最終話 最後のピース
ラスト1 ペンを求めて
「つまらん」
「相変わらず、キャラに自然さがない」
「女の子が可愛くない」
お茶くみとして同席していたさくらの方が心が痛んでしまうような酷評の数々。しかし、当の
「だろうな。毎日、描いていてもそうだったんだ。久しぶりに描いた作品で改善されているはずがない」
どこか、他人事のような突き放した印象なのは自分の限界を見極め、『
地球進化史上最強の知性。
絶対の自信をもっていい知性と才能を持ち合わせていることは重々、承知しているが、出来ないこと、欠けているものもきちんとわきまえている。だからこそ、あきらたちの酷評にも一切、動じることなく受けとめることが出来る。
その居間。
同僚である
担当編集だった
姉であり、
その三人を相手に久々に描いた新作の試し読みをしてもらったときのことだった。
「はっきり言って、これでは売れんぞ」
あきらがためらいなく言いきった。
一切の容赦のないその批評は『プロがプロに』行うものである以上、ごく当たり前のものだった。
「どうするのよ、
「それが問題だ」
姉の言葉に――。
「お前の言うとおり、売れなければ広まらないし、広まらなければ影響力は得られない。
「さくらのおかげでな。感謝している。ありがとう」
いきなり言われて、さくらは思わず
思いは言葉にして伝えなければ伝わらない。
常に理解し、理解されようとしなければ理解し合うことなど出来ない。
それが、
「しかし、あとひとり、おれのペンになってくれる人間が見つからない……」
「ご、ごめんなさい……!」
さくらは反射的にそう叫んでいた。
「うちの学校、漫研とかないし、マンガを描ける人となると、どこでどう探せばいいのかわからなくて……」
「謝ることはない」
本人としてはきちんと慰めているつもりなのだが、意識しないと優しさよりも素っ気なさが強く出てしまうあたりが、
「お前ひとりに全部できるなんて思っていない。お前はすでに何人もの協力者を連れてきてくれた。言ったように、そのことに感謝している。もう充分なことをしてくれている。胸を張っていればいい」
「う、うん……」
そうは言われたものの――。
「あたしも、いろいろと当たってはいるんだけど……」
「やっぱり、あんた、ネームバリューないから。あんたの原作を描きたいって言うマンガ家いなくって……」
ヒロは申し訳なさそうな表情と口調で言った。
『プロとプロ』とは言え、こんなことを面と向かって言うのはやはり、気が引ける。とくにヒロは、まだ入社二年目の若手だけになおさらだ。もう何年も、マンガ界という百鬼夜行の世界で生き抜いてきた
「まあ、当然だな」
かつての担当編集の言葉に
「もともと、ほとんど売れていなかった上に、いまでは連載打ち切り食らって失業中。そんな『元』マンガ家の原作なんて誰も描きたがるわけがない」
「しかし……」と、あきら。
「お前の原作を描くと言うことは、我らがクリエイターズカフェの店員になると言うことだ。作品を描くことで店から給料をもらえる。マンガを描いて食っていけるようになるんだ。その立場を欲しがる人間は多いはずだが……」
「その立場目当てに来るやつではあてにならんだろう。おれの原作は適当にこなして、給料もらって、自分の作品を熱心に描くのがオチだと思うぞ。それでは意味がない。おれのアイディア……と言うより、理念に本気で共感し、広めようとするだけの熱意がなければな」
「それはやっぱり、不可能な気が……」
ヒロが溜め息をついた。
「あんたって無駄にスケール大きいから、たいていの人間はついていけないと思うし……」
ヒロは、
「確かにな。おれの発想は時代も、世間の常識も、はるかにぶっちぎっている。ついてこられるやつの方がめずらしい」
「そういうこと」
ヒロは重ねて溜め息をついた。
「あたしがやれればいいんだけど……」
と、
「あたしはアシスタントとして絵を描くことは出来るけど、話が作れるわけじゃないしねえ」
「できることなら、わたしがやりたいところなのだが……」
あきらが腕組みしてむずかしい表情になった。
「お前は自分のマンガがあるだろ」
「『
「それはそうなのだが……」
「それに、
「そうなのよねえ」
と、
「誰かさんのおかげで仕事がメチャクチャ不規則だから、よけい、他のことをしている余裕ないのよねえ」
「世の中には他人の迷惑を
あきらが腕組みして『うんうん』とうなずく。自分こそがその『誰かさん』だという自覚はまったくない、あきらであった。
「とにかく、おれのペンとなってくれる人間が見つからない以上、他の方法を考えるしかない」
「なにか方法を見つけるさ。問題解決がおれの役割だからな」
さくらは自分の席に座ったまま、生徒手帳をじっと眺めている。
生徒手帳には
「漫研って意外とマイナーなの?」
さくらは小さく呟いた。マンガとはほぼ縁のない優等生人生を送ってきたさくらである。そんなことがわかるはずもない。
「でも、
マンガはいまや日本における数少ない有力輸出商品。『世界を目指す』と言うからには外せないコンテンツのはずだった。
「他に、マンガを描ける人なんてどこで探せばいいかわからないし、大体、そんなことはヒロさんがやっているわけだし……あたしに出来ればいいんだけど、いまさら、絵の練習なんてしたって無駄だよねえ」
絵を描くなんて美術の授業ぐらいでしかやったことはない。しかも、決してうまくはなかった。仮に、練習して絵が描けるようになったとしても『マンガを』描けるようになるかはまったく別の話。素人がちょっと練習したぐらいで世間受けするマンガを描けるようになるなら
――そもそも、あたしの役目は兄さんが必要とする人材を紹介することで、あたし自身がその人材になることじゃないわけだし。
「なになに、さくらちゃん。マンガがどうかした?」
突然、ジャーナリスト志望の校内スピーカー
さくらはその勢いに思わず仰け反った。
――まあ、『○○のテーマ』とかと一緒に登場されても困るけど。
さくらは思ったが、この際は
「実は……」
さくらは事情を説明した。
「あ~、あのお兄さんね。マンガ家をクビになった」
「クビって……連載が終わっただけでクビになったわけでは」
「打ち切りになったんだから、クビってことでしょ」
さすが、
さくらとしてもうなずかざるを得ない。
「……まあ、そうなんだけど」
「そして、自分にかわって、自分のアイディアを世に広めることが出来るペンたるべき人材を探していると」
「そう」
「そう言うことなら早くあたしに相談してくれなくちゃ!」
「あてがあるの⁉」
ふっふ~ん、と、
「名うての校内スピーカー、この
「実は?」
「いるらしいのよ、美術部に」
「美術部?」
「そそ。まあ、『部』って言っても部員はひとりしかいなくて廃部寸前なんだけどね。そのひとりって言うのがマンガを描くらしいのよ。試しに訪ねてみたら?」
そして、放課後――。
さくらは
閉めきられたドアの外からなかに人がいるかどうかをそっとうかがう。なにやら、イケナイコトをしているような気分になってくる。
そっとドアを開けた。
そこには、たしかにひとりの部員らしき生徒がいた。
驚くほどに可愛く、愛らしい少年だった。
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