ステージ3 謎の転校生?
「謎の転校生?」
なんともクラシックな言い回しにさくらは目をパチクリさせた。
「謎の転校生って……いまどき、そんなのいないでしょう」
「それがいるのよ!」
と、
しかし、自分の行為を『偉大なジャーナリズムのはじまり』と信じて疑わない
「いま、生徒指導室で先生と話してるのよ。けっこうかわいい女の子らしいわよ」
――生徒指導室? 転校生が? 職員室ならわかるけど生徒指導室ってどういうこと?
「……って言うか、しょっちゅう、生徒指導室を
さくらはさすがに気になって苦言を呈した。しかし、自分の正義を信じて邁進する
「ねえねえ、どう思う? 一学期途中のこんな時期に転校してくるなんて絶対、普通の人間じゃないと思うのよ。その正体は果たしてなにもの? 宇宙人か、未来人か、はたまた陰ながら世界を守るために戦う魔法少女か……。そして、学校側はそのことを知っているのか。いま、学校を舞台にした魔法少女の戦いがはじまる!」
「……それ、いつの時代の学園ものよ」
さくらは、さすがに呆れて眉をひそめた。ラノベに縁のないさくらとしてはそう言うしかない。
「とにかく! ここでこんなことしていられないわ。さっそく、確かめに行きましょう!」
「行くって……どこに? なにしに?」
「決まってるでしょ。生徒指導室よ、生徒指導室。先生とふたりでなんの話をしているのか確かめなくちゃ」
「それってただの盗み聞きでしょ! そんなこと、できないわよ」
「真実を探り、世界に伝えるためには、ときには危ない橋を渡ることも必要!」
「あなたはあちこちで盗み聞きするのが普通でしょう」
「さあ、行こう! 真実を求めて東へ、西へ!」
「ちょ、ちょっと……!」
「抜き足、差し足、忍び足、と」
「……ねえ。なんでそんな変な歩き方してるわけ?」
――って言うか、あたし、なんでこの子と一緒にいるわけ?
考えてみれば
――なのに、なんか勢いにつられて一緒に来ちゃったし、いまさら、ひとりで帰るのもなあ……。
ついついつられて追いかけてしまったことを、本気で後悔するさくらであった。
「なに言ってるの。物事には様式美ってものがあるでしょ」
さくらは様式美、などという言葉が
――でも考えてみればジャーナリズム志望だものね。言葉は知っていて当たり前か。
勢いがよすぎていつも悪ふざけしているようにしか見えない
――そう言えば、あきらさんは『プロは努力しているところを人に見せるものじゃない』って言っていたっけ。
ちなみに、
――だとすると
だとすればこの
――るわけないでしょ! 恥ずかしいだけだわ。
さくらは安っぽい良識論を一刀両断にした。
「それって、どんな様式美なのよ?」
「映画では探りを入れるときは、こういう歩き方をするのが定番なの」
「……それって、B級コメディでしょ」
ともかく、ふたりは生徒指導室の前までやってきた。人目にも負けず、ここに来るまでずっとコメディ映画風の歩き方を押し通したのはいっそあっぱれと言えるかも知れない。同行しているさくらには迷惑なだけだったが。
「静かに、静かに。気をつけて、気をつけて」
「なんで、そんなに気をつけないといけないの?」
「先生に盗み聞きしてるのがばれたらヤバいでしょ」
「……ヤバいっていう自覚があるなら、やらなければいいじゃない」
さくらはそう言ったものの、こちらとしてもいまさら回れ右するわけにもいかない。内心、しっかり後ろめたさを感じているが、
『……
と言う理由でねじ伏せて、ドアにそっと耳を近づけ、そばだてる。
断片的だけど中年男性と若い女子の声が聞こえてきた。男の声は担任教師。女子の声がいわゆる『謎の転校生』なのだろう。
「……おれも学生時代は陸上をやっていた」
そう語る教師の声はやけに
「まあ、予選落ちが当たり前で、全国に出たことなんて一度もない。君のような『世界を目指そう』というアスリートとは比較にもならない」
――世界を目指す? アスリート?
そのふたつの言葉がさくらの意識をつよく引いた。
――『謎の転校生』って世界レベルのアスリートなの? だとすれば、兄さんの求めている人材だけど……。
さくらは
『人の世は車輪のようなもの。下の部分は上を
『車輪が砕け散ることを防ぐためには止めないことだ。車輪を動かしつづけること、上と下がいつでも入れ替われるようにすることだ』
『そのために『良き敗者』を作る。相手の力を認め、自分の敗北を受け入れることの出来る人間。自分の地位に
『『良き敗者』だけが『良き勝者』になれる。勝って
『そのためにスポーツを利用する。スポーツは流動する秩序の典型だ。勝者と敗者が常に入れ替わり、立場が逆転する。それを、世界を壊すことなく、一定のルールのなかで成立させている。もし、チャンピオンが『自分は永遠にチャンピオンだ。自分の地位を脅かすことは許さない』などと言い出して一切の試合を禁じれば、自分が敗者になることを受け入れられず、勝つために反則をつづければ、もはやスポーツなど成立しない。自分が敗者になることを受け入れられる人間だけが、スポーツの世界を成立させることができる』
『そう。スポーツを利用して『良き敗者』を育て、流動的な秩序を作りあげる。それが、人類を争いから卒業させるための四つ目の手順だ』
そして、その計画を実現させるために
――もし、『謎の転校生』が世界レベルのアスリートだって言うなら、兄さんの望みに合うかも知れないけど。
さくらはいまや
担任教師の言葉がつづいた。
「それでも、引退を決めたときは悲しかった。さびしかった。まして君は世界を目指せるほどに打ち込んできた。しかも、自分の意思に
――自分の意思に拠らずして? どういうこと? なにかつづけられなくなった事情があるの?
「いえ、先生」
『謎の転校生』とおぼしき女子の声が聞こえた。
「もういいんです。もう何ヶ月もの間、家に閉じこもりっきりで学校どころか、何もできなかった。親にもまわりの人たちにもとても心配をかけてしまった。いい加減、そんな状態からは抜け出さないと。だからもう、気を使わないでください」
「……そうか。君は強いな。なにかあったらすぐに言ってくれ。教師として、人生の先輩として、できる限り力になる」
「はい」
その声と共に――。
誰かが室内で立ちあがり、動き出す気配がした。
「大変! 出てきちゃう」
さくらが小さく叫んだ。
「
「え~。でも、謎の転校生にインタビューする機会だし」
「そんなのはあとで……!」
さくらがそう叫びかけたそのときだ。
ガラリと音がして生徒指導室のドアが開いた。そこには
これが――。
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