《Slot:1》春日井トオルの自白

朦朧とする意識の中、目が覚めた。


俺の隣の席には鹿島ミカが居た。

どうやら俺の知らぬ間に俺と仲良くなっていたらしい。


見ると、俺の右手が左手首のリストバンドに引っかかっていた。

今にも外そうという瞬間に目覚めたらしい。

俺は勢い良くその手を離し、手首に馴染むまで執拗にリストバンドをなぞった。



「あれ...やっぱり気に入らなかった?」



鹿島は俺の顔色を伺うように、手に持っていたブレスレットを握りしめた。

俺へのプレゼント?ということか。

しかし、高校生には不相応の装飾と輝きだ。

このブレスレット、一体いくらするんだ?


「い、いやぁ!そんな事ないよ。まさか鹿島さんが僕にプレゼントをくれるなんて、嬉しいよ!」


彼女は怪訝な表情で緩めたはずの手を再び結んだ。


「...僕?」



「あ、いや!私にくれるなんて!」



「変なミオ」と笑って鹿島は俺にブレスレットを手渡した。


どうしてブレスレットをつけないのか。と聞かれ、俺は咄嗟にリストバンドの下にニキビが出来ていた。と嘘をついた。



「これ、高そうだし、家に帰るまで鞄に入れておくよ。盗まれでもしたら大変だ。」


「はは、気にしすぎだよ。」


彼女は少し笑ってから一息ついた後に続けた。



「でもさ、ミオが私に打ち明けてくれた時はホントにビックリしたよ。」


「え、えーと、なんだっけ。」


「わかるでしょ?

今まで本田君だったのが、『身体は男でも心は女だ』なんて言われたんだから。」


「え!!あ、あぁ。あの時ね。」


アイツ、まさか自分からその事を言ったのか...


「最初はそんな事言って私にお近付きになろうとしてるのかと思ってたけどね。

ほら、私って結構お金持っちゃってるし。」


「あぁ...そうだよね。

お金目当てで付き合おうとしてくる男子、結構多いんじゃない?」


「ホントにそうだよ。

ミオだってたまに私の事、変な目で見てる時あるし、最初は疑ってたもん。

それに軽音部のチャラチャラしたのとかにも声かけられるし...この能力の事、喋るんじゃなかったかなぁ...」


「まぁまぁ、そのおかげでジュセロにもスカウトされたんでしょう?将来安泰で結果オーライだよ!」


「うーん、まぁ、そうなんだけどね...」


彼女の気の沈んだ声を境に、俺たちの間に喉の詰まるような沈黙が続いた。

俺はここらが自然だろうと「そろそろ帰らなきゃ」と言って彼女と別れた。


俺はいつも以上に背後に気をつけながら、帰路に着くと見せかけて社会科準備室へと向かった。






……………






俺の名前は春日井トオル。


数ヶ月前にジュセロに軟禁されていた所を逃げ出した。この能力のせいでジュセロに目をつけられているのだ。

つまりジュセロに通じているあの女の存在は危険だ。


S-CRUDスクラッド計画と呼ばれるジュセロのその計画は、正に俺を中心として成り立っていた。

俺がジュセロから離れること、それこそが奴らの計画を頓挫させる唯一の道なのだ。



白い校舎の内壁はピンク色の夕暮れに染められ、社会科準備室はやはり埃っぽいような匂いが漂っていた。

こんな空間に長年いる人間は頭にカビが生えてしまっていてもおかしくはないだろう。



「なぁじいさん!居るか!居るんだろ?」



棚に積み上がった本の向こう側から、白い髭を蓄えた初老の男がソファに預けていた身体をゆっくりと持ち上げた。


「まったく...

教師に向かって敬語どころか、じいさん呼ばわりとは...近頃の若者は...」


と老人あるあるを垂れているこの男は池井戸ジロウという男だ。


【インスタント文豪】という人を感動させる文章を書く能力を持っている。(一読すると効果が切れるが。)

昔はその能力を活かして物書きを目指していたらしいが、能力の名が体を表すように物書きは上手いように行かず、流れ流れて社会科の高校教師になったのだからお笑いだ。


俺はこの人にはお世話になっているが、それを言うのは癪に障るのでぶっきらぼうに『じいさん』と呼んでいる。



「なんじゃあ?さっきの女口調はぁ?

まさかあんな手口で女に近づくとはな。」


「ばか!違うに決まってるだろ!

アイツがミオと仲良くしてたみたいだから、ミオを装ってたんだよ。て言うか見てたのかよ!」


「はいはい、わかっとるわかっとる。」


「はーうるさいうるさい」とじいさんは姿勢を変えてソファに背を預けた。


「それで?じいさん、俺の能力を書き換える方法があるんだろ?早く試してくれよ!」


「あー、その事なんじゃがなぁ...」


じいさんはバツが悪いのか悪くないのか分からない表情を見せた。


「取られちまった。ジュセロに」


「な、な、なんだとおおおお!!」


「いやぁ、いつもならワシが管理してるから大丈夫なんじゃが、生徒が盗みに入ったところを横取りしたみたいでな。」


「生徒が盗みに?どんな治安してんだこの学校は!」



それにしても困った。


じいさんの管理していた

【書き換え羽根ペン】

そのペンを使って俺の能力を書き換え、俺をジュセロにとって価値のない存在にすること。

それが俺の中のS-CRUDスクラッド計画に対抗する策だった。

それをみすみす逃してしまうとは...

