S-CRUD計画
「ここか?駄能力研究部ってのは?」
見ると、見知った少年がいた。
いや、正確には見かけたことがある程度だった。
手首にリストバンドを付けており、細身ながら活発的な印象だ。
「そう...だけど。
もしかして、能力についての相談?」
俺がそう答えると、彼は頷くと共に、部室の場所が分かりずらいという旨の愚痴を零しつつ、こちらに近づいた。
……………
彼の話はあまりにも突飛な話で、俺たちは唖然とした。仮に彼の話が本当だとしても、このただの放課後おしゃべりクラブにその話をするのは、どう考えても不自然な状況だった。
陰謀論を語るオカルト研の回し者か?
はたまた手の込んだ冷やかしか?
その様にも考えたが、彼の語る口調は流暢なもので、話を遮って彼の口を止めることは、どうも無粋な気がしてできなかった。
「能力の...量産?」
彼の発した言葉の衝撃で、俺はついその言葉を復唱した。
「そうだ。
お前らの知ってる...
いや、別のクラスだから知らないか。
本田タダヨシって奴が中心人物だ。
いや、俺のことなんだけど。」
「待て待て待て、全く意味がわかんねぇんだけど!」
羽柴も声を荒らげて混乱している。
「僕もクラスは違うけど、存在は知っている。
なんだか地味な生徒だけど、たまに女っぽかったり、物忘れが激しかったりで、ちょっと浮いてたとか聞いたな。
本人を前に気が引けるが...」
コウジがメガネを押し上げながら言った。
「別にいいよ。
それも俺の能力のせいだしな。」
「だーかーらー!それを早く説明しろっての!」
業を煮やした羽柴が再び声を荒らげた。
「わーかった。わかった。」と彼は羽柴をなだめた。
「まず、俺の名前は春日井トオル。
能力は...」
羽柴は急に吹き出して、半笑いのまま訂正した。
「おいおい、違うぞ?お前の名前は本田タダヨシな?自分の名前も忘れちまうなんて...ククク」
「...ちょっと黙っててくれ」
「なんだと!!」
勝手に怒る羽柴に彼は近づき、春日井と名乗る彼は、胸ポケットから四角い何かを引き抜いた。
あれは...ゲームのカセット?
俺もよく遊んでいたDMのソフトのカセットだ。
表情ひとつ崩さぬ彼の、その場違いな雰囲気が少し滑稽で、少し不気味でもあった。
彼は羽柴の手首を掴んで自身の胸元に手繰り寄せると、「ふっ」とカセットに息を吹き込んで、そのまま羽柴の手首に突き刺した。
彼は、羽柴がその驚きを言語化する前にカセットを再び押し込み、カシャッとバネの音と共にカセットを引き抜いた。
そして同時に羽柴はガタリ!と頭から床に崩れ落ちた。まるでマリオネットが糸を切られた様だった。
「は、羽柴!大丈夫か!!
何してんだお前!!」
思わず俺は声を荒らげた。
駆け寄って羽柴の手首を見ると、『Slot:1』の表記とともに大きなスリットが深く刻まれていた。
「大丈夫だっての。
頭打ったのは大丈夫じゃないかもだけど。」
彼は今しがた、羽柴から引き抜いたゲームのカセットを見せつけた。
「俺の特殊効果は【ソウル・セーブ】。
対象にゲームのカセットを突き刺すことで、そいつの意識をカセットに保存できる。」
「カセットに...意識を保存...?」
「そう、正にゲームデータをセーブするみたいにな。」
な、なるほど...あまりにも突飛なことが起こったので動揺したが、つまりこういうことか。
「またカセットを刺せば、意識が戻る。」
「そういうこと。」
言う間に彼は羽柴の腕を引き寄せ、再びカセットを挿入した。
すると羽柴は「ハッ!」と声をあげて大手を振りながら、寝ていた体を仰け反らせた。
「ハァ...ハァ...お前、何をした...う、痛って」
羽柴は床に頭突きした頭を摩っている。
「俺の能力【ソウル・セーブ】でお前の意識を抜き取った。で、返した。」
「てめぇ!勝手に!!」
「まぁまぁ、許してよ。
カセットは魂が具現化した存在じゃない。
言わばカセットに魂をカット&ペーストした状態だ。
つまり、俺は人の魂を抜き出すのにわざわざゲームのカセットを買って予め用意しなきゃならないわけ。
だから、お前にカセットを突き刺してロード状態にしたままだと、俺の手元にはもう戻ってこないわけ。
わかる?
俺はお前にゲームのカセットをプレゼントしたも同然。
お前のはBOOK・OTSUで買った300円のソフトだけど。」
「てめぇ!やっぱりおちょくってんのかッ!!」
まったく...コイツらだけで話していては、どうも話が先に進まない。
「いいから、話を進めてくれ」
俺の言葉に両者は少し落ち着いた様だ。
「まぁ、話を戻すと、俺の能力【ソウル・セーブ】はカセットに魂を移植できる。
今、そこの金髪クンにやった様にね。」
「羽柴だ。」
「...羽柴クンにやった様に。」
一息置いて彼は続けた。
「当たり前だが、今羽柴に出来たスロットは『1つ』だ。だってそうだろう?
