ステージ18 空の星 海の星
「すごいよ、なつみちゃん! お客さんたち、まだざわついている」
楽屋に飛び込んできた
ステージ後のディナータイムを家族で楽しみながら、なつみたちの舞について夢中で語る観客たちの姿だった。
「すごかったよ! おとなの人たちだけじゃなくて、小さな子供たちまで『あのお姉ちゃんたちの踊り、すごかった』なんて言ってるの! 『あたしもあんな風に踊ってみたい』なんて言ってる女の子もいたよ」
「そんなことまで聞こえるなんて、どこまで行ったの?」
めずらしく、常にマイペースな
「えっ?、そ、それはその……観客席の方まで」
「観客席? そんなところに行ったら気付かれちゃうでしょう」
と、
「うっ、それがその……」
「あたしってほら……ステージでは印象、薄いから。誰にも気付かれなかった」
ああ~、と、『やっちまった』的な空気が一瞬、楽屋に流れた。
歌も、踊りも、外見も、すべてが平均以下の
「で、でも! なつみちゃんの評判は本当にすごかったんだよ! みんな『感動した』、『泣いた』って、そんなことばっかり言ってたんだから」
「当然よ。なつみが全力で作りあげたステージなんだから」
「この
ブルッ、と、その身が震えた。
「………た」
「えっ?」
「……踊れた。また、またステージに立って……大勢の人の前で……思いきり、踊れた」
そう呟く身が小刻みに震えている。ボロボロと涙がこぼれはじめた。とまらない。とめようともしない。ただただ涙を流し、もう二度とできないと思っていことが出来た喜びに震えている。そんななつみを――。
そんな三人の姿をふぁいからりーふのメンバーたちも黙って見つめている。
そして、
思わず、もらい泣きしていた。
楽屋のなかに声のない時間がしばらく、過ぎた。
コンコン、と、ドアがノックされた。
「
「……あ、どうぞ」
ドアが開き、いつも通り、さくらを連れた
「みんな、ご苦労さま。よくやってくれた。大成功と言っていい出来だ」
とりあえず、そう言ってからなつみに視線を向けた。なつみは相変わらず涙をあぶれさせて放心状態である。
「なつみ」
と、
なつみはようやく気がついたように涙に濡れた顔をあげた。
「取材の申し込みが殺到している。行けるか?」
「……行く」
なつみは小さく言い切った。立ちあがった。顔を洗い、涙の跡を洗い流し、最低限のメイクをして身なりを整える。学生の正装として学校の制服に着替える。そして、
そこにはもう、喜びのあまり放心していた少女の姿はなかった。自分を演出することを知るプロの姿だった。
無数のフラッシュがたかれるなか、なつみは落ち着いた態度で笑顔を浮かべ、記者たちの質問に答えていく。あわてる様子も、戸惑う様子もまったくない。その姿はとても高校一年生とは思えない。むしろ、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきたベテラン女優のような貫禄だった。
「……すごい」
その姿を陰から見つめているさくらが思わず呟いた。『すごい』と、呟いたその口以上にふたつの目が大きく見開かれている。
「あんな大勢の記者に囲まれているのに全然、動じてない。とても、同い年とは思えない態度だわ」
自分ならとてもああはいかないだろう。感心するのすら通り越して、もはや異星人を見ている気分である。
「なつみは慣れているのよ」
「小学生の頃から『天才少女』として、記者に囲まれてきたから」
「小学生で記者に囲まれるって言う時点でとんでもないわよ」
――あたしなんて、小中と親に叱られないよう、優等生を演じるだけで精一杯だったのに。
やっぱり、『選ばれた人間』っているのね。
そう思うさくらであった。ここまで圧倒的な差を見せつけられると嫉妬する気にもなれはしない。ただただ『すごい』と、あきらめを含めて見上げるだけである。
「なつみは幼くして、自分の天分に出会えた幸運なタイプだからな」
その
「ただ『運が良かった』みたいな言い方しないでよ。『天才少女』と呼ばれたのも、記者に囲まれてきたのも、なつみ自身が必死に努力してきた結果なんだから」
「それはわかっている。だが、まさか、『努力さえすれば誰でも同じことが出来る』なんて思っているわけではないだろう?」
「それは……そうだけど」
