第四話 空の星 海の星(下)
ステージ13 さくらの憂鬱
それによって、なつみのリハビリは一気に進んだ。さすが、小学校の頃からずっとライバル同士であっただけにお互い、相手の性格もよく知っているし、なにより、動きの癖や特徴もすべてつかんでいる。いちいち口に出して言わなくても
なつみにとって
そうなると、さくらの出る幕がなくなってしまう。
さくらも決して運動能力は低くない。むしろ、良い方だと言える。しかし、それはあくまで『一般高校生としては』という意味。世界を狙おうというダンサーと比べれば足元にも及ばない。とくに、動きに対する勘という点ではなつみの相手になれるはずもない。
いままではなまった体を戻すためのリハビリや、本職ではない水中での動きだったからなんとか相手を務めることも出来た。しかし、それ以上のレベル、本格的なダンスの練習に移るとなるとついていけるはずもない。そのことは
――なつみ。あたしと練習しているときとは全然、動きがちがう。やっぱり、あたしと練習していたときは、あたしに合わせていたわけね。
天才と呼ばれた世界を狙うダンサーと、そんな野心はこれっぽっちももったことのない一般高校生。当たり前すぎるぐらい当たり前の話なのだが、やはり、傷つきはする。
ともかく、
一応、なつみの練習には付き合っているのだが、はじまってから終わるまで壁際でポツンと突っ立っているだけ。それ以外には本当にやることがない。
なつみたちにしてもまだ高校生。さくらの心情を思いやり、気を使うことが出来るほど成熟しているわけではない。なにより、なつみの再起を懸けた挑戦と言うことで他人のことを気遣っている余裕などなかった。
結局、さくらはやることもなく、ひとりポツンと突っ立っているしかなかったのだ。
――あたしはなつみや
そう思えば誰を恨みようもない。とは言え――。
自分がみじめに思えるのはどうしようもなかった。
さくらは家で洗濯機をまわしていた。
朝食前に洗濯をするのがさくらの日課――と言うより、さくらの家での仕事である。食事作りと掃除は
兄とは言え男物の下着にさわるのは最初はさすがに抵抗があったが、いまでは慣れてしまった。
ともかく、さくらは洗濯をしていた。
洗濯しながら溜め息をついた。
――最近、かなり落ち込んでるなあ。
自分でもそう思う。
――これじゃいけないとは思うんだけど。
そう思ってやめられるようなら苦労はない。思っていてもやめられないから困るのだ。
――兄さんは自分の価値を証明するために勉強を重ねてとんでもない能力を身につけた。なつみも、
どうしてもそう
そう思いながら洗濯を済ませ、屋上へと干しに行く。とにかく、いまは洗濯しなくては。これだけがいまの自分の役割と言えることなのだから。
洗濯物を干して一階に降りた。そこではすでに
「……いただきます」
さくらははためにも元気がないとわかる声でそう言うと、ぼそぼそと食べはじめた。
「さくら」と、
「な、なに……?」
と、身をすくませながらさくらが答えた。そんな反応をしてしまうあたりがいまのさくらの心境を物語っていた。
「
「う、うん……」
さくらは怯えたようにうなずいた。
――『役立たずは必要ない』とか言われるわけ?
