ケンカッ兄弟!ケン&カッ!!

ところで、随分前に能力者が徒党を組んで対立し合っているという旨の独白をした気がする。


今までの部活動を見るに、何処で誰が徒党を組んで争っているのだ。

と疑問に思えるほど平々凡々とした部活動を送ってきた訳だが、たった今俺達には駄能力研究部史上最大の困難が立ちはだかっていた。



「ねぇ〜、キミ達ィ、金持ってるよねェ?」



ヤンキーに絡まれていた。



「イヤ、持ってないッス」

「嘘つけ!

さっきそっちの高身長メガネに金チラつかせてただろうが!」



しまった...路上で1万円なんて自慢するんじゃなかった。



とある放課後の帰り、自然と部活の皆とは別れ、最終的に幼馴染のコウジと2人になるのがいつもの帰路だ。


いつもと違うのは新しく出来たショッピングモールに少し寄ってみないかということで、少し違う道を通ったことだ。


その道は悪い噂の蔓延はびこる他校の生徒の通り道でもある。



「アーン?どこ中だァ?てめぇらァ?」



「いや、高校生ですけど...」


「え、君達中学生?」



「...ちゅ、中坊なめてんじゃねぇぞゴラァ!!」


「ひぃいいい!」


まさか現代いまの中学生の心がここまで荒んでいたとは!


金髪のリーゼントが足蹴りをしようと唸りをつけたその瞬間、俺達は急いで来た道を走り返した。



「クソ〜!中学生に背を向けて逃げるなんてッ!!」


「オラ待てぇッ!!

中一なめてんじゃねぇぞゴラァッ!!」


「中一かよッ!?

まだ小学校卒業して数ヶ月だろ!?」



金髪リーゼントと黒髪スポーツ刈り、2人組の中学生ヤンキーに追い回され、俺達は小学時代の遠足コースだった山の周辺に来てしまった。

辺りには濃い緑の植物が自生し、背の高いコウジも、身をかがめばすっぽりと身を隠せるほどに余裕のある高さがあった。



「オラァッ!出てこい!」


「ケンちゃん、早くアイツらシめようぜ!

俺早く帰ってガムボール戦記見ねぇと」


「ああ、俺も塾だ。」



クソ!茂みに隠れてはいるが、アイツらの声が近づいてくる!



「ククク、どうやら俺のテリトリーに入っちまったみてぇだなぁ...」


何!テリトリー?

なんの事だ?

もしや、あのケンちゃんとかいう黒髪スポーツ刈り、既に自分の特殊効果を知っているのか!?



「俺の能力!

『世界平和を願った時、30秒間だけ植物と会話ができる』!!」



なぁ、どうやったらお前がグレるんだ?



「ふむふむ、なるほど。

ヤツらはそこの茂みの影だ!」


俺達は文字通り、薮をつつかれる形でその場から飛び出した。


「クソ!逃げるぞ!コウジ!」


「ハハ!そうは行くかなァッ!?」


「何!?」



今度は金髪のリーゼントが声を荒らげた。



「俺の能力!

『勉強をした時、頑張った分だけ筋肉がつく』!!」



なぁ、どうやったらお前がグレるんだ?



「...ところでよォ、ケンちゃん。

俺授業でやってた数学でいまいちわかんねぇとこがあんだ。」


「そうか、どこがわからなかった?」


「5-2=3だろ?

でも-5-2=-3にはならねぇんだ。

なんで-7になっちまうんだ?」


「ああ、カッちゃん。それは簡単だ。

地面に数直線を書いて....この真ん中が0だろ?

それでさっき言った5がここだろ?

で、こっちが-5だ。」


「ああ、0の右側がプラスで、左側がマイナスなのか。」


「ああ。そうだ。

それで5-2ってのは、この線の上ではこの5から2個左に移動することなんだ。」


「おお、2個左に移動したら3だ!」


「そうだ。

それで次は-5だが、-5-2ってのはつまり、この-5から左に2個移動するってことなんだ。」


「おお!