このジジイ...



「まぁ、わしもそんなにお前のこと信用してなかったし。

自分の能力を消すだけならまだしも、地球を崩壊させるとか、そんな危険な能力を書かれたら大変じゃったからな。」


「そんな事書くわけねぇだろ!!」


「その点、ジュセロは厄介だが、ある意味そういう観点では、ヤツらの行動は慎重じゃ。

だからアイツらに管理してもらうのも良いかなと思ったんじゃ。」


「あああ!もう!」と俺はどこに向けているのか分からぬ怒りを声に出した。



「第一、そのスクランブル計画とやらが本当に起こるものか、ワシには判断出来んのでな。」


「『S-CRUDスクラッド計画』な。

前にも言っただろ。

『特殊効果の意識準拠理論』

俺がジュセロに軟禁されていた時に聞かされていた話だ。S-CRUD計画はこの理論を基に作られている。」


「能力は人間のどこに宿るのか。という話じゃろ。

確かに興味深いが...」


「この話はマジだよ。それは俺の身体が証明している。」



『特殊効果の意識準拠理論』



特殊効果は人間のどこに宿るのか?

例えば、誰かの能力によってAさんとBさんの魂が交換されたら、AさんとBさんは果たして今までの様に特殊効果が使用できるのか。


もしも人間の肉体に特殊効果が宿るのであれば、AさんはBさんの能力が使えるようになり、BさんはAさんの能力が使えるようになる。


しかし、特殊効果が人間の魂に宿るのであれば、Aさんと、Bさんは今まで通り自分の能力を使えるわけだ。


つまり、答えは『YES』だ。


この世界の人間は、どうやったって自分に刻みつけられた特殊効果を使い続けなければならないのだ。


それは絶望でもあり、希望でもある。



「だが、それだけじゃないんじゃろう?」


「ああ、特殊効果は魂だけじゃ発動できない。

あくまで魂は特殊効果が宿るだけ。

発動するのは肉体だ。

つまり、魂と肉体。

どちらもあってこその特殊効果なんだ。」


「それがわからない。

なぜ肉体が必要なんじゃ。

それに、魂が単体で存在すること自体が不可能だろう。

人間の意識を脳と定義したとしても、脳自体が肉体なのだから。」


「意外と考えてるんだな。見直したぞじいさん。」


「余計なお世話じゃ。」と鼻息を荒くしたじいさんを横目に続けた。


「ま、そうだな。

魂が単体で存在することは有り得ない。

だが、ここで言う肉体とは、

目が見えて、会話ができて、脚がある。

そういう様なことを言う。」


「ん?」


「肉体という言葉を、この世界に物理的に接続できる装置って言い換えればいいのかな。」


「接続?

...ふぅん。なるほどな。

そういうことか。」


「なんだ?いくらじいさんでも流石にわかってきたか。言ってみろよ。答え合わせぐらいしてやんよ。」


「はいはいどうもありがとう。」

とじいさんは呆れた様な皮肉を込めた返答をした。


「つまりこういうことじゃろう。

特殊効果の使い方を脳で認識し、実際に身体を使って実行する。」


「ビンゴ!なんだ。わかってんじゃん。」


「そう、わかっているからわからない。

特殊効果の使い方は実際に脳で認識しているから理解出来る。

ただ、身体はどうやって特殊効果を実行している?それがわからない。」


「それは、それがこの世界の法則になったからだ。

それが特殊効果の正体だ。

ヤツらはそれを『第五肢』と呼んでいたよ。」


「第五肢?」


「そう。

人間は『目』を使って『見る』

人間は『口』を使って『話す』

人間は『脚』を使って『歩く』

人間は...」


「『第五肢』を使って

『特殊効果』を使う。」


「...そういうこと。

特殊効果を実行すると仮定された肉体の一部、それが『第五肢』だ。」


「なるほど、だが『第五肢』。

それは本当に存在するのか?

目にも見えないのに?」


「見えるか見えないかは重要じゃない。

また、存在するか存在しないかも重要じゃない。

あると仮定すれば特殊効果を考える時に便利だってだけだからな。

虚数みたいなもんだ。」


「ミオ、何してるの?」


「うわっ!!」


見ると背後には鹿島ミカが居た。


俺は野太い悲鳴を誤魔化す様に少し声高にミカに応えた。


「ああ、ミカ。私、今日の社会の授業で分からないとこあったから、聞きに来たの。」


「そうそう。その通りじゃ。

あまりもそうじゃ。」


黙ってろジジイ!