意識なんて普通、1人に1つだ。」
「ん?それがどうしたんだよ。」
当然の言葉に当然の疑問を返した羽柴に、彼は自身のリストバンド捲ってその下を見せた。
「で、それを自分にやったらこうなった。」
彼の手首には4つの切り傷のようなスリットが刻まれていた。
羽柴のものと同じ様に、スリットの内部だけがまるでゲーム機のスロットの様で、機械的なディティールを垣間見せる。
しかし、羽柴と違うのは、刻まれた印字が『Slot:1』から『Slot:4』まであった事だ。
「スロットが4つ...?まさか...」
「あぁ。俺は多重人格だ。」
「な、なに...!?」
これまた突飛な発言だが、確かにそれならば今までの事柄に説明がつく。
本田の時折見せる女っぽさも、恐らく他の人格に女がいたからだ。
物忘れが激しかったのも、他の人格と入れ替わっている間は意識が無いからか?
「なるほど、つまり君の他の人格が本田君だったってことかい?」
「いや、それは違う。」
違う...?
どういう事だ。多重人格者ではあるが、本田はその内の人格では無い?
「ま、それがジュセロが俺に目をつけた理由だな。」
彼は少し勿体ぶったように俺たちの目を見た。
「なぁ、『
S-CRUD計画?
国の進めるプロジェクトか何かだろうか。
俺は思わず博識なコウジに目を配らせたが、コウジも思い当たらない様子だった。
「
「お、知ってんだ。その通り。S-CRUDってのは造語。
まぁ、その前に俺の身の上でも話させてもらおうかな。」
彼は襟でも正すようにして気を引き締めた様子だ。
「俺って実はちっちゃい頃、親にネグレクトされてたんだよね。知ってる?育児放棄ってやつ。」
語る彼の眼差しには少し怯えのようなものが見えており、羽柴も何も言わなかった。
「毎日の辛い日々、親にも無視され続けて、話す相手のいなかった俺は、いつの間にか自分自身と話すようになっていた。」
多重人格は一種の病気だ。
その様なトラウマが無ければ、人格が自然に発生することなど無いだろう。
つまり、彼もそれなりのトラウマがあったということだ。
「で、餓死寸前の所を児童相談所に保護されて、それでてっきり、このまま孤児院とかに行くのかなぁって思ってたら、ジュセロに送られてた。
アイツら、身寄りのない子供を勝手に情報開示して、欲しい能力者を斡旋してたんだな。
まったく...公の機関がよくやるぜ...」
まさか、ジュセロがそれ程までに非道な連中だったとは...
自身の生活、社会に浸透しているジュセロの規模を思い出して、俺は思わず身震いした。
「で、俺はジュセロの夢、
能力の大量生産を叶える能力者であることが判明してしまった。
俺の能力もそうだが、俺の多重人格という性質が、俺の能力と相性が良すぎた。」
「もしかして、『特殊効果の意識準拠理論』か?」
コウジの言葉に春日井は目を丸くした。
「な、なんでそれを。」
「前に図書館で読んだんだ。
読んだ時は面白い話だってくらいにしか思わなかった。
だが、この部活を始めたこともあって、もう一度あの本を読もうと思って図書館に足を運んだら、もう既にその本は無くなっていた。
それは、ジュセロの検閲が入った後の日だった。
本だけならまだしも、データベースから名前ごと消えていた。
だからずっと記憶にあったんだ。」
「...なるほどな。
ま、『特殊効果の意識準拠理論』ってのは、特殊効果は肉体ではなく、魂に紐付けられているって話だ。
だから...俺は実質この身体に4つの能力を持っていることになる。」
「な、何!4つも!?」
「ああ、しかもジュセロの都合のいい様に調整されてな。」
「調整...?どういう事だ?」
「...先に言ってしまうと、能力の大量生産は俺の身体の能力4つを使って行う。
だが、そんな都合のいい能力が4つ1セットで、1人の身体に宿っているわけが無い。」
「な、まさか!」
「そうだ。俺の能力で無理矢理、人格の交換をさせられた。
元いた俺の半身とも言える人格は、カセットの中に封印されたままか、
それとも、俺のこの身体に無理矢理同居させられた人格の、元々の身体に移し変えられてるかもな。」
「ひ、ひどい...」
今まで黙っていたあんこちゃんも思わず声を上げた。
「つまり、俺の身体には能力の生産に都合のいい能力を持った他人の人格を移植させられた。
スロットは4つだったから、コンピューターの基本能力を参考に、その能力者が選別された。」
「そうか、だから
コウジはそう声を上げた。
「そう。コンピューターの基本能力。
ここではそれが魂の編集作業に置きかわる。
だから、
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