ステージ12 運命の恋
その日、
仮にも学校の生徒を自分たちのビジネスのために活用しようというのだから、学校側ともそれなりの
「我が校としても、怪我で将来を絶たれた生徒が再起できるとなれば、これほど喜ばしい話はない。また、『誰にでも将来への希望を』という
「ありがとうございます。もちろん、まだ学生であることは忘れずに学業に支障のない範囲で計画は進めていきます」
お互い、相手を尊重し、また、相手の立場を理解し合い、協力体制を整える。その上で、当人の再起を図る。
未来の世代の教育を担う学校と言えど営利企業にはちがいない。優れた生徒の存在は大きな宣伝材料であり、新しい生徒を呼び込むための『餌』でもある。その学校側にとっては『世界を狙える天才少女!』が入学してくると思っていたのに怪我で普通の生徒になってしまった、というのは大きな損失であり、落胆。正直、
『こんなことなら、他の生徒を招けばよかった』
と言う思いはある。しかし――。
その生徒が
もちろん、
「動機なぞどうでもいい。やることをやるなら充分だ」
いたっておとなな
お互い、本音に社交辞令をまぶした上での交渉を一時間ほど行い、今後のスケジュールを調整。つつがなく合意にいたり、交渉は終わった。もともと、問題になるのはなつみの出席日数と活動時間――真夜中はダメ――ぐらいなので、
別れの挨拶をすませて廊下に出ると、そこに思い掛けない人物がまっていた。
「おお、
美少女大好きのあきらがここぞとばかりに
美しく、
――外見ばかり問題にしないで。
そう思ったのだろう。
子供の頃から外見偏差値に恵まれ、『きれい』、『かわいい』と言われつづけた女性が外見ばかり褒められることに反発するようになるのはままあることだ。
――見た目ばかりでなく、中身だってあるのよ!
と。
とくに
しがない一般人から見れば『嫌味か!』と言いたくなるぐらい、中身も充実しているのだ。ちなみに、なつみの方はスポーツ万能は同じだが、学業成績は平均的。素行においても悪いわけではもちろんないが、特筆するほどのこともない。バレエをのぞけばわりと『普通』の生徒である。
そんな『中身もすごい』
一〇〇回生まれ変わっても
――中身を見てよ!
と言う思いは人一倍、強い。あきらの大げさな褒め言葉の羅列に腹を立てるのはかの
その思いをはっきり表に出すことなく、かすかに表情をかえる程度に抑えたのはやはり、幼い頃からバレエ界で生きてきた経験の
「なにか用か?」
そのあたりの面倒くささを骨身に染みて知っている
「あなたたち、マンガ家なんでしょう?」
「おお、その通りだ!」
と、あきら。両手を腰に当て、背筋の運動のように反っくり返る。
「大人気マンガ家、マンガ界の命運を担う大黒柱、世界の英雄、『海賊ヴァン!』の作者、
『ふん!』と、鼻息荒くそう語るその姿。本人自身がすでにマンガのキャラクター。そのわかりやすい性格が人気の一因となっている点は否定できない。
「おれは現状、開店休業状態だけどな」
あきらの宣言に比べればなんとも景気の悪い話だが、隠すでもなく、卑下するでもなく、事実は事実として淡々と語るのが
実際、ここ最近、
「マンガ家なのを見込んで頼みがあるの。屋上まで来てくれる?」
学園物では定番のシチュエーションにあきらのテンションは爆上がりである。
「さあ、屋上に来たぞ! 告白なら存分にするがいい。それとも、フリーハグの方か? どちらにしても安心するがいい。我が全力で受けとめてやるぞ」
「バカ」
と、
「マンガ家なら動きを捉えるのは専門家でしょう? わたしの動きを見てほしいの」
「動きを?」
「ええ」
と、
「最近、納得の行く動きができなくて。コーチやまわりの子たちからは問題ないって言われているんだけど、自分ではどうしてもしっくりこなくて。だから、専門家ではない、観客視線の意見がほしいの」
「おお、なるほど。そういうことなら我らはまさに適任だな。バレエには素人だが、動きを捉える目はしっかりある。その意気や良し! いくらでも見てしんぜるぞ」
ノリと勢いだけでバカ殿ぶっているので時々、表現がおかしくなるあきらである。
「おれもかまわない。ただ……」と、
「『ただ……』、なに?」
