第四話  空の星 海の星(上)

ステージ1 星をめざして

 赤葉あかばライフべースの一画に作られた屋内ステージ。

 急遽きゅうきょ、作られたとは思えないほどしっかりした作りとシンプルだが味わいのあるデザイン。それは、建築を担当したあかね瀬奈せなあかね工務店こうむてん、そして、協力者である青木あおきつかさの熱意と技術力の高さを証明するものだった。

 そして、いま、そのステージの上で五人の少女たちが唄い、踊っている。

 エース赤葉あかば、キャプテン白葉しろはをはじめとするふぁいからりーふの五人が厳しいレッスンに取り組んでいるところだった。五人とも、自分の名前と同じ色のレオタードを身につけ、舞台狭しと踊っている。若々しい肢体が躍動し、透明な汗が飛び散る。その様はたしかにまぶしいものだった。ただし――。

 例外が約一名。

 「またお前か⁉ やる気あるのか⁉」

 ステージ上でまたもすっ転んだ白葉しろはに向かい、講師の容赦ない罵声ばせいが響く。

 「す、すみません……!」

 白葉しろはは言いながら立ちあがり、ダンスに戻ろうとする。さっそく、立ち位置をまちがえ黒葉くろはに激突。講師の罵声ばせいがまたも轟く。

 「……あいつは、本当にかわらんな」

 練習風景を見守っている森也しんやがいっそ感心したように呟いた。

 横に立つ妹のさくらも思わずうなずく。

 「本当。毎日、あれだけ練習しているのにどうして上達しないの?」

 「頭が悪いのよ」

 無慈悲なまでにそう言ってのけたのは倉田くらたあおい。ふぁいからりーふが所属する芸能プロ『ハンターキャッツ』の社長である。

 「頭が悪いって言うことはないと思いますけど。学校の成績は普通だし」

 さくらが反論した。白葉しろはとはクラスはちがうものの同じ学校なので成績ぐらいは知っている。

 あおいはさくらの言葉にかぶりを振って見せた。

 「勉強する頭じゃなくて、アイドルとしての頭が悪いと言ってるの。いま、自分は、何を、どうするべきか。それを理解する能力が低いからいくら練習しても上達しないのよ。おまけに、勘も悪いし、運動神経も鈍いときているかよけいにね」

 「そんなお荷物をなんだってユニット入りさせたんだ? しかも、キャプテンに任命するとは」と、森也しんや

 「他に使い道がなかったのよ」

 それが、あおいの答えだった。

 「赤葉あかばみたいに身体能力と度胸に恵まれているわけじゃない。黒葉くろはのような外見偏差値の高さもない。青葉あおばみたいな天性の才能もない。黄葉おうはみたいな男受けする雰囲気もない。平凡すぎるほど平凡で個性のひとつもない。ないない尽くしの白葉しろはをユニットメンバーとして入れるためには、キャプテンという名の雑用係に任命するしかなかったのよ」

 「そこまでして白葉しろはをアイドルにしたかったのか? タレントが欲しいならもっと他に有望なのがいただろうに」

 「金のためだけに芸能プロの社長をやってるわけじゃないわ。夢を追う子供たちを応援したい。夢を叶えさせてあげたい。そう思っている。そのためには、才能のない子こそサポートしてあげなくちゃ。あなただってそう思うからこそ白葉しろはに経済学を叩き込んでいるんでしょう。白葉しろはにユニット内での役割をもたせ、他のみんなと一緒に輝いていけるように」

 「まあな」

 と、森也しんやは素直にうなずいた。

 「人間の才能は偉大だ。人を感動させ、人間という存在のすごさ、すばらしさを知らしめる。だが、そんな才能をもっているのはほんの一握り。ほとんどの人間には才能も特徴もない。となれば、才能のない人間にもスターになれる道がなければ人生、さびしすぎる。道はある。希望はある。そう証明し、子供に伝えるのがおとなの役目ってものだからな」

 「まだ二四歳の若造のくせに、ずいぶんとおとなぶったことを言うものね」

 「おれは、先人たちの肩の上に立っているんでね」

 ステージ上ではレッスンがつづいている。

 舞台狭しと躍動する赤葉あかばの動きは見事なものだった。強力すぎるライバルの存在に道をかえたとは言え、さすがに一度はバレエの世界で『てっぺんとったる!』と意気込んでいただけのことはある。

