど...わ、忘れちゃったの?」


彼女は驚いた様な落胆した様な表情を見せて肩を落とした。


「あ、ああ。そう。

そういうことか。」


彼女は勝手に何かを納得したらしく、「一万円返すね」と言って自分の帰路に着いた。



「え、何このお金、ねぇ!!」






……………






「鹿島さん、どうしちゃったんだろう...」



僕は1人になった帰路をトボトボと歩いていた。


僕、いつの間に鹿島さんと一緒に帰ってたんだ?

うーん。よく覚えてない。

ま、どうでもいいか。



すっかり藍色に暗くなった空が辺りを包んでいた。僕は自宅の郵便受けに手を突っ込み、手の感覚だけで宅配物を引っ張り出した。

玄関のドアを開けて灯りの元に晒すと、手元の大きな封筒の差出人が見えた。


JSEROジュセロ...?」


どうしてジュセロからの封筒が僕の家に届くんだ?

ジュセロはこの様にして優秀な能力者をスカウトする事があると聞くが、まさか僕に対してはそのような事は起こるまい。

僕は自分の能力さえも知らないのだから。


封を開けると更に四つの便箋が中から現れた。

一つ一つに違う宛名が書いてある。


………………………

《Slot:1》Read

春日井トオル様

………………………


………………………

《Slot:2》Update

本田タダヨシ様

………………………


………………………

《Slot:3》Create

中原ミオ様

………………………


………………………

《Slot:4》Delete

ゼツ様

………………………


そもそも僕の家は三人家族だし、全然知らない人の名前も書いてある。どういう事だ?

よく分からない英単語も付いてるし...


取り敢えず僕は自分の名前の書いてある便箋を手に取り、ペーパーナイフで上部の縁を綺麗に切り離した。

どれどれ...





……………


おめでとうございます。


当機関はこの度、本田タダヨシ様の特殊効果を開示させて頂き、その類まれなる才能を見込んで、我々日本特殊効果調査機関-JSEROへ招待させていただくことと致しました。


開示した内容は以下の通りです。


―――――

本田タダヨシ

【効果名:心変わり】


使用条件:

対象の『好きな食べ物』と『嫌いな食べ物』を当てる


効果:

その対象の意識を書き換える。

―――――


S-CRUD計画の中心人物である貴方には、是非ともこの力を駆使してJSEROジュセロに、いえ世界に貢献して頂きたいと考えております。


まずは、お手元に《Slot:1》春日井様宛の便箋をお持ち下さい。


次に、貴方の左手首を指で軽く押し込んでみて下さい。

ゲームのカセットの様な物が現れるはずです。


そして四つある内の、左上のカセットをより強く押し込んで下さい。


それでは、また後日お会いしましょう。

……………



な、なんだこの手紙は?


僕の特殊効果だって?

誰にも開示しろだなんて言ってないのに?



人の意識を変えられるとか何とか....



僕が今まであまりにも能力に関心が無かったからだろうか。全く自分に能力が宿っているという実感がわかない。


そしてその不安なのか期待なのか分からぬ感情は、次第にその能力への好奇心を抱かせた。


僕は数十分ほど悩んで、小学校時代のクラスメイトの自宅に電話をかけた。


もうとっくに縁が切れているような状態だが、当時の彼女との思い出は鮮明に残っており、それは彼女の自宅の電話番号も例外では無かった。


スマホを持つ手に緊張が走り、3回ほどミスタップをした上でようやくコールがなり始めた。




「...はい。吉川です。」


「あ、カンナちゃん?」


「え、なんで名前知ってるの。誰...ですか?」


「あぁ、えっと...タダヨシ。本田タダヨシだけど。」


「タダヨシ!?タダヨシってあの!?」


「う、うん。」


「今更何電話なんてかけてんの!?

気持ち悪いからもう電話なんてかけてこないで!」


「あ、あの...まだからあげって好き?」


「...はぁ?何いきなり。気持ち悪いんだけど!

もう切るから。」


「それで、きのこが食べられない...でしょ?」


「・・・」


「僕の事...まだ気持ち悪い?」


「好きだけど。」




『ガチャン!』




そう音を立てて受話器を叩きつけたのは僕の方だった。

彼女からの突然の好意と罪悪感が、僕の胸を今までに体験したことの無い程に拍動させた。


走った訳でもないのに体には汗が吹き、腹の奥と耳元からは血が引いて熱が消えていくのを感じた。

僕がへなへなと倒れ込んだ床から這い上がるのには、数分の時間を要した。



「僕は、何をしているんだ」



冷えきった脳みそからようやく出た言葉はそれだった。そしてその言葉はやがて、

『何故できているんだ』という言葉に変わった。


先程の出来事は、彼女が気まぐれな訳では無い。



僕だ。

僕の能力で変わってしまったのだ。



僕が。人を。変えてしまった。



頭の中で、こういう風に変われ、と思ったら変わってしまった。


今変わったのは、彼女が僕を好きかどうかという事だけだった。

しかし、それだけでも彼女が僕の一部になってしまったかのようで気持ち悪くなった。


僕の事が嫌いな彼女が彼女だったのに、僕の事を好きになってしまっては、もう彼女では無い。


たった少し、僕が彼女の意識を変えただけで、先程の彼女の最後のセリフが、アンドロイドの発した声のように思われた。


これがもし、人の根本までをも変えられる能力なのだとしたら。


僕は自分で自分が怖くなった。



「そうだ...つづき。」



僕は縋るように先程の便箋を掴んだ。



僕の左手首がどうとか書いている。



僕はリストバンドを捲って隠れていた素肌を見た。

何の変哲もない。

そこをなぞって軽く指で押してみた。


すると、横長のスリットが上2つ、下2つ並んだ状態で浮き出てきた。


「うわ!なんなんだよコレ!!」


まるでB級映画のロボットにでも改造された気分だ。


よく見ると、確かにゲームのスロットのようにも見え、左上から右下にかけて《Slot:1》〜《Slot:4》とスロットの下に表記されていた。


この《Slot:1》を押せばいいのか?


手紙の指示通りに強くそれを押すと、中からバネで押し上げられるかのようにカチッと音が鳴って中の物体が引き上がった。


これは...まるで...



「ゲームのカセット...?」



そのスロットから少し浮いたカセットを、それ以上自分の手首から引き抜くのは、なんだか気持ちが悪いのでやめた。


何故、手首にこんなものが埋められて自分が平気であるのかも分からないし、このカセットを引き抜いたら、手首の血管までをも引き抜いてしまいそうで怖かった。


だから、手紙の指示通りにそれを強く押した。



『カチッ!』

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