「いいのか? 男の前でミニスカートで踊って?」
「……体操服に着替えてくる」
バン! と、音を立ててあきらが
「グッジョブ、
「体操服って、なんであんなにそそるんだろうな」
実はスケベ心も普通に持ち合わせている
校舎の屋上を舞台に体操服姿の美少女が思いきり
それは確かにめったに見ることの出来ない演目だった。
空高く飛翔し、回転し、手足が意思あるもののように伸びやかに動く。力強く、ダイナミックで、それでいて女子特有の優美さをいささかも失わない。常にバランスが取れ、無駄な力が加わらず、脱力した状態で手足を動かし、肝心の部分にだけきちんと力を入れる。だからこそ、力強さと美しさを両立させることの出来る動き。素人目にもその技術の高さが知れるダンスだった。
「ほおお」
と、美少女大好きのあきらがそのことを忘れ、純粋にダンスの技術に対して
あきらと
「どう?」
「うむ、素晴らしかったぞ」と、あきら。
「力強くダイナミック。それでいて、美しい。まさに、理想的な舞いであった」
「たしかに。素人目にも技術の高さがわかる。その点に関してはケチの付けようがない」
「……だが」
「ああ、だが……」
あきらと
「感動はない」
はっきりとそう言われ――。
あきらが告げた。
「技術の高さは認める。その点は申し分ない。しかし、それだけだ。言ってみれば絵はうまいがキャラクターの感情を描けないマンガ家のマンガのようなもの。いくら、見た目が良くてもそれでは見るものを感動させることは出来ない」
「機械がプログラムにそって動いているようなものだな。動きそのものは完璧だが、個性がない。演技者としての表現がない。教えられたことを教えられたとおりにやっているだけ。技術の高さはわかっても、ダンサー自身に対する魅力は感じない」
容赦のない批評だが、それもこれも
そう言われて――。
「……さすが、プロね。わたしが感じていたことをズバリ指摘してくるんだから。そう。言われたとおりここ最近、踊ることはできても表現が出来ていなくて。どうにも、もどかしい気がしているの」
「ふむ。これはやはり、アレだろうな。
「アレだな」
あきらと
「アレ?」
「なんのためにバレエをしているのか、と言うことだ」
「なんのために?」
「そうだ。なんのためにバレエを学び、踊っているのか。その点がわからなければ個性も自己表現もあり得ない。いまの君は『バレエをする理由』を見失っているんだろう。その点を思い出してみることだ」
「バレエをする理由……」
――わたしがバレエをする理由。
たしかに、今まで考えたことはなかった。考えなくても自然とやってこれた。なのに、なぜ、それができなくなったのか。
――わたしがバレエをはじめたのは四歳の頃。わたしは別に興味はなかったけど、母さんが習い事をさせたがったから。
最初は嫌でいやで仕方なかった。練習時間になってもふてくされて踊ろうとしないこともめずらしくなかった。教室でも嫌われ、幾つものバレエ教室を転々とした。けれど――。
あるとき、見たのだ。自分と同じ歳の女の子が舞台の上で楽しそうに踊っているのを。
その姿に引き込まれた。
――どうして、あんな風に楽しそうに踊れるの?
そう思った。
――あたしも真面目に練習すれば、あんな風に踊れるようになるのかな?
そのときから真剣にバレエに打ち込むようになった。そして、気が付いてみれば『期待の新星』、『バレエ界の未来を担う逸材』と呼ばれるようになっていた。
そのきっかけとなった同い年の女の子。それが――。
――ああ、そうか。
そのときのことを思い出したとき、やっと、気付いた。
――あのとき……わたしはなつみに恋をしたんだ。
自分がバレエをしてきたのはすべて、なつみを追うためだった。なつみと同じ場所に立ち、なつみと一緒にいるため。いままでできていた自己表現が出来なくなったのは、なつみが自分の前から姿を消したからだった。
「そうか。そういうことね」
――だったら。
やるべきことはひとつだった。
翌日。
そして、
「わたしも
第四話(中)完結
第四話(下)につづく
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