ステージ9 (森也にとっては)試練のひととき
そして、その日、
「わたしは
小さな胸を大きく張って、誰もなにも言っていないのにそう主張したあきらであった。
もちろん、
なつみの家は
豪邸と言うほどではないが、『こじんまり』といった感じでもない。生活水準としては上の下と言ったところか。家を見ただけでなかなかの経済的水準にあることがわかる。もちろん、その程度の経済力がなければ世界を狙えるダンサーに育てることが出来るほど、娘に金をかけられるわけもない。
広々とした庭には手入れの行き届いたコニファー――観賞用の針葉樹――が植えられ、庭造りにもかなりの金をかけていることが知れる。
――慣れないネクタイで苦しいのかな?
さくらは最初、そう思ったが、ふと思い当たった。
以前にもこんな様子の
落ち着きがなかったし、顔色も悪かった。まあ、いまはあのときほどではないが。
「……兄さん。もしかして、緊張してる?」
人前で無意味に見栄を張ったりするような
「知らない人間に会うのは苦手だからな」
「いまもそうなんだ」
「前にも言ったろ。『やれば出来る』ようになったとは言え、本質的にはかわってないんだ。出来れば、知らない人間とは会わずにすませたい」
その言葉に――。
――兄さん。あの頃とかわっていないところもあるんだ。
さくらはそう思い、
「なんだ、なんだ、水臭いぞ、
と、あきらは
「……ああ。頼む」
――うわっ、兄さん、本当に弱気になってる。
いままで、あきらに対してこんな風に頼るような姿を見せたことはなかった
――兄さん、本当にいまも人付き合いは苦手なままなんだ。ここは、あたしが兄さんと世間の架け橋としてしっかりしないと。
そう思い、気合いを入れるさくらであった。
「では、行くぞ」
その言い方がほとんど戦場に
それでも、とにかく、
「いらっしゃい。まってたわ」
「またせたな。では、頼む」
「ええ」
大手企業のエリートビジネスマン。
一目見てそう感じさせるふたりだった。
なつみが両親に
「父さん、母さん。この間、話したクラスメートの
「お初にお目にかかる。
なつみの両親は目を丸くした。
見た目ばかりはお人形のように可愛らしい女性が羽織袴にちょんまげという出で立ちで、どこぞの塾長ばりの挨拶をしてのけたのだ。目を丸くするのが当然だった。
「頭、だいじょうぶか?」と、反射的に言わなかっただけ礼儀と節度をわきまえている。
「
「
と、残るふたりも自己紹介した。
なつみの両親も頭をさげて
一応の挨拶が終わり、さっそく本題。
『保護者の説得は君自身に行ってもらわなくてはならない』
「父さん。母さん。この間、話したとおり、あたしはもう一度、舞台に立って思いきり踊りたい。
「しかし……」
娘の
まだ若い両親は
娘の願いは叶えてやりたい。
しかし、見ず知らずの、それもこんな怪しげな連中に大切な娘を任せていいものか。
そう疑っている目だ。
あまりにももっともな疑いであり、警戒だったので、誰も不快に思ったりはしなかった。誤解されがちだが、あきらにしても自分が世間からは『変わりもの』に見られることは承知している。承知した上で自分を貫いている。
「お疑いはごもっともです」
「ですが、この
「わたしに関しては……」
ヒロが改めて名刺を差し出しながら言った。
「こちらの勤め先に連絡していただければ確認できます。いつでも、ご確認ください」
「あ、いや、別に疑っているわけでは……」
立てつづけに言われて気まずくなったのだろう。なつみの父親は口ごもった。
「遠慮は無用です。大切なお嬢さんに近づく見ず知らずの
と、
「こちらが主治医からの紹介状となります。ご確認ください」
父親は言われるままに封を開き、なかの文書を読んだ。一瞬、安心したようになった表情が次の瞬間、より一層、深い不安を抱えたものになった。
「たしかに腕は保証するとありますが、その……」
「ええ。その通り。この
さくらも力強くうなずいた。
「任せてください。大事な友だちをひどい目に遭わせはしません」
それを聞いて――。
ふん、と、鼻を鳴らす
「父さん。母さん」
なつみが再び言った。
「あたしのことを心配してくれるのは嬉しい。でも、あたしはどうしてももう一度、踊りたいの。たとえ、どんなことをしても。だから、認めて。お願い」
「……うむ」
娘の必死の願いに――。
若い両親はなおさら渋い表情になった。
「
あきらが見た目にふさわしく時代がかった表現でなつみの両親に語りかけた。
「わたしのこの姿を見て不審に思うのは理解出来る。まことに、もっとも。しかし、わたしとて趣味や悪い冗談でこんな格好をしているのではない。
「そして、
そう前置きしてから、あきらは
その理念を、目的を、あますところなく語ったのだ。
その膨大な、しかも、時代がかった口調での言葉をなつみの両親がどこまで理解出来たかは疑わしい。しかし、情熱だけは伝わった。話を聞くうち『相手の真意を疑う』という意味での不審感はふたりの表情からは消えていった。
「ご両親」
あきらの言葉を引き継ぎ、
「
さくらたちもそろって頭をさげた。
やがて、父親が言った。
「……お任せしましょう」
「やったあっ!」
なつみが叫んだ。
喜びのあまり、飛びあがった。
「なつみ!
さくらが思わず心配して止めに入るほどのはしゃぎ振り。
父親はその騒ぎをよそに
「お任せする。そうは言ったが、信用したわけではない。まして、娘になにをしても良いなどと思っているわけではない。もし、娘や私たちを裏切るようなことがあれば、そのときは……」
「ご心配なく」
「あなたがなにかをするまでもない。そのときはおれの手で始末を付ける」
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