「衆に優れた天分をもって生まれたこと、その天分を活かせる道に出会えたこと。それはどちらも本人の努力を越えた幸運の結果だ。そのことを忘れ、『すべては努力の結果』なんて思っていたら、
「………」
『言っていることはわかるけど、あんたに説教なんてされたくない』
そう思っている表情だった。
なつみの記者会見を見守っている
「ちょっと、
「出番? なんの? 公演は終わったし、打ち上げの仕切りは
「なに言ってんの⁉ あんたにもインタビューしたいって依頼が殺到してるのよ」
「なんで、おれにインタビューの依頼が来るんだ。おれはただの裏方だぞ。インタビューを受けるべきは現場の人間だろう」
「ああ、もう! いつもいつもそうやって理屈をこねてばっかり! いいからさっさときなさい。お姉さまの命令!」
そう叫ぶ
「な、なによ、その目は……」
「要するに、お前が
「う、うるさいわね……! とにかく、さっさときて。みんな、まっているんだから」
はっ、と、
「まっ、いいだろう。ちょうど、言っておきたいこともあるしな」
「さくら。
「あたしたちも?」
目を丸くするさくらであった。
緊張する。
プレッシャーに押しつぶされる。
やりたくない。
そう思う人間である。しかし、いざその場に立つとなぜか、度胸が据わってしまうタイプでもあった。なので、記者の質問に対しても戸惑うことなく平然と答えていく。
「見事な復活を遂げた
記者のひとりがそう質問した。
「私が声をかけたいのは
「はっ?」
思い掛けない名前に記者は目を丸くしたが、それ以上に目を丸くして驚いたのが陰から聞いていたさくらと
「
記者会見が終わった。
記者たちが去ったあと、
「なんのつもり?」
そう問いかける口調も『喧嘩を売ってる』としか思えないようなものだった。
「なんのつもり、とは?」
「とぼけないで。なんで、わざわざわたしのことを持ち出したの。記者の質問は『なつみになんと声をかけたいか』と言うことでしょう」
「だから、だ」
「どういうこと?」
「事実として、お前の存在なしには今回の成功はあり得なかった。それなのに、誰も彼もがなつみにばかり注目する。それは良い。なつみは世間から注目されるに値するだけのことをした。だがな。主役だけではこの世は成り立たない。脇役も必要だし、裏方だって必要なんだ。それなのに、主役ばかりがもてはやされるのは不公平というものだ。だからこそ、おれは脇役や裏方に目を向ける。主役をもてはやすのは世間に任せておけばいい。それに……」
「それに?」
「実際、お前には感謝している。本当によく
「……本当。さくらの言っていたとおりだわ」
「? さくらがなにを言ったんだ?」
「あんたは卑怯で、メチャクチャ
そのまま振り返りもせずに駆け出していった。
「あいつもけっこう、面倒くさい性格してるな」
あはは、と、さくらは笑って見せた。
「でも、兄さん。あたし、嬉しかった。兄さんはあたしのことをちゃんと認めてくれるんだってわかって」
「当たり前だ。かあらも、
そうされてさくらは――。
心からの喜びの笑顔を浮かべた。
記者会見が終わり、打ち上げとなった。
そして、すべてが終わったあと――。
なつみはひとり、空っぽになったステージに戻ってきていた。そのなつみのもとに
「あ~、やっぱり、ここに居たのね」
「
「ああ、うん。あの歌の作詞作曲をしたのは
「
「なつみ……」
「あたしはずっとエトワールを、空の星を目指してきた。だけど、
「お願いされる筋合いなんてないわ」
それが、
「わたしは、わたし自身のために
その言葉に――。
なつみは破顔した。
「望むところ! あたしだって絶対、負けない。これからはパートナーとして、そして、ライバルとして生きていくことになるわけね」
「うんうん。これぞ青春。いい感じね」
と、熱血大好きの
「ふたりとも、その言葉、忘れるんじゃないわよ。あたしはアイドルとして世界のトップに立つ。グラミー賞を取って、歌の世界での一番になる。だから、あんたたちは必ず
「もちろん!」
「言われるまでもないわ」
このとき――。
三人の少女による誓約がかわされたのだった。
第四話完。
最終話につづく。
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