2個移動したら-3じゃなくて-7になったぞ!

なるほど!

左に向かって足されていくからマイナス同士は中の数字が足し算になるのか!!」


「そうだ!わかったじゃねぇか!」


「ありがとう、ケンちゃん!

俺、力が湧いてきたぜッ!」





おーい、終わったかー?


するとカッちゃんは俺達に向き直った。


「ハハッ!おめェらも終わりだなッ!

覚悟しろッ!」


「トウッ!」とカッちゃんは地面を蹴ると俺達に物凄いスピードで接近した。


「は、速!」


カッちゃんはそのリーゼントを揺らしながら、その一歩一歩を大きく、しかし素早く踏み込んでこちらに近づいてくる。


このスピードでは明らかに逃げようがない。

クソ、どうすれば!!



「痛てぇッ!」

するとカッちゃんは俺達に辿り着く直前で盛大にコケてその場に這いつくばった。

その金髪のリーゼントは地面にぶつかってあらぬ方向へひしゃげていた。


「カッ、カッちゃん、大丈夫か!」



何が何だかわからなかったが、どうやら自分の能力で強化した脚が速すぎて、足をすくわれたらしい。



「よ、よし今だ!街のほうに引き返そう!」


コウジのその言葉に続けて俺は叫んだ。


「ハハハハ!お前らの弱点、それは友達を見捨てられないことだ!」


「くっくそォ...!」




………




「よ、よしここまで来れば、もう安全だろう。」


俺達は結局、本来の目的地であるショピングモールへと近づいていた。

人通りが多ければヤツらも巻けると考えたのだ。


「はぁ、はぁ喉乾いた。」


コウジと俺は近くにあった自販機で炭酸飲料を買った。


「やっと休めるぞ...」


俺は「プシッ!」とプルタブを開いて、缶に口をつけ安堵した。


その瞬間だった。



「ハハ!見つけたぜ!」



「な、何!?」


金髪のリーゼントと黒髪のスポーツ刈りが再度、俺達の前に現れた。


何故だ...

カッちゃんは先程の転倒で身体は負傷していたはず、それに植物の声が聞こえるだけのケンちゃんはこの速さで移動できないはず...



「ククク、何故この速さで辿り着けたのか...そう考えているな?

俺達『ケンカッ』兄弟はだから最強なんだ!

『ケンカッ』だぜ?『喧嘩ケンカ』に『ちっちゃいツ』がついてるんだぜ!?」


「そうだぜ!

ちなみに兄弟ってのはさかずきを交わした的なアレだから、実の兄弟とかでは無いぜ!?」


クソ...

コイツらの要らないディティールがどんどん深掘られていく...



「カッちゃんが俺を背負い、俺が植物から知った情報を教えていく...

するとどうだ?

植物しか知らない情報を学んだカッちゃんはどんどん筋肉が回復していく。


後は走りながら俺が植物の声を聞いて、お前たちの跡をつければ...

ククク...この通りだ!」


グッ!

というか何で俺達なんだよ!!

もう他の奴でいいだろ!


「さぁ、観念して金を出せば、許してやらねぇこともないぜ?」


ク、クソ!

もう土下座で1万円札を差し出すしかないのか...?



「フ、ちょっと待ちなよ。

まだ僕達の能力を君達は知らないんじゃないのかい?」


コウジはいつもの冷静さを取り戻し、メガネをクイッと上げた。

おいおい、お前ゴミをゴミ箱に入れられるだけだろ...



「...神楽まで疑っているのか?

僕だって、あの部活の時間を無駄に使ってた訳じゃあないんだぜ?」


「な、何!?

