どこでも電話

しばらくトイレの前で待っていた俺達の光景は、学内と言えども不審者感極まりない姿だったかもしれない。


しかしそれが加賀美先輩に話しかける唯一の手段だったので仕方があるまい。


案の定、トイレから出てきた加賀美先輩は怪訝な表情で「えぇ?」と漏らした。

しかし、そんな表情に構う暇など無い。

なにせ俺にはこの先輩こそが『鳴り止まぬ電話』の中心にいる人物だと思えて仕方がないからだ。



「先輩、てのひらを見せて貰ってもいいですか?」


「え、え掌?」



先程一瞬だけ見えた加賀美先輩の掌、そこには謎の数字の羅列があった。

あの並びはもしや...



「これでいい?」

と先輩の差し出された左手には何も記されていなかった。


「あ、あれ。」


俺は消えかけた自信を、何とか図書室で再び話し合うまでに持ち直した。




………




「加賀美先輩、左手じゃなくて右の手です。

あなたさっき掌に何か書かれていませんでした?」


「そ、そう?知らないけど。」


先程はあまりにも予想外の出来事だったので危うく見過ごす所だったが、彼女が先程出したのは左手だった。

俺が見たのは右手だ。

この様な誤魔化す行為こそが彼女をより怪しく見せている。


「単刀直入に言うと、

俺は貴方の特殊効果が『鳴り止まぬ電話』に関与していると考えています。」


「い、いや〜、どうかな...」



図書室には既に俺達以外は誰もいなかった。

司書の先生は例の緊急の用事で外出中らしい。


こんなうだつの上がらない六人衆でも、加賀美先輩は数の多さに気圧されているようだ。



「そ、そうだ!

証拠とか、そういうの無いじゃない?」


「いえ、それはあなたの右の掌に....」


加賀美先輩は俺達に右手をパーにして見せた。

しかし左手と同様、そこには何も書いておらずまっさらだった。


「...ない。」



「いや、隠しても無駄ですよ。」



そう話に割り込んだのは何やらいつもよりクールぶった様子のコウジだった。


「貴方は多分、さっき女子トイレに入った時に手の数字を消したんだ。

恐らくペンか何かで書いたんだろう。」


なるほど。だから石鹸のある水辺が必要だったのか。


「そして今は司書の先生がいない。

貴方は図書委員で知った先生のスケジュールの穴をついてトイレにいったんだ。

誰にもバレないために。」


「いやいやいや、ちょっと手に落書きしちゃったから落としに行っただけだよ!」


「いや、多分あの数字は貴方の能力に関連している。

そしてその能力は『鳴り止まない電話』に関与している。」


するとコウジはスッとその手を先輩の顔にかざした。


「僕の能力【占い】で貴方の特殊効果を開示してもいいんですよ?」


何だと、お前いつからそんな能力になった...!


「え、き、君、情報開示系能力!?」


「その通り、使用条件は『金髪の人間から1000円を貰った時!』

羽柴、金。」


それまでボーッと腕を組んでいた羽柴はいきなりの事に思わず吹き出した。


「え!お、俺!?」


「どうしたんだ?

いつもみたいに、ほら早く。」


「く、クソ、おめー覚えてろよ...」


羽柴は財布から1000円をコウジに差し出し、

その1000円をコウジは財布に詰め込んだ。


「くっくっく。

これで僕の使用条件は整った!」


とコウジは何やら占い師のように深く考えるジェスチャーをし始めた。



「う~ん、貴方の能力は、てのひらの数字に関係していますね。」


「ギ、ギクー!!」



この先輩、ちょろい。



「ふむふむ、そして『鳴り止まない電話』に関係している。」


「な、何故それを!!」



同じ事2回言ってるだけなんだけどな。



「むむ!宝の地図を見つけていますね!」


「そ、そんなことまで!!」



俺がさっき教えたからな。



「く、くそ...情報開示系能力の前では、私の計画も丸見えか...」


「ま、嘘なんですけどね。」


「う、嘘!?し、しまったあああ!」




以前空き巣の才能があると言われた俺だが、それならお前は詐欺師に向いてるんじゃないか?




………




「...それで、

どうして図書室なんかで電話を鳴らしてたんです?」


「そ、それは...」


彼女は先程と同様にウジウジと自白するのを躊躇っているようだ。


「白状しないと、授業を再三妨害してきた事実を校長に密告しますが...?」


とコウジがニタニタと奇妙な笑顔で加賀美先輩に詰め寄った。


「わ、わかったよ!わかったから!」


加賀美先輩は観念したように、とぼとぼと重い口を開き始めた。



「...まず、電話が鳴ってたってのは私の特殊効果のせい。」



先輩は再び、まっ更な右てのひらを差し出した。


すると彼女は差し出した右手をそのまま握り拳にし、左手は彼女のポケットに忍ばせていた『10円玉』をつまんだ。

そして彼女は、握り拳の親指と人差し指が作る隙間にその『10円玉』を押し込んだ。


彼女はコインをてのひらの奥まで押し込み切ると、『10円玉』を握ったままの拳を、俺達の目の前に勢いよく突き出した。


ゆっくりと開かれたその掌には、『10円玉』など欠片も無く、変わりにペンで書かれたような字で『0〜9』までの数字が現れていた。



まるで拳の中で溶けた『10円玉』がてのひらに染み付いたかの様だった。



「な、なんだ?マジック?」



驚く俺の発言を意に介さず、加賀美先輩は言った。



「じゃあ、君の電話番号教えてくれる?」


「え!俺の電話?」


「そうだよ、はやく。」


突然の連絡先の要求に思わず驚いたが、食い下がる彼女に渋々俺は携帯の電話番号を教えた。


「じゃあ廊下出てて」


「今度は廊下ぁ?」


一々行為の意味を尋ねても、時間がかかるだけなのでもう愚直に彼女の声に従うことにして、俺は図書室のドアを引いた。



「よし、行ったね。」



彼女は再び右手を開くと、その数字の跡を指でタップしてなぞった。



『090-8265...』



「ピッポッパ」と音を伴って、彼女の指が先程教えられた電話番号と全く同じ軌跡を辿ると、彼女は右手の小指と親指を立て、それ以外の指を折り曲げた。


彼女はその右手を自身のこめかみに押し当てた。




『プルルルル、プルルルル』




彼女の右手のどこからかコール音がなり始めた。



「はいもしもし?

なんで電話かけたんですか?

もう図書室そっち戻りますよ?」



再びドアを開いた俺は、右手を電話のハンドサインにしてこめかみに押し当てた先輩の姿を見た。


その声は、彼女の口と俺の耳元から同時に聞こえた。



「「これがアタシの『特殊効果』だよ。」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る