《Slot:2》本田タダヨシの独白
朦朧とする意識の中、目が覚めた。
僕の名前は本田タダヨシ。
どこにでも居る普通の高校一年生だ。
足首には中学のサッカー部の名残でミサンガが付いてるし、手首にはリストバンドだって付けてる。
でも運動部の過酷さから逃げるように、高校生の現在では囲碁将棋部に在籍している。
この様な意志の薄弱さから見ても、僕は自分で自分が普通だと感じる。
いや、下手したら普通以下かな。
でも強いて特徴を挙げるなら、恋に盲目になりがちって所かな。
小学生の頃はカンナちゃんの家族旅行にこっそりついて行ってたし、
中学生の頃はカレンちゃんの自宅周辺のパトロールを日課にしてた。
どれもこれも、今思えば青春って感じだよね。
そして今はと言うと、
実は鹿島さんにゾッコンなんだ。
知ってる?鹿島さん。
僕のクラスの人気者で、うちの学年で知らない人は居ないだろうね。
【スキル画面】っていう特殊効果を持っていて、そのことから皆に能力の情報開示で頼りにされてるんだけど、それだけじゃない人を引き寄せる人柄が、彼女にはあるんだなぁ。
いや、もしかしたらこのことに気づいているのは僕だけかもね。
彼女のことが気になったきっかけは、数日前のこと。
今まであまり面識の無かった僕に、親しげに声をかけてきてくれたことだ。
それまでの僕は、鹿島さんに対しては、やけに笑顔が目立つなぁとか、ショートボブがよく揺れるなぁなんてことくらいしか印象になかった。
僕は僕の事を気にかけてくれる人が好きなんだなあ。
そう改めて思ったよ。
だけどそんな僕に、良くない情報が耳に入ったんだ。
鹿島さんが何やら怪しいバイトをしているらしい、と。
もちろん僕は信じていないが、最近は若者の能力を利用した闇バイトなんかも流行ってるみたいだし、そんな事件にもしも巻き込まれているのならば、僕がその道を正してあげなければならない。
僕は彼女を尾行することにした。
……………
翌日、早速僕は放課後の囲碁将棋部をサボって友人と楽しそうに帰宅の準備をする彼女を横目で見ていた。
そのはにかんだ表情がなんとも愛らしい。
彼女と目が合った。
僕は目を逸らすのが自然か、それとも彼女の奥の景色を見ていたと装うのが自然か悩み、その間彼女の視線から目を離せないでいた。
結局僕が視線を逸らしたのはその1秒あとの事だった。
いや、もしかしたらもっともっと速く目を逸らしていたかのもしれない。しかし、それ程の時間に感じた。
僕の好意が相手に知れているかもしれない。
そんな胸の拍動を誤魔化して机上のシャーペンと消しゴムを凝視していると、いつの間にか8分も経過していた。
彼女はもう教室にはおらず、僕が窓にしれっと近づいて下を覗くと、先程の女子達と先程の笑顔を保ったまま彼女が校門へと歩いているのが見えた。
(まずい。見失う。)
そう思って、僕は急いで筆記用具を鞄に詰めた。
「鹿島の能力ってさ...」
僕はその声に聞き耳を立てた。
「本当にカネ必要なのかな」
僕はその発言に怒りを覚えたが、あまりクラスで悪目立ちはしたくない。
鞄の中の拳を握って誤魔化した。
見なくても分かるが、野球部のチャラチャラした素行の悪い生徒がそう言ったのだ。
ふざけ半分で言っているのは分かっていたが、なにより僕が苛立っていたのは自分自身にだ。
彼だけではなく、僕もかつてそう疑っていたのだ。
彼女の情報開示の能力は本物だろう。
しかし、使用条件の金銭の授受は本当かは分からない。
本当は無償で出来るものをあえて有償にしているのかもしれない。
僕はそれを信じたくなかったが、それを肯定する証拠も、否定する証拠も持ち合わせてはいなかった。
逡巡する僕がハッと気づいて窓を見ると、もう彼女はいなかった。
同行していた女子はその場に居たが、当の本人は用事でも思い出したのか、そそくさと帰ってしまったようだ。
僕は初日から尾行に失敗した。
……………
翌日、今度こそ彼女から目を離すまいと、あくまでも自然な装いで放課後までやり過ごした。
あとは一定の距離を保って彼女の動向を探るだけだ。
昇降口から外履きを下ろしながら外の光を見ると、彼女が昨日の生徒と一緒に談笑している姿が見えた。
僕はあくびでもかきながら、校庭の砂を蹴った。
もう夏が近づいている。
垂れる汗をリストバンドで拭って、その姿を追った。
僕は過去の彼女を思い出す。
大して印象的な女子生徒ではなかった頃の彼女を。
何やら金銭と引き換えに能力の開示を行えるらしく、それを公言するとあっという間に注目の的になった。
大して自分の能力に興味の無い僕は世間的にはかなり珍しい存在のようで、懐に余裕がある訳でもないし、情報を開示する気にはならなかった。
つまり、そんな俗っぽいことで彼女を好いたのではないのだ。
不意に昨日の男子生徒の言葉が反芻する。
過去の彼女はあの様に輝くブレスレットを巻いていただろうか。体育もはばかられるような装飾の革靴を履いていただろうか。
そう逡巡しながら顔を上げると、彼女の姿は再び消えた。
代わりに白地のボディに『JSERO』とラッピングされた車がその場から走り去っていった。
(まさか誘拐か!?)と思い、僕は校門まで駆けた。
消失点へと向かっていく車体を見送って、僕はまた茫然としてしまった。
校門に残っていた鹿島さんの友人の視線に気づき、僕は彼女への尾行を誤魔化す様に口から言葉を吐いた。
「あ、あれ。今のってジュセロの車だよね?
なんで鹿島さんが?」
その友人はクラスメイトだったからか、あまり不審には思わなかった様で僕はホッと胸を撫で下ろした。
「あーあれね。
ミカってあの情報開示の能力があるでしょ?ジュセロからスカウトされたんだよ。
まだ高一なのにエリート街道まっしぐらって感じだよね〜
放課後に研修みたいなのやってるんだって。」
なんだ、そうだったのか....
ジュセロ、ジュセロか。
取り敢えず、怪しいバイトというのは単なる思い過ごしだった様だ。
彼女はまだ高校に入学して数ヶ月なのにも拘らず、もう将来の考えが纏まっているのだろうか。
僕にはまだまだ先のことのように感じる。
それにしてもジュセロか。
ジュセロには悪い噂も聞く。
本当にこのままで大丈夫だろうか。
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