 ダンスのキレも、リズム感も、他のメンバーとは一線を画している。その分、他メンバーとの差が開いてしまってひとりだけ浮いているのだが。

 歌となると今度は青葉あおばひとりがうますぎてやはり、浮いてしまう。

 そもそも、黒葉くろはひとり背が高過ぎるのでそこだけ、文字通り頭ひとつ飛び出してしまい、見た目のバランスが悪いことおびただしい。

 トークとなると黄葉おうはひとりがあまりにものんびりおっとりムードなので雰囲気がかわってしまう。

 そして、白葉しろは

 歌も踊りも平凡以下。

 立ち位置はまちがえる、滑る、コケる、倒れる、トークは忘れる……。

 端から見ても他メンバーの足を引っ張っているとしか思えない。

 その白葉しろはに向かい、講師が容赦なく罵声ばせいを浴びせる。その怒鳴り声を聞かされるつど、さくらがビクッとして身をすくませる。無関係なさくらが思わず怯えてしまうぐらい、講師の白葉しろはに対する罵声ばせいは容赦ないものだった。

 「……いまどき、あそこまで叱りつけていいの?」

 手こそあげないもののあれは立派に精神的暴力なのではないか。

 そう思うさくらに対し、あおいが言った。

 「時代は関係ないわ。若い子は自分を限界まで追い込んだことがないから実際のところ、自分にどれだけのことができるかを知らない。限界まで力を引き出すためには厳しくする必要があるのよ」

 「そういうものなの?」

 さくらは森也しんやに尋ねた。

 森也しんやは肩をすくめて見せた。

 「さて。おれは体育会系とは縁がないからな。なんとも言えない。むしろ、お前の方がくわしいだろう。中学のときは陸上部だったんだからな」

 「でも、部そのものがそんなに真剣なわけじゃなかったから」

 「そういうものなのよ」

 あおいが重ねて言った。

 「あの講師だって怒鳴ってばかりでいやな奴に見えるでしょうけど、自分に怒鳴られてつらい思いをしながらアイドル目指して頑張っている子たちを、本当に尊敬しているんだから」

 「そう言うものか」と、森也しんや

 「教え子に対する尊敬なしに講師なんて務まらないわよ」

 怒鳴られ、罵倒ばとうされながら白葉しろはは立ちあがる。思わずにじむ涙を大きな目いっぱいに溜めながら下手なりに必死に踊りはじめる。その涙は罵倒ばとうされたことへのショックか、それとも、自分のふがいなさへの怒りか。いずれにせよ、白葉しろはがどんなに懸命に踊って見せたところで生き生きと躍動する赤葉あかばには遠く及ばない。『月とスッポン』という表現そのままのちがいがあるのだが。

 それでも、白葉しろはは必死に踊りつづける。まちがい、失敗し、怒鳴られながら。それでも、とにかく、踊りつづける。

 ――どうして、あそこまでやるんだろう?

 さくらはそう思った。

 ――あたしならきっと、とっくにやめている。だって、あたしにはあそこまで罵倒ばとうされながらアイドルを目指す理由なんてないから。白葉しろははどうしてあそこまでされながらアイドルを目指すの? そんなに、アイドルってなりたいものなの?

 いままで本気でなにかに打ち込んだことのないさくらにはとうていわからないことだった。

 ――あたしにもなにか本気で打ち込めることがあればわかるのかな?

 さくらはいくらかのさびしさとともにそう思った。

 「……しかし、よくぞここまで能力差のあるメンバーを組ませたものだな。なにを考えていたんだ?」

 「挑戦よ」

 「挑戦?」

 「そう。挑戦。いまどきのアイドルグループを見て。売れ筋ばっかりそろえているせいで、みんな、似たような顔、似たような雰囲気。よほどくわしいマニア以外見分けなんて付きはしない。そんな、決まり切ったタイプの子しかアイドルになれないとしたら、他のタイプに生まれついた子はどうすればいいの? あきらめるしかないの? そんなの理不尽でしょう。タイプごとにそれぞれの魅力というものがあるんだから。

