ステージ11 森也vs.雪菜
水泳部の活動が終わったあとの室内プール。『世界を支える逸材の育成』を掲げる
その室内プールで水着に着替えたさくらとなつみ、それに、右手にタッチペン、左手にタブレットをもって取材体勢バッチリの
「それじゃ、今日は……」
なつみが今日のトレーニングの目的と内容を説明しようとした、そのとき――。
「なつみ!」
鋭い声と共に室内プールのドアが開き、『絶世の』と言ってもいいレベルの美少女が現れた。美しさと
いきなりのことに、さくらと
「
「『だったの』じゃないでしょ!」
その女子生徒――
「いったい、こんなところでなにをやっているの⁉ ウィーンでのコンクールにも出なかったし、他のコンクールにも全然、参加していない。学校にもずっときていなかったし、挙げ句の果てに水泳なんて……どういうこと⁉」
あまりにも一方的に責め立てるその態度に、なつみよりもさくらの方が腹を立てた。
――なによ、この子。事情も知らないで!
なつみをかばうようにふたりの間に割って入った。
その横では『未来の大ジャーナリスト』を自認する
さくらは見ず知らずの女子生徒に言い返した。
「誰か知らないけど、いきなりやってきて失礼でしょ。なんのつもり?」
ジロリ、と、
「あなた、誰? 関係ない人は引っ込んでいて」
「関係なくないわよ! あたしは……」
「まって」
互いに
全員の視線がなつみに集中した。なつみは決意を込めた表情で前に進み出た。なつみの方がさくらと
「
「大切なトレーニング? なんで、あなたにとって水泳が大切なトレーニングになるの?」
「だから、それをこれから説明するって言っているんでしょ」
そんなさくらを、なつみは手をあげて制した。
「説明しなくちゃわからないけど、これはあたしがダンスをつづけていくために必要なことなの。トレーニングの邪魔をすることがどういうことか。それがわからないあなたじゃないでしょう。トレーニングが終わったあとにすべて話すからそれまでまっていて」
そう言われて――。
腕組みしてまっすぐに立つその姿が、スレンダーな肢体と美しくも凜々しい表情と相まって見事に堂に入っている。
異世界の美少女女神。
そう言われても納得できそうな姿だ。
「……わかったわ」
納得したわけではないけれど、他人のトレーニングの邪魔はできない。
そう思っている口調だった。
「終わるまでまっているわ。でも、ここで見させてもらうわよ。そのトレーニングとやらがあなたにとって本当に大切なものかどうかをね」
「ありがとう」
なつみはそう答えた。
トレーニングが終わった。
体を冷やさないようシャワーを浴びて、着替えをすませ、それから改めて
なつみと
その姿には決闘に挑む武芸者のような緊張感が漂っていた。
さくらはなつみを守るように隣に寄り添い、
先に口を開いたのは
「さあ。もういいでしょう。すべて説明して」
「ええ」と、なつみはうなずいた。
「その前に紹介しておくわ。さくら。かの
「あ、前に言っていた、あなたとコンクールの優勝を分け合っていたって言う人?」
「そう」
さくらはそう言われて改めて
見れば見るほど完璧な美少女。
この顔を前にしては世の男どもはたちまち『……挨拶できるだけで幸せ』と、自らモブの地位に引きさがることだろう。そうでないのは自信過剰のおれさまキャラだけにちがいない。
スレンダーな体付きに長い手足といういかにもなダンサー体型。それでいて、胸元のメロンはしっかり発達している。まさに、非の打ち所のない美少女振り。神さまがいかにえこひいきするかと言うことをこれほどはっきり示す人物もそうはいない。
これ以上の美少女と言えば、さくらはただひとり、
――ひかるに引き合わせて、自分以上の美少女がちゃんといるってこと、思い知らせてやろうか。
本来、女度を張り合う気などないさくらでさえそう思うほど、嫉妬と敗北感を感じずにはいられない相手だった。
「
「練習相手? 素人が?」
「失礼ね! あたしだって陸上ぐらいやっていたわ。スポーツに関しては素人ってわけじゃないわよ」
「世界を目指していたわけではないでしょう」
「うっ……」
それを言われると一言もない。
中学の三年間、陸上をやっていたとは言え、あくまで優等生を演じるための仮面。身を入れてやっていたわけではないし、そもそも、部自体が初恋相手を探すためにあるような場所だったので『世界』どころか『全国』だって雲に覆われて見えないレベルだった。本気で『世界一』を目指すなつみに比べれば、ほんの素人にはちがいない。
「あたしは
ともかく、それぞれの紹介が終わったので本題に入った。
なつみは事情を説明した。淡々と、声を荒げることなく。感情がないのではないかと思えるほどの静かな話し方。それが逆に感情を必死に押し隠しているのだと感じさせ、胸の内で吹き荒れる感情の渦を知らせている。
感情を表に出し、声を荒げたのは
「
「本当だよ。最初に痛めときにはすぐに治ると思ったけど……結局、あたしの膝はもうバレエには耐えられない。趣味でつづけることぐらいは出来るだろうけど、世界を目指すなんてとうてい無理」
