ラスト2 ファンなんだ
「誰?」
さくらがドアの隙間からのぞき込んでいることに気がついた生徒が
中性的な顔立ちと短く整えられたスポーティーな髪型、それに、スカートではなくスラックスという服装から一瞬、男子かと思ったが、よく見ればその顔立ちは繊細で、少女特有の柔らかさを帯びている。
なにより、胸。
制服がはち切れんばかりに盛りあがっているその胸のふくらみは、男子とまちがえることなど絶対に出来ないレベルのものだった。
――うわっ、すごい胸。
さくらも思わずそこに視線を集中してしまう。『同性でも目を奪われる胸』など生で見るのははじめてだった。下がスラックスなのは、
――そう言えば、うちの学校って女子の制服はスカートとスラックスの二択だったっけ。
自分はスカートしかもっていないし、まわりの女子も全員スカート姿なので忘れていたが、
セクハラ防止、ユニセックス化への対応なども理由だが、一番の理由は冬場の冷え対策であるらしい。
『冬場、上は着ぶくれするのに、下は生足のまま』という女子中高生の謎の生態に配慮した結果だそうだ。たしかに冬場、ミニスカートをはいて生足など出していたら体が冷えて健康に良いことはない。
「誰? なにか用?」
女子生徒が近づいてきた。
「あ、えっと、その……」
さくらはなんと言っていいのかわからず、奇妙な声を漏らした。とりあえず、怪しまれないようにドアを開いて正面から相対する。
――うわっ。改めてみるとやっぱり、すごい胸。
近くで見るとその迫力に改めて驚かされる。どう見ても顔より胸のふくらみの方が大きい。ついつい、顔より胸に目が行ってしまう。
「………」
そんなさくらを見て――。
女子生徒が一瞬、傷ついたような表情を見せた。
ほんの一瞬だったが、さくらはたしかにその表情を見ていた。
――傷つけちゃったかな。悪いことしたな。
さくらは反省した。
いくら大きいからと言って胸ばかりに注目されては面白くないのはわかる。と言うか、わかる気がする。さくら自身はいたって平均的で、そこまで注目されるほどの巨乳というわけではないので体験したことがあるわけではないが。
女子生徒が傷ついた表情をほんの一瞬で消してもとの無表情に戻ったのも、何度も同じことを繰り返していることを示しているようで気まずかった。
「ええと、その……」
さくらがなにを言っていいかわからずにいると、女子生徒の方から尋ねてきた。
「同じ一年だよね? もしかして、入部希望? 美術部の部員はいまはボクしかいなくて実質、休部状態なんだけど」
「え、いや、そう言うわけじゃないんだけど……」
「じゃあ、なに?」
相手の声が少々、苛立ちを含めたものになっていたとしても責めるわけにはいかないだろう。こっそり覗いていたあげくに、まともに説明も出来ないさくらが悪い。
「えっと、その……美術部にマンガを描いている人がいるって聞いて、それで……」
「ボクのことだよ。いま言ったとおり、美術部の部員はボクしかいないから」
『ボク』と、その女子生徒ははっきり自分のことをそう言った。
――うわっ、ボクっ娘ってやつ? これもはじめて見た。
二次元では定番のキャラだが、さすがにリアルでそうそういるものではない。
マンガやアニメで日本語を覚えた外国人女性のなかにはけっこういるらしいが。そして、日本語講師から『マンガやアニメの口調を真似しないように』と注意されるとか、されないとか……。
それはともかく、ボーイッシュ、巨乳、ボクっ娘とはなかなかの属性の盛りっぷり。
――ボーイッシュで、かわいくて、無表情で、しかも、ボクっ娘。兄さんの好きそうなタイプね。巨乳好きかどうかは知らないけど。
実際、こうして間近に見ると相当な美少女であることがわかる。タイプこそちがうが、ひかるや
「ボクはたしかにマンガを描いているよ。それがどうかした?」
「その……実はあたしの兄がマンガ家なんだけど……」
この場合、『元マンガ家』と言った方がいいのだろうか。いま現在、マンガの仕事がなにひとつないのは事実だし。とは言え、本人が辞めたわけではないから『マンガ家』でいいのだろう、多分。
「えっ?」
突然――。
それまでクールな無表情だった女子生徒の顔が驚きにはじけた。
「君のお兄さん、マンガ家なの⁉」
「えっ? ええ……」
「なんて人⁉ 名前は⁉」
「あ、あんまり売れてないそうだから知らないと思うけど……
さくらはあえて『知らないと思うけど』と前置きしてからその名を告げた。ところが――。
意外なことにその名を聞いた途端、女子生徒の顔に喜びがはじけた。
「
さくらの両肩に手をかけ、ガクガク揺さぶる勢いでそう尋ねてくる。
「あ、う、うん、一応……って言うか、兄さんのこと、知ってるの?」
「知ってるもなにも! ボク、
「そ、そうなんだ……」
――兄さんのファンなんてはじめて見た。
さくらはそう思ったが、
「でも、兄さん、あんまり売れてないって聞いてるけど……」
「……うん」
さくらに言われて――。
女子生徒はさびしさと残念さとがない混ざった表情をして見せた。
「たしかに、あんまり人気はないね。『罪のしきよめ』も打ち切りになっちゃったし。それに……」
「それに?」
「正直、『罪のしきよめ』はあんまり好きじゃないんだ。なんだか、『金を稼ぐためのプロの仕事』って感じがして」
――兄さんが聞いたら観察眼の鋭さに感心しそう。
さくらはそう思った。
『罪のしきよめ』は金を稼ぐためと割り切って描いていた。
「まあ、そのわりには稼げなかったけどな」
とも、付け加えていたが。
「でも……」
と、女子生徒はつづけた。
「『罪のしきよめ』を連載する前の短編はどれも好きなんだ。もっとずっと、むき出しの情熱が感じられて。なんて言うかこう『おれが世界をかえてやる』って言う思いが込められているように感じたんだ。ボクはその思いが大好きだったんだ。いつかまた、そんなマンガに出会えたら。ずっとそう思ってたんだよ」
「そ、そうなんだ……」
――兄さんが聞いたらどう思うだろう。
それは、自分の理念に心から共感し、本気で実現しようと望む人間。
――もしかしたら、この子、その役割にうってつけかも。
これは、引き合わせる価値があるかも知れない。
さくらはそう思い、なんと説明しようかと考えた。がっ――。
「お願い! ボクを
女子生徒の方からそう言ってきた。しかも、すがりつかんばかりの勢いで。
「ボクは
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