 だから、あえて売れ筋以外をまとめたのよ。どんな子にもアイドルになれるという希望をもってもらうためにね」

 「なるほど。やり手と言われるわけだ」

 レッスンが終わった。

 ふぁいからりーふの五人が『やっと解放された』とばかりに大きく息をつく。

 赤葉あかばは思いきり体を動かした爽快感に顔を輝かせ、

 白葉しろはは疲労以上に落ち込んだ様子で、

 黒葉くろはは表情ひとつかえないクールな態度で、

 青葉あおばは何事もなかったかのようなケロッとした表情で、

 黄葉おうはは相変わらずおっとりした『お母さん』な雰囲気で、

 それぞれにステージを降りてくる。

 「あれ~、兄貴じゃん。来てたんだ」

 森也しんやに気が付いた赤葉あかばがイタズラっぽい笑顔を浮かべてやってくる。

 「あ、兄貴さん。こんにちは」と、白葉しろはが頭をさげる。

 「なになに~? 彼女いない歴=年齢のクソ雑魚男がアイドルの生レオタード姿を見て欲求不満解消にきたわけ?」

 ニマニマと、いかにもな笑みを浮かべながら平気でそんなことを言うあたりが『メスガキ』呼ばわりされる赤葉あかばなのだった。

 「失礼でしょ!」

 「赤葉あかばちゃん、失礼だよ!」

 さくらと白葉しろはが同時に叫ぶ。

 さくらは森也しんやの実の妹であるし、白葉しろは森也しんやから経済学を叩き込まれている関係上、ふぁいからりーふのなかで森也しんやと過ごす時間がもっとも長い。『お世話になっている』という思いも強い。そのふたりにしてみれば赤葉あかばの態度はとうてい見過ごしには出来ないものだった。

 ふたりの言葉に答えたのは他ならぬ森也しんや本人だった。

 「いいさ。彼女がいた試しがないのも、お前たちを見に来たのも事実だからな」

 「あれあれ~。いつになく素直じゃん。とうとうあたしに愛の告白する気になった?」

 と、赤葉あかばはニマニマ笑いのまま、汗に濡れた腕を森也しんやの肩にかけてみせる。そのままレオタード姿でぴったりくっついてみせる。

 「だから、なんでそこでくっついてみせるのよ⁉」

 さくらが見えない角を飛び出させて叫んだ。

 赤葉あかばはかまわず、と言うより、さくらの怒るのを楽しむかのようにますます森也しんやに密着する。もちろん、ふっくらとふくらんだ胸元を押しつけることは忘れない。

 現役JK、それもアイドルの生レオタード姿。

 それだけでも充分すぎるほどに刺激的。加えて厳しいレッスンの直後と言うことでたっぷりと汗をかいている。透明な汗が流れ、上気した肌。汗に含まれるフェロモンの匂いが立ちこめる。

 そんな状況で密着されるのだ。

 普通の男ならひとたまりもない。暴走して襲ってしまうか、とち狂って逃げ出すかのどちらかだろう。

 しかし、藍条あいじょう森也しんやはちがった。肩にかけられた赤葉あかばの汗に濡れた腕をどかすと、静かに言った。

 「ある意味、その通りだな。まだ一五やそこらで親元を離れてアイドルとして活動し、毎日まいにち厳しいレッスンをこなす。おれが一五の頃からは想像も付かない。よくそこまで自分を律せるものだと思う。本当に尊敬するよ」

 その言葉に――。

 思わぬカウンター攻撃に、さすがの赤葉あかばが顔中真っ赤に染めて言葉をなくす。他の四人もそれそれに頬を赤くした。

 ――兄さん。こう言うところなのよね。

 さくらがこっそり、溜め息をついた。

 少年時代に父親から言われた一言がきっかけで『理解し合おうとしなければ決して理解し合うことは出来ない』という生涯の教訓を得た。そのため、思いはきちんと言葉にして伝えるよう心がけている。

 それは素晴らしいことにはちがいない。しかし、その思いを徹底するばかりにとんだ危険人物に育ってしまったようである。

 「さあ、いつまでも無駄話してないで。体を冷やさないうちにシャワーを浴びて休みなさい。体調管理も出来ないようではプロ失格よ」

 「はあ~い」

 社長であるあおいの言葉に――。

 いかにもやんちゃな子供のごとく返事をしてみせる赤葉あかばであった。

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