「ちゃんと医者には診せたの⁉ セカンドオピニオンは⁉ ひとりかふたりの医者に診せただけなら誤診もあるかも知れないじゃない!」
「見せたよ!」
なつみの必死に押し隠していた感情が爆発した。
「あたしだってあきらめられなくて何人もの医者にかかった! アメリカの病院にだって行かせてもらった! でも、ダメ。誰にかかっても、あたしの膝はもう治らないって言われた。あたしはもうバレエダンサーにはなれないのよ!」
なつみの感情をむき出しにしたその姿に、
「……ごめん」
感情を一気に吹き出して落ち着いたのだろう。なつみはややうつむき加減に視線をそらすと、短くそう言った。
「……いえ、こちらこそ」
「とにかく、あたしはもうバレエダンサーとして世界を目指すことは出来なくなった。ショックだったよ。もうなにも手につかなかった。そのせいで、学校にも来られなかった。やっとこられるようになったのはごく最近。でも、このさくらのお兄さんと出会って新しい道が開けた」
「お兄さん?」
さくらが説明した。
「
「百姓?」
「『一〇〇の仕事をもつ』って言う意味よ。具体的に言うと、マンガ家兼農家兼カフェ経営者兼アイドルプロデューサー兼地域興し相談役……とにかく、いろいろやっているの。あ、ちなみにあたしと名字がちがうのは『
「その
「
「水舞?」
なつみは水舞について説明した。
「新しい伝統芸能って……バレエをやめて、そんなうさん臭い話に乗るつもりなの?」
「うさん臭いってことはないでしょう。人の兄を。……まあ、否定は出来ないけど」
そう口を挟むさくらであった。
なつみは
「やめる、やめないの問題じゃないんだよ。あたしはもうバレエはできないんだから。でも、水舞なら。水の浮力を利用できる水舞ならたしかに膝への負担は少なくてすむ。それなら、舞台に立って踊ることが出来る。地上で踊ることが出来なくなったあたしが踊りつづけるためにはもうこの道しかないの」
きっぱりと――。
なつみはそう言い切った。
「……わかった」
はあ、と、息をつきながら
「あなたがいかに真剣かはさっきのトレーニングを見てわかったわ。あなたがそう決意しているならわたしが言うことはなにもない。でも、条件がひとつ」
「条件?」
「その
さくらはなつみと
「あなたが
そう確認する口調も警戒心、丸出しである。
「そうだ。君のことはさくらから聞いた。君の立場ならおれを怪しむのは当然だ。確認したいことがあれば気のすむまでやってくれ」
「それじゃ、単刀直入に聞くけど」
「なつみに恩を売っておいてどうこうしようなんて、そんなことは考えてないでしょうね?」
「
なつみがさすがに叫んだ。
さくらがなにも言わなかったのは一瞬、頭が
「いや。正しい態度だ。男なんてものは下心のためならいくらでも親切を装うものだからな。警戒するのに越したことはない。むしろ、なつみ。お前の方が警戒心がなさ過ぎだ。いくら、切羽詰まっていたからと言ってもな。相手を疑う癖はつけておいた方がいい」
「……はあ」
「『なつみ』だの『お前』だの、ずいぶんと馴れ馴れしいじゃない。まだ、会ったばかりなんでしょう?」
「それは認める。ただ、
「それってつまり、わたしの質問に答える気はないということ?」
「質問には答える。しかし、さっきの質問は
あまりにはっきりした言い方にさすがになつみもさくらも真っ赤になる。対して、
「ええ。その通りよ」
「その点に関してははっきり言う。その気はない。おれの目的はあくまでも新しい文明の創造だ。おれの行動はすべてそのためにある。相手が誰であれ、性欲処理のために手間暇をかける気はない」
そこまで言ってから付け加えた。
「と、おれが言ったところで信用できるわけもないな。おれのことに関してはまわりの人間に聞くなりして確認するといい。おれがいたら意味がないから離れるが、好きなだけ確かめるといい」
「……たしかに、真面目そうな男ではあるわね」
「失礼だよ、
「そうよ。いくらなんでも人の兄に対してあの態度はないでしょ」
さくらが言うと、
「そうね。妹さんの前でたしかに失礼だったわね。ごめんなさい」
――あれ? 意外と素直なところもある?
まさか、謝られるとは思っていなかったので、さくらはかなり意外だった。
「まあ、一応、安心はしたわ。あれなら人を騙すとか、そういうことはなさそう。でも、当面はわたしも一緒にいさせてもらうわ」
ふたりが帰ったあと、さくらは
「ごめん、兄さん。失礼な子を連れてきて」
そのことを知っているだけにさくらは謝った。しかし、
「お前が謝ることじゃない。それに、失礼と言うほどのことでもない。なつみを大切に思うあまりだろう。気にすることじゃない」
「……なんか、ずいぶんと甘くない?」
「はっはっはっ。それは当然、甘くもなるな」
神出鬼没の
「なにしろこいつは、ああいう凜々しいクールビューティーが大好物だからな」
「兄さん、
「……いちいち、おれの趣味にふれなくていい」
あきらには以前にもボクっ娘好きであることを
「それより、
「うん」
そううなずくさくらであった。
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