ステージ2 希望をすべてに
「さあ、いよいよ世界の恋人、スーパーアイドル・
本人としてはあくまでも
唯一、『お母さん』
「ちょっと! なによ、その態度は。ふぁいからりーふ初のツアーなのよ。もっと気合い入れなさいよ」
ふぁいからりーふ初のツアーに出発するその日のことだった。
神奈川、東京、千葉、埼玉、茨
「付き合えるわけないでしょう。そんな恥ずかしい宣言」
と、
「なに言ってるの。あたしたちはアイドル。アイドルは見られてナンボ。恥かく覚悟がなくてどうして人に見られることが出来るのよ」
「で、でも、やっぱり、恥ずかしいよ……」
『あはは……』と、困ったような笑顔で
「まったく、覚悟が足りないんだから。アイドル不覚悟!」
「常識の問題よ!」
ふいに
いつも通りのふぁいから風景。そのとき――。
「これを振れ」
男の声とともに
これが
「えいやっ!」
と、声をあげてサイコロを放り出す。
投げられたサイコロは地面に落ちて、転がって、何度かコロコロしたあと動きをとめた。しばしグラグラ揺れながら、それでも確定した、上の面に記されていたものは――。
『勝』の一文字。
「ほう。さすがだな。ひとつしかない『勝』の文字を出すとは」
敗。
滅。
壊。
亡。
死。
そして、勝。
言葉通り『勝』の字以外はろくなものがそろっていない。
「ふっふ~ん。こんなものをわざわざ作ってくるなんてさっすが兄貴。彼女もいない暇人なだけあるわね」
「マンガ家だからな。こう言うときには景気づけのイベントを用意するのがお約束というものだ」
「景気づけって言うならもっと縁起のいい言葉を並べるものだと思うけど」
と、さくら。もっともなことを言う。
「縁起の良い字が五つに縁起の悪い字がひとつ。その状況で縁起の悪い字が出たらそれこそショックで立ちなおれんだろう。これなら悪い字が出て当たり前だし、うまいこと勝の字が出れば万々歳。それこそ景気づけというものだ」
「そうそう、この
と、世の絶対真理を説くがごとく言い放つ
「ま、そういうわけで行ってくるから。あたしに会えないのはさびしくて我慢できないだろうから、いつでもこっそりあとを付けてきていいわよ」
ニマニマと、いかにもイケナイ下心のありそうな笑みを浮かべながら付け加える。
「それとも、あたしのお人形、プレゼントしてあげようか? 彼女もいなくてさびしい人生送ってる兄貴が、あたしを思い出して夜なよなイケナイことにふけれるように」
「いらん」
プシュッ、と、音を立てて
「ぷわっ! ひどい、兄貴! 恋人の顔にそんなスプレーぶっかけるなんて。そういうプレイが好みなの⁉」
「だから、あなたは兄さんの恋人じゃないでしょ!」
と、さくら。目には見えない心の角を頭の上に乱立させて怒鳴りつける。
「いい加減にしなさい、
静かななかにも厳しさを秘めた声とともに『ハンターキャッツ』社長、
「失礼な! あたしはいつでも真剣よ」
社長相手であろうとそうしてタメ口で主張してのけるのが、自称・世界の恋人、スーパーアイドルの
「しかし、よくいきなりツアーなんて組んだな」
と、
「まだ大して知名度があがってるわけでもないというのに。赤字になる公算の方が強いだろう」
「なに言ってるの、兄貴。このスーパーアイドル・
いまだ、一度のライブで二〇人以上の客を呼んだことがない――ライブ会場が小さいところばかりというのもあるが――というのに、堂々とそう言ってのける
「たしかに賭けだけどね。賭けなしには大きな成果は見込めないわ。まだまだ知名度が低いのはたしかだけど、でも、プロジェクト・
逆に言えばここでコケたらもう終わり、と言うわけだ。
ふぁいからメンバーもそのことがわかっているだけに一様に緊張した面持ちになる。生真面目な
唯一の例外が
「任せて! この世界の恋人、スーパーアイドル・
今回のツアーがどんなに大成功を収めようとも『全世界注目』はさすがに無理。しかし、そんな無理なことを本気で言ってのける
「今回のツアーはふぁいからりーふだけではなく、プロジェクト・
「本当ならおれも同行して解説したいんだが……いまは、ここをはなれるわけにも行かないからな」
「安心してくれ、兄上」
かあらがそう言い切った。
「解説役はわたしが立派に務めてみせる。兄上は兄上にしか出来ないことをやってくれ」
今回のツアーは部屋えもんのお
かあらは部屋えもんの
「ああ、任せる。人数制限もあるしな」
しょせん、飛行船と同じ原理である部屋えもんでは図体の割に大人数は運べない。ふぁいからりーふの五人と
「早く、反重力が実用化されて重量制限から解放されたいものだな」
「安心してくれ、兄上。反重力に関しても世界中の同志たちとともに研究中だ」
と、かあら。胸を張って答える。
言われた方も本気だが、言った方も本気中の本気である。このふたりに『常識』という
「さあ、みんな。もう時間よ。乗り込んで」
「じゃあ、兄貴。行ってくるね。あたしに会えなくてさびしいからって泣かないようにね」
「幸運を」
『がんばれ』とは言わない。ふぁいからりーふメンバーがすでに充分『がんばって』いることを知っているからだ。人として出来ることはすでにすべてやっている。あとは幸運に恵まれるかどうか。今回のツアーが成功するかどうかの分かれ目はそこだった。
部屋えもんがゆっくりと浮きあがった。どんどん上昇し、やがて小さな点となる。そのままゆっくりと空を移動しはじめる。
その姿を見送っていたさくらが
「……行っちゃったね」
「……ああ」
そう答えた
「心配なの?」
「あいつらの結果について心配しているわけじゃない。やるべきことはきちんとやっているし、どんな結果になろうとそれをプラスの方向にもっていくのはおれの役目だ。だが……」
「だが?」
「ふぁいからりーふメンバーは本当によく努力している。その態度は尊敬に値する。だろう?」
「……うん」
さくらは引け目を感じながら答えた。
「あいつ等はたしかに努力している。しかし、それは『努力できる条件』がそろっているからだ」
「努力できる条件?」
「訓練できる場所があり、そこに通える金があり、所属できるプロがある。その環境が少なくとも一〇年以上つづくという保証があってはじめて、目的のために努力できる。しかし、そんな環境に恵まれるのは結局、都会に生まれた人間だけだ。田舎の農村に生まれた人間にはそもそも努力できる環境がない。訓練を受けられる場所もないし、そこに通える金もない。この日本に限ってさえ、田舎の農村の生まれでは、本人がアイドルになりたいと思い、実際になれるだけの才能があったとしても、その才を
「……日本の農村にも
さくらは黙って見つめているしかなかった。
学校にやってきてもさくらの頭のなかには
――兄さんに考えつかないことならあたしにわかるわけがないし。あたしの役目は兄さんと世間をつなげることなんだけど……。
今回の
いたとしても自分は、その人物と
「大ニュース、大ニュース!」
『未来の大ジャーナリスト』を自認する校内スピーカー、
「謎の転校生、発見!」
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