まさか、お前も能力が発展したのか...!」


「フ、その通りさ...」


そう言うとコウジは自販機の横の、金属の網で出来た大きなゴミ箱に「ガシャンッ」と音を立てて腕を突っ込んだ。

そこから引っ張り出したのは、コーヒーの空き缶だった。



「そ、その空き缶で何をするつもりだッ!」


「フフフ、まあ見てろよ...」


コウジはその缶を勢いを付けてスポーツ刈りのケンちゃんに向かって投げつけた。


「う、うお!!」


咄嗟に防御しようとするケンちゃんだったが、その空き缶はその軌道を大きく変えてこちらに戻り、元のゴミ箱に『ガッチャン!』と派手な音を立てて突っ込んだ。



「僕の能力は、

『放ったゴミを必ずゴミ箱に入れられる』能力さ!」



それを聞いてケンちゃんとカッちゃんは静かに笑い出した。


「ク、ククク...何をするかと思えば!

そんなクソ能力で!俺達の最強の能力に勝てるとでも思ったのかッ!!」



「おいおい、まだ話は終わってないぜ?

もしもゴミ箱が、君のポケットに入っていたとしたら...どうなると思う?」


コウジはケンちゃんではなく、カッちゃんを指さして言った。


「ポ、ポケットだ...?

そういやコケたどさくさに、身体に触られてたような...」


カッちゃんは自身の身体のポケットに順に指を入れ始め、それがズボンのポケットに辿り着こうとしたその時だった。



「待て!

それ以上、動くと...『撃つ』ぞ?」


「な、なんだ?

ま、まさかテメェ!

あの時、俺のケツポケに...!」


コウジは「フ!」と笑うと、自身の胸元から何かの紙をスっと抜いた。


それはよく見ると折り紙だった。

いや、ただの折り紙では無い。

小さい頃によく流行っていた、『ゴミ箱』の形をした折り紙だ。


「薄いから気が付かなかっただろう?

それで...だ。

この缶を、そのゴミ箱に向かって投げたら、どうなると思う?」



「ど、どうなるってまさか...!」


この場の全員の視線がカッちゃんの股間に集中した。



「き、キンタマか!?」


「フハハハ、そうさ!」


「こ、こんなもの!俺の筋肉の速さで取り除いて!」


「だったら試してみればいいじゃないか!

君の筋肉が速いか、僕の投球が速いか...」


「ぐ、く...」



その場の全員が硬直した。

空気が凍てついたようにそのまま誰も動かず、ショッピングモールに向かうカップル達は俺達を横目に怪訝な表情で通り過ぎていった。



「神楽、まだ不完全だ。

お前の能力ちからを貸してくれ」


コウジは小さな声で俺に囁いた。

その内容を聞いた俺は思わず口にした。


「ダメだ!コウジ!それは...!」


その瞬間を見逃さず、カッちゃんは勢いよく自分の尻のポケットに指を入れた。


「うおおおお!

勝つのは俺のスピードだァァァァァ!!!」


カッちゃんの指はポケットの中から、色とりどりな折り紙をばら撒き、それらはヒラヒラと空中に舞った。


「な、何!?」


「ハッ!誰が『ひとつ』だけだと言った!

まだそのポケットに残ってるかもなぁ!!」


コウジは勢いよく唸りをつけ、股間に目掛けて缶を投げつけた。



「は!馬鹿はそっちだろうが!」



カッちゃんは目にも止まらぬ速さで自身の股間を抑えた。


「何処に球が飛んでくるのかわかってりゃあ、最初からそこを抑えていればいいだけ...」


しかし、言う間にカッちゃんは気づいた。

その缶が自分の股間ではなく、ケンちゃんの股間に向けて放たれていたものだと。



「な、何!?」


カッちゃんは思わず自分の股間から両手を離し、その缶を掴もうとした。

缶がカッちゃんの指に絡めとられる、その刹那。



《カタヒラレイコ》



缶のプルタブは誰に触れられることも無く「プシッ!」と音を立てて沈み、代わりに中から白い泡が勢いよく飛び出した。


炭酸の勢いに押された缶はカッちゃんの指を通り過ぎて、ケンちゃんの股間に向かった。



「...し、しまった!」


「大丈夫だぜ?カッちゃん。」


「何!?」


見るとケンちゃんは自分の股間を両手でギュッと抑えている。

カッちゃんの股間へと向けられていた脅威から連想し、本能的に自身の股間を守っていたというのか!