「なら、ちょうどいい。お前、補助器具と
「モニター?」
「ああ。
「でも、それってなつみ用でしょ? なつみが自分でやらなきゃ意味ないんじゃない?」
「最終的になつみに合わせたオーダーメイド品を作るときはそうする。だが、補助器具にしても、
兄の言葉に――。
「やる」
さくらは迷わず答えていた。
その日の午後からさっそくさくらはモニターとして開発に参加した。
補助器具の装着は開発者である
――やっぱり、プロね。仕事中は真面目で真剣なんだわ。
さくらはそう思って安心した。
――まあ、考えてみれば、そうでなければ兄さんがやらせるわけがないんだけど。
取り付けられた補助器具は強靱なベルトをつなげたもので、動力のないパワーアシストスーツといった印象だった。
「どんな感じだ?」
さくらは補助器具をつけた体を少し動かしてから答えた。
「……なんか、あちこち引っ張られるようで窮屈な感じ」
「当然だ」と、
「強力なベルトで体を引っ張ることで正しい体勢を維持するように作ったものだからな」
「こんな強い力で引っ張る必要あるの?」
その問いに答えたのは
「故障したアスリート相手と言うだけじゃない。体の弱った年寄りのサポート用でもある。そのためだ」
「お年寄りの?」
「そうだ。年をとればどうしても体は弱る。骨はもろくなるし、筋肉は落ちる。そこで、補助器具が必要になる。衰えた筋肉や骨のかわりにベルトを装着することで外側から体を支える。そういう仕組みだ」
「人工の外骨格を取り付けることで体を支える。そういうことだな」と、
「そういうことだ。人間、誰だってできることなら誰の世話にもならずに自分でやっていきたいと思うものだ。トイレや風呂を自力でこなせればそれだけ、自尊心も保てる。自分の存在に自信をもてる」
「そのために動力なしにこだわったわけか」
「そうだ。いくら防水処置をしても電気を使った機械部分がある限り、感電の危険はつきまとう。その危険をなくすためには機械部分をなくすのが一番、確実だ」
「動力なしのアシストスーツとするために強靱なベルトで体を支える、か。しかし、年寄りが転倒しやすいのは筋力の衰えと言うよりも、バランス感覚が衰えることが原因だ。いくら、外骨格をつけてもバランス感覚の衰えはカバーできないぞ」
「その点が問題だな。どうやってバランス感覚の衰えをカバーするか」
「人間が転倒しやすいのは二本脚だからだ。補助的に足をつけることで転倒しにくくすることは出来るだろう」
「しかし、見た目的にどうだ? 人間、格好悪い姿をさらすことには抵抗をもつ。格好良くなければ普及はしない」
「たしかに、見た目は重要だ。では……」
その姿はいかにも『プロ同士の会話』という印象で、まだ高校生の少女であるさくらには刺激的だったし、格好良く思えた。
「ともかく、年寄り相手の補助器具の開発と言うからには全面的に協力する」
――ああ。この人もやっぱり医者として、人のことを気に懸ける気持ちはあるんだ。
さくらはそう思い、ほんの少し――本当にほんの少しだけ――見直した。だが――。
「介護ビジネスは今後どんどん大きくなる。革新的な補助器具を開発したとなればいくらでも稼げるからな」
――やっぱり、そこ⁉
さくらは内心で思わず突っ込んだ。
「そこが重要だ。
やはりプロだけあって――。
『稼ぎ』にはこだわるふたりなのだった。
首から下をすっぽり覆う形で、手足の先も完全に包んでいる。水着と言うより、ほとんど薄手の着ぐるみ。手足の部分はまるで
しかも、大きさにかなり余裕があり『ぶかぶか』と言ってもいいほどだった。
「こんなぶかぶかな水着じゃ泳げないと思うけど……」
「泳ぐための水着じゃない。水中運動用の水着だ。こちらも故障したアスリートや弱った年寄りのためのリハビリ用だからな。体が不自由な人間でも脱ぎ着しやすいように大きさに余裕をもたせてある。体を冷やさないためにも全身を覆っていることが必要だしな。そして、なにより……」
「なにより?」
「大切なのは体の線を見せないことだ。体の線を見せることに抵抗のある人間は多い。その点は、女ならわかるだろう?」
「……わかる」
さくらは真顔でうなずいた。
さくらのプロポーションは平均より明らかに上。どこに出しても恥ずかしくないレベルの、均整の取れたスタイルをしている。とは言え、そこはやはり年頃の女子。体の線が露わになることには抵抗がある。
「と言うわけで、体の線を隠すためにもぶかぶかの水着である必要がある。
「それなら、実際にお年寄りにモニターになってもらった方がいいんじゃないの?」
「いきなり年寄りをモニターにしたら怪我されかねないだろう。まずは、若い人間で調整して、それからターゲットである年寄りに試してもらう」
「なるほど」
ともかく、さくらは自分の役割が出来たことに安心し、モニターとしての役目を熱心にこなした。そのおかげで補助器具と
なつみも
ツアーに出かけている
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