「ふーん。そうなんだ。

それで?もう用事は終わった?」


俺はじいさんを一瞥すると、これ以上長居して詮索されるのもマズいと考え、

「うん、終わったよ」と答えた。


それならば一緒に帰ろうと誘われ、仕方なくその通りにした。






……………






困った。

この女とは帰り道が被っているらしい。

ミオがこの女と友情を育んだ時間が容易に想像できる。


「ねぇミオ、何か私に隠したりしてない?」


鹿島がそう尋ねた。

マズい。この女、俺を疑っているな。


「え、何?なんのこと?」


俺はこう答えるしかない。


しかし、鹿島は俺を尋問して何を得たいんだ?

やはりジュセロの手先として俺を引き戻したいということか?


ジュセロの行動には三つの区分がある。

ホワイト、グレー、ブラックだ。

ホワイトは法律上全く問題のない行動。

グレーは法律上でギリギリの行動。

ブラックは法律上でアウトの行動。


俺はそのうちのグレーな行為でジュセロに軟禁された。

俺が軟禁されていたのは中学三年生の後期の数ヶ月だが、それはジュセロ側が勝手に提示した研修期間という名目だった。

表向きには俺の能力を見て中学生であるにも拘らず、ジュセロ側が引き抜いたということになっている。


表向きはホワイトな行動に見せるため、俺は数ヶ月不登校の状態であったが、公欠扱いになり、高校受験にも合格することが出来た。

(ジュセロ内の教育機関で年相応の授業は受けさせられた。)


「だって、ミオって中学時代のこととかあんま喋らないし、まだ私に喋ってない秘密とか有るんじゃない?」


「いや、中学はあんま楽しくなかったし、友達もそんな居なかったからさ...」


俺は咄嗟にこう嘘をついた。

本田タダヨシと中原ミオには以前の記憶と現在の記憶との繋がりの乖離に疑問を持たないように能力が掛けられている。


ジュセロの工作員の行ったことで能力の詳細は分からないが、そうでも無いと説明ができない状態に彼らはあるのだ。


だからそれに合わせてミオの言いそうなセリフを考えなければ。


「あ、そうだ!さっきの一万円ちょうだい!」


「え?なんのこと?」


突然どうしたんだ?一万円?

借りた記憶ならばないが...


「だーかーら、さっきのブレスレットの代金だよ!」


え、プレゼントじゃなかったのか?

金とんのかよ...結構がめついなコイツ。


俺のその様な面持ちが表情に現れてしまったのか、鹿島は慌ててこう言った。


「いや、私はプレゼントだからお金なんていらないって言ったのに、ミオがそういう訳にはいかないって言ったんでしょ?

別に気が変わったのなら良いんだけど...」


ミオがそう言ったのか...

ならば仕方がない。俺はそう思い、財布を開いた。


あれ、一昨日には財布の中に二万円が入っていたのを確認したのに、今は一万円に減ってしまっている。

ミオ...どこで無駄遣いしたんだあの野郎。


まあいいと思い直し、俺はなるべく笑顔で引き抜いた一万円を鹿島に渡した。


「はい一万円。プレゼントありがとう。」


「いや、こちらこそ。」






―――――

春日井トオル

【効果名:ソウル・セーブ】


使用条件:

ゲームのカセットを任意の対象に突き刺す


効果:

魂をカセットに保存する。

―――――






「は?なんだこれ...」


鹿島の目の前にはゲームのテキストウィンドウのようなものが表示され、俺の能力の詳細が書き記されていた。



「...やっぱり。

貴方誰?ミオじゃないよね。」


「え、いや、その。」


マズい。そうか、コイツは情報開示系能力者だった。なんでこんな簡単なトラップに引っかかったんだ。


「昨日、貴方に使った時は間違いなくミオの能力が表示されてた。でも今は違う。

なんで?春日井トオルって誰よ!?」


どうしようもない難詰に、俺はもう誤魔化すことは出来なかった。


「そ、そうだよ。

俺はミオじゃない。なぜ分かった?」


俺は自然と鹿島との間に距離を開けていた。


「ずっと怪しかった。

私のことを異性として見てたり、親友として見てたり...反応がいつも違った。

それにさっき、貴方は池井戸先生の前で『私』と言った。ミオは私以外の前では絶対に『私』なんて言わない。誤魔化して『僕』と言うはず。」


しまった。ジュセロのメンバーだと言うのに、俺はコイツに対して明らかに油断していた。


「ふーん。まさか俺の事を俺以上に知ってるなんて、そこまで鹿島とミオの仲がいいなんて思わなかったよ。」


俺は取り繕ったような笑みを浮かべて、なるべく相手に緊張を気取られないように気をつけた。


「それで?俺の秘密を暴露してどうしたいんだ?」


「...私は今ジュセロで研修を受けてる。

そこで色々良くない噂も聞いてる。その真偽を知りたいの。

S-CRUD計画ってなんなの!?」


そうか、俺がジュセロにいたのは中学時代だが、コイツは最近ジュセロに入ったばかりであまり情報を得ていないのか。

しかしS-CRUD計画の内容を俺に聞くのか?

この反応から見て、鹿島はジュセロに与していないのか?


「さぁ、知らないね。は。」


俺は左手のリストバンドの下に右手の指を這わせ、Slot:2のカセットを押し込んだ。

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