「クソッ!」


だからダメだと言ったんだ!コウジ!

先程から抜けた印象のカッちゃんならともかく、俺にはあのケンちゃんが油断して自分の股間への注意を疎かにするとは思えなかった。


こうしている間にも、コウジの放った炭酸はケンちゃんの拳に近づいていき、カッちゃんは先程の笑みと余裕を取り戻していた。

俺は思わず叫んだ。


「ダメだ!ぶつかる!!」



「助かったよ、神楽。」


どういう意味だ?

と逡巡する暇もなく、炭酸を吹き出す缶は大きくぐりんと軌道を変え、手を伸ばしてケンちゃんを守ろうとしていたカッちゃんの無防備な股間に勢いよく突進した。



「な、な、ナンダトォオオオオオオオオ!!!!!!!!」



遂にその缶はカッちゃんの股間に押し込まれた。

缶はポケットのある方向に誘引され、真正面ではなく、尖った飲み口の角から股間に突き刺さった。



「うおおおおおおおおおお!!!!」



カッちゃんはバタリと炭酸のように泡を吐いて倒れた。



「さぁ、また勉強して筋肉を回復させるか?

そんな部分に筋肉があれば...な?」



「そ、そんな...

カッちゃんのキンちゃんがッ!!

おい起きてくれよ!カッちゃん!!」



その様子を見てコウジは満足そうに高笑いした。


「フフフフ、ハーハッハッハッ!!!

カッちゃんのキンちゃんのように、ケンちゃんのキンちゃんもガッチャンしてやろうか?」


「ひ、ひいいいい!!!!

に、逃げるぞ!カッちゃん!!」


辺りはすっかり暗くなっており、戦いに勝利したコウジは気持ちよさそうに冷たい空気を吸った。


「そっちが合体技なら、こっちも合体技だ。」




………




これが『徒党』だ。

規模や、善悪の大小はあれど、この様に自分の能力を利用する集団は今時珍しくもないし、この様に争いが起きる事も珍しくは無い。



こうしてケンカッ兄弟は俺達から離れていき、2人が見えなくなったところで、ようやく俺は安堵してコウジに口を開いた。


「はぁ〜、何とかなったな。

...それにしてもお前、どうやって最後に缶の軌道を変えたんだ?

俺は無理だと思って止めようとしてたんだぞ?」


「あぁ、あの時、炭酸を飲んだのがお前だけでよかったよ。」


とコウジはカッちゃんにダイレクトアタックした缶を拾いながら言った。



「僕はカッちゃんに攻撃をしたと見せ掛け、ケンちゃんに攻撃を仕掛けた。

そこでお前が開封能力で缶に勢いをつけた。」


「ああ、そこは理解できる。

でもお前の能力は『ゴミ』をゴミ箱に入れる能力だ。

『飲み物』をゴミ箱に入れられるわけじゃない。

いや...まさか、お前!」


「そうさ、お前も最初に見ただろ。

空き缶はゴミだ。

お前の能力で封が空いた缶は『ゴミ』になったんだ。

だから今度は僕が能力を発動して、カッちゃんに缶の向きを変えたんだ。」


「な、なるほど...

そういうことだったのか...」


しかし、この短い期間にそんなに先の事まで考えていたとは、やはりコイツは頭のキレるやつだ。



コウジは手に持った空き缶を勢いよく、夜空に向かって投げた。


高く昇った空き缶は中に残した炭酸でアーチを描き、『ガッチャン』と派手な音を鳴らしてゴミ箱に突